#03「容疑者も魔術師?」

 現場となった安宿の一階は、酒場になっている。

 酔客が入れ代わり立ち代わりする訳で、容疑者の絞り込みには苦労しそうだ――等とファンは考えていたのだが、その懸念は杞憂に終わった。


 一階から客室のある二階以上へ上がる為の階段は、酒場のカウンターの裏側にある。

 カウンターには店主が常駐しているので、誰かが酒場から宿へ入ろうとすれば、まず気付く。

 更には、階段の入口には頑丈そうな扉がついており、普段はそれを閉めてあるのだとか。扉には大きな音が鳴る鈴も取り付けてあるので、開閉すれば酒場の誰もが気付くはずだった。


 これは、酔客が宿側に乱入したり、宿泊客が宿代を払わずにこっそり出ていくことを防ぐ為の仕掛けだという。

 それが今は、容疑者の絞り込みに役立っていた。


 店主や店員、酒場にいた客達によれば、ドメニコスの部屋で物音がしてから警備隊が駆け付けるまでの間に、扉を通った人間は限られているのだという。

 まず、不審な物音の件を店主に伝えた宿泊客達。彼らは皆、自分達の部屋へ戻っている。

 次に、店主自身。店主が警備隊へ向かう際には、店員が一人、店主に代わって三階の見張りをする為に扉を潜っている。

 最後に、ファンとロドリゴの二人。それだけである。


 つまり――ドメニコスの部屋で異変が起こって以降、一階の扉から出ていった不審な人物はいない、ということになる。

 宿部分に不審な人物が隠れていないことも、既に確認済みだ。

 三階のもう一つの客室は空き部屋だが、施錠されていたこと、中に誰もいないことを確認してあった。


 「瞬間移動魔術テレポーテーション」等で扉を使わずに外へ逃げおおせた可能性も、既に潰してある。

 ファンが宿内の主な場所を「探知魔術」でチェックしたところ、魔術が使われた痕跡は、ドメニコスの部屋にあった五つしかなかった。


 一つは、扉を閉ざしていた「施錠魔術ロック」。

 次に、扉の付近で何者かが「衝撃波ショックウェーブ」の魔術を行使した痕跡があった。「衝撃波」はその名の通り、自らの前方に衝撃波を発生させる魔術だ。殺傷力は低いが、大の大人を弾き飛ばす程度の威力がある。ドメニコスか犯人か、そのどちらかが攻撃に使用したのだろう。


 更に、ドメニコス自身の体には、身体や衣服・鎧の強度を上昇させる「防御魔術プロテクション」と、傷の治りを促進させる「再生魔術リジェネレーション」が施されていた形跡があった。

 これは襲われてとっさに発動したものではなく、普段から護身の為に使っていたもののようだ。ロドリゴが言うには、「十二導師ほどの権力者ともなれば、暗殺や襲撃対策に常日頃から防御魔術の一つや二つ重ねがけてしている」らしい。

 ――もっとも、今回はその予防策の甲斐なく刺殺されてしまった訳だが。


 最後の一つは、先程ファンが使った「解錠魔術アンロック」である。


 酒場側の扉から逃亡した者はいない。

 宿内に不審な第三者が隠れていることもない。

 犯人が魔術を使って逃亡した可能性もない。

 ――つまり、犯人は宿泊客の中にいる、ということになる。


「ふむ、これで宿泊客の中に魔術師が混じっていれば、事件解決だな!」

「ははは。もしそうだったら、仕事が楽なんですがね……」


 ロドリゴの軽口に、ファンが苦笑を返す。

 実際、宿泊客の中に魔術師がいれば、最重要容疑者になるだろう。だが、そんな間抜けな犯人がいるとも思えないのだ。


「まずは地道に事情聴取といきましょう。店主さん、宿泊客は四組いるんでしたね?」

「へ、へぇ」


 店主の話では、導師以外の宿泊客は全て二階の部屋を利用していたとのことだ。

 階段に一番近い一号室には、男女三人の旅人。

 その隣の二号室には、旅芸人の男女。

 三号室には、自称・冒険者の青年。

 そして一番奥の四号室には、老齢の行商人が宿泊している。


「じゃあ、一号室のお客さん達から、この部屋へ呼んでくれませんか? 証言を取りたいので」


 ファンの言葉に、店主は「ひぇ」とでも言いたげな表情を浮かべた。

 何故ならば――。


「あ、あの……本当にこの部屋へ呼ぶんで? その、……?」

「ああ、それでいいんだ。死体を見た時の反応も確認したいからね」


 人懐っこい笑顔を浮かべながら答えるファンに、店主は心底怖いものでも見たかのような表情を浮かべ、そそくさと部屋を出ていった――。


 ――ややあって、哀れなドメニコスの遺体が転がったままの部屋に、三人の男女が通された。


「やあ、ご足労頂いてすみませんねぇ。僕はライマ第二警備隊のファンと言います。こちらは上司のロドリゴ。……見ての通り、殺人事件が起きましてね。ちょっとお話を聞かせていただければ、と思いまして」

「は、はぁ……」


 三人の中で、最も年長らしいローブ姿の女性が戸惑い気味に答えた。

 年の頃は二十代半ばくらいだろうか? ファンよりは幾分若いように見える。ふわふわの長い黒髪をたたえた、中々の美女だ。

 ドメニコスの遺体をチラチラと盗み見ているが、不審というよりはごく自然な反応と言える。


「まず、お三方の素性をお伺いしても?」


 残りの二人は、黒髪の女性よりも幾分若い。やけに綺麗な顔立ちをした金髪碧眼の青年と、小動物じみた雰囲気を持った小柄な少女だった。

 髪の色も顔立ちも全く似ていないので、兄弟姉妹という訳ではなさそうだ。


「あ、はい。私はアーシュと申しまして……アルカマック王国から旅をしてきたにございます。こちらは連れのホワイトとリサです」


 アーシュと名乗った女性の紹介を受けて、ホワイト青年と少女リサが会釈する――が、ファンとロドリゴは挨拶どころではなかった。

 今この女性は、。二人にしてみれば、容疑者が堂々と「ごきげんよう」と挨拶してきたような心持ちだった――。

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