勝者を眺むる者―3


 

「そ、そんなことはありませんっ。

 でも本当に一人だけで倒しちゃいそうで……。凄いです、ソウキさん」


「馬鹿言ってんじゃねぇよ。コットが後ろに居て、ヤバくなったらいつでも回復して貰えるって思えるからこそ、慎重にここまで来れたんだ。それにな」


 ゆっくりと向かってくるリザードへと人差し指を向ける。


「こっからは、お前の回復無しじゃ絶対に勝てない」


 左手首のショートカットから、火の低級錬成石オークラントを呼び出した俺の右手に、透度を孕んだ真紅に輝く刀身の短刃剣ダガーが錬成された。


 そのままショートカットに仕込まれた虫のアイコンをタップし、使用する。

 もちろんこれはバフ毒虫とかいう酷い名前のアレだ。


「っ!? ソウキさんっ! HPがっ……!!」


 俺が毒状態になったのを気付いたのか、コットは声を上げる。

 HPゲージがちょっとずつ減っている以外は、特に何かを感じることはない。

 当然だけど、力がみなぎって来たりとかいう身体的な作用も無いよ。


「毒状態になる代わりに、攻撃力が上がるアイテムを使った。それとこいつで一気に片をつけるつもりだ」


 コットに振ってみせたのは、右手に掴まれた柄から伸びる紅い刀身。

 生き血を啜った妖刀のような、どこか心が吸い寄せられてしまいそうな真紅の錬成武器に、コットは息を飲む。


「凄く、綺麗……。新しい武器、ですか?」


「そうだ。だけどこいつを使うのは初めてだから、もしかしたらここまで来て負けるかも知れない。そんときは、ゴメンな」


 俺だって、せっかくここまでリザードサイスのHPを削ってまで負けたくはない。

 それでも、リザードサイスとの真正面からのぶつかり合いで勝ち切れる可能性は低そうに思える。


「そ、そんなっ!! ソウキさんが謝ること、無いです……」


「自分に戦う力があれば、って思うか?」


 こくり、とコットは頷いた。


「せ、せめてほんの少しでも、ソウキさんがリザードサイスへ攻撃出来るチャンスを、わたしが作れれば……」


「甘いな」


 なんだろうな。こう言われるとまるで、俺に力がないみたいに言われてるみたいで、ちょっとカチンと来るものがある。


 こいつ……。絶対ぇ負けねぇからな?

