#04「異国の魔術師」

「魔術師……ですと?」


 アーシュと名乗った女性の言葉に、ロドリゴが思わず怪訝な顔をする。

 『宿泊客の中に魔術師が混じっていれば、事件解決だな』と軽口を叩いた後に、まさか本当に魔術師が姿を現すとは思っても見なかったのだ。

 そもそも――。


「魔術師ならば中央地区のちゃんとした宿に泊まれるはずだが……アーシュと言ったかね? 君は何故、こんな下町の安宿に?」


 ロドリゴの疑問はもっともだった。ライマの街では、魔術師は特権階級も同然だ。

 それは他国の魔術師であっても例外ではなく、旅で街を訪れた魔術師は、中央地区に数多ある高級宿に格安で泊まることが出来る。


「ああ……それはですね。三人部屋を頼んでおいたのに、手違いで一人部屋をあてがわれてしまいましたの。しかも『他の二人は下町で宿をとってください』なんて言われたものですから、ちょっと揉めてしまって……。お恥ずかしいですわ」

「ほう、そんな災難が。……ふむ、魔術師の連れを宿泊拒否とは、けしからん宿もあったものだ。――どれ、宿の名前を教えてくれないかね? 私の方からも文句を言っておこう」


 ロドリゴは体よくアーシュから宿の名前を聞き出すと、部屋の外に待機していた下っ端警備兵に何やら耳打ちをして、使いに出させた。

 早速その宿に注意しに行った――のではない。アーシュの言うようなトラブルが本当にあったのか、確認しに向かわせたのだ。


「しかし、そんな事情でやってきた宿で、またトラブルに巻き込まれるとは……災難でしたね、お三方。――さて、そんな災難な中で申し訳ないのですが、事件についてお話を聞かせて頂きたい。

 まず、この被害者と面識はありますか?」


 ファンの質問に、三人は一様に首を横に振った。

 旅人なのだから、この街の最高権力者の顔を知らなくとも無理はないが……シラを切っている可能性もある。ファンは心の中で保留した。


「じゃあ次に、事件が起きた時のことですが……皆さん、上の階から物音がして、それを不審に感じて店主さんに報告した、で間違いないですか?」

「はい……。正確には、まず誰かの叫び声が聞こえて……次いで、のようなものが聞こえました。その後、扉が閉まる大きな音がして……最後に、何か重いものが床に落ちる音が聞こえましたわ」

「なるほど……」


 実際に物音を聞いた本人の一人だけあって、事細かな回答だった。店主の口からは聞いていない情報もある。アーシュの後ろに控える二人も、彼女の話を肯定するかのようにいちいち頷いている。

 ――もっとも、彼らが犯人だった場合には、都合の悪い情報を隠していることも考えられる。事実認定は、他の宿泊客の話で裏取りをしてからの方が無難だろう。


「店主さんへの報告は、あなた方だけで?」

「いいえ、かなり大きな物音でしたので、私達も他の宿泊客の方々も部屋の外へ出ていました。それで、二号室の男性の方が『三階に強盗が侵入したのかも知れません。私が店主さんに報告に行きます。危ないので皆さんは部屋の中へ』と仰ったんです。

 でも、もし強盗が侵入してるなら、お一人では危ないと思いまして、私達三人も同行したんですの」


 ――今のところ、アーシュの言葉に嘘はない。ファンが店主から聞いた話と、しっかり符合している。


「……なるほど。ちなみにその時、他の宿泊客の方々は?」

「ええと……三号室と四号室の方は、『強盗』と聞いてすぐに部屋に戻ってしまいましたわね。それと、二号室の方のお連れ……綺麗な女性の方だったと思いますが、その方はそもそも顔を出していませんでした。強盗がいるのかもしれないから、部屋にしっかりと鍵をかけて残らせたのだとか」

「ふむ……。それで、店主さんに報告した後は?」

「ええと……。確か、『客室から出ないように』と私達や他のお客さんに念押しした後、店主さんがご自身で三階の様子を見に行って……それで、私達は言いつけ通りに部屋の中で待機していましたわ。今、呼ばれるまで、ずっと。」


 ――この点は確認しようがない。

 一階の扉とドメニコスの部屋の前には、それぞれ店員が見張りに付いていたが、二階を見張っていた者はいない。

 とは言え、ファンはこの点はあまり重要ではないと考えていた。人の出入りがあったところで、二階以外には行っていないのだ。何かが出来るとも思えない。


「なるほど、よく分かりました。ありがとうございました。では、部屋にお戻りに……なる前に、ちょっとよろしいですか?」


 言いながら、ファンが胸元から小さな水晶の欠片を取り出した。


「あら、それは……」

「ええ。魔術師の方ならお分かりでしょうが……ご協力願えますか?」


 ファンが取り出した水晶は、魔術の素養がある者には鈍い魔力の輝きを放って見える。

 水晶は魔力を帯びやすい鉱物だ。その為、古来より様々な魔法道具の素材として使われてきた。


 その中でもポピュラーなものの一つが、「体内魔力オドの波長を記録する道具」である。

 体内魔力の波長は、一人ひとり異なる。それを利用して、例えば「記録された波長の魔力を持つ者にのみ反応する装置」等が造られ、魔術的な認証装置として使われているのだ。


 ファンが持っている水晶には、この部屋で使われた「施錠魔術ロック」の波長が記録してある。これを同じ波長を持つ人物に近付けると、強い光を放つ仕組みになっていた。


「……なるほど、私達も容疑者というわけですね。まあ、仕方ありませんわね。どうぞ、その水晶でお調べください?」

「理解が早くて助かります。では、失礼して――」


 謝意を伝えつつ、ファンが三人に水晶を近付ける……が、反応はない。水晶はただ、鈍い光を放ち続けているだけだった。


「……ご協力ありがとうございました。お部屋へお戻りください」


 アーシュ達が犯人でなかったという、がっかりした気持ちを押し隠しつつ、ファンが一礼する。

 そんな彼の様子に特に興味も示さず、アーシュ達は部屋を立ち去っていった――。

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