 ……ってまぁそこまで言うほどじゃあないけど、ヒーラーにそんなこと言わせちゃあねぇ。


 俺にも一応、立場や役割ってモンがある。それをきっちり果たさなきゃな。


「まぁ目ぇ見開いてよぉく見とけよ。残りあんだけしかねぇHP、俺が削りきってやる。だけど回復は頼むぜ」


 それだけ言い残すと、俺は本当にじわじわだけど減っていくHPの口惜しさから、ゆっくりとこっちへ向かってくるリザードサイスの元へと突撃する。


「まずは一撃、喰らってもらうぞ!!」


「グァァッ!!」


 リザードサイスの最長攻撃範囲へと入り込んだ俺を迎えてくれたのは、右足ハイキックから高速かかと落としへと派生する二段攻撃。

 これは予測済みだ。かかと落としを待ってリザードサイスの左側へと身体をねじ込む。


「来ると思ったぜ! 当……ったれぇっ!!」


 左側へと回ろうとするとどんな攻撃が来るか。それは左足の横薙ぎの蹴りだ。

 まずはその読みで俺は先手を取ることが出来た。


 自慢の爪攻撃が来る可能性もあったが、左側を攻めようとすると足が出てしまう、ある種クセのような直感的な攻撃思考が組み込まれていると見ていい。


 向かってくる足の太腿に、待ち構えていた錬成武器の刃が突き刺さる。

 踏み込み、データとして存在しているかどうかなんて知ったこっちゃ無いが、掛けられる限りの体重を乗せて蹴り攻撃を食い止めた。


 ……なんだか変な感覚だな。衝撃や重みは感じるのに、痛みはない。

 リザードサイスの太腿から錬成武器を抜き取り、距離を取る。

 これでようやく一撃だ。少しだけだが、確かにリザードサイスのHPを減らす事ができた。


「ちっ、壊れたか」


 見れば真紅の短刃剣ダガーの刃先は、真ん中辺りでパッキリと折れていた。

 因みに、切っても突いても殴っても、錬成武器が壊れる時は刀身の真ん中からパキッと折れる仕様になってるっぽい。


 急いでショートカットを操作し、新たな短刃剣ダガーを錬成する。


「……うし、行くか」


 バフ毒虫の効果は続いている。まだ俺のHPは八割に差し掛かったばかり、毒ダメージの進行は早いような遅いようなと言ったところか。


 ……けど、今のような予測ありきの一撃はもう控えよう。幾ら行動確率から攻撃を予測したって、その予測を違えばダメージを受けるのは俺だけ。それでは意味がない。


 一撃貰おうとも、こっちも一撃当て返す。それ位のリスクは負うべきだろう。


「ガゥゥッ!!」


「クッソ!! んなろぉっ!!」


 右腕からの突き攻撃を避けてはその右腕を切りつけ、即座に左腕の攻撃を喰らう。

 リザードサイスの胸へと短刃剣ダガーを突き立てれば、ご自慢の爪を駆使した突き攻撃が飛んで来る。


「こっ、このダメージ比率、割に合わねぇ……」


 大技の突き攻撃を受ければHPの半分を吹っ飛ばされる。引っ掻きでも三割は持っていかれる。


 それに対して、俺が一発でリザードサイスのHPを削れるのはほんの僅か。後もうほんのちょっとがすっげぇ遠く感じる不思議。


 めげそうになりながらも、ここは引けない。

 コットにあれだけ息巻いたんだ。こいつを倒して「ソウキさん凄いですぅ!」とか言わしてやろうじゃあないか。


 コットも俺のHPの変動をよく見てくれている。

 HPが半分に近づく度に満タン近くまで回復するもんだから、結構無茶して戦えている。


「こうしてやり合ってるのは一対一だけど、実は一対一じゃねぇんだ。悪く思うなよトカゲ野郎」


 コットの回復を頼りに、リザードサイスとの超接近戦は続いている。その間、幾度と錬成武器が壊れたか知れない。

 武器を失っても尚、距離を取ること無く、攻撃を受けながら錬成石オークラントを錬成し、殴り合いを再開させる。


 距離を取ってしまえば、この戦意が無くなってしまいそうな感覚がして。


 そして一度戦意が無くなり、リザードサイスに負けようものなら、しばらく立ち直れないような気がするからだ。

 集中力だったり、精神力だったり。身体的な疲弊はまったくしないのに、精神的な消耗はしてしまうらしい。


「……?」


 たった今コットの回復を受けた瞬間のこと。ふと、リザードサイスの視線が俺から外れた気がした。

 そして、その視線は俺のもっと後方を捉えているような気も。


「う、うそ……!?」


 まずいっ! 敵視ヘイトがコットに移った! 俺への攻撃を止め、リザードサイスはゆっくりとコットへと向かって歩みを進め始めた。



 ……敵視ヘイトとは、各それぞれが特定の行動を行うことで溜まっていく、味方ひとりひとりと敵との間に存在する隠しパラメータの事。


 ソウキと同じく、敵に直接攻撃を加えることで敵視ヘイトを溜めていく者が『カラミティグランド』の中では大半を占めるだろうが、コットのような味方に対して回復を行うと|敵視『ヘイト』の値が溜まる者も居る。


 基本的に、敵はこの敵視ヘイトのパラメータ累積値の一番高い者を優先して攻撃を仕掛けるよう行動するのだ。


 コットへと敵の目が行くことこれ即ち、ソウキがリザードサイスへと与えるダメージの総量よりも、コットがソウキに対して回復を行う回数や、HPの総回復量がパラメータとして数値化した時に上回ってしまっていることを意味している。


 ――だが、絶好の攻撃の機会をこの男ソウキは決して逃すことはしない。


「コット! 少しの間リザードサイスからゆっくり距離を取ってくれっ!」


 ソウキはコットに向けて声を上げた。

 ここで決着をつけるという意志が闘気へと成り変わり、手にした錬成武器を振るわせる。


「は、はいぃっ!」


(い、今は逃げなきゃ。それが今のわたしの役割なんだからっ! ……大丈夫。ソウキさんならきっと、リザードサイスを倒せるはず!)


 敵視ヘイトを向けられたコットは、ソウキに言われた通り、ゆっくりと距離を取っていく。


 リザードサイスの背中に生えた翼は何も飾りではない。敵視ヘイトを向けた対象と大きく距離が離れると、その翼を開いて敵の元まで一気に距離を詰める。


 幸いにも、翼を開くには至らない間隔に両者の距離はある為、リザードサイスは翼を開くことなくその足で近づいていく事しか出来ない。


背後うしろを見せたな。ここでお前はエンドだ」


 酷く冷淡な声がリザードサイスの後ろから掛けられるが、ゲームの中に生きるだけのAIには、ソウキの声は非情にも届くことはない。


 背後から滅茶苦茶に繰り出される攻撃の嵐に敵視ヘイトを溜めながらも尚、コットへと向かっていくそれ・・は、先程までソウキと激戦を繰り広げていたとは思えないほどあっけなく、無様な最期おわりを迎えた。


 ……遂にリザードサイスHPは、ゼロになったのだ。


「……終わったな」


 周囲にモンスターの反応が消え、戦闘の終了を告げるリザルト画面がソウキとコットの前に現れた。


「ほ、本当に倒しちゃった……」


 目の前に迫るリザードサイスと初めて相対したコットは、改めてソウキの持つ強さを痛感させられていた。

 決して届かない遥か高みを前にして、なんと無力とコットは自分自身を責め立てる。


「さんきゅ、コット。お前のお陰で勝てたんだぜ、大勝利だ」


 ソウキに笑みを向けられながら褒められるも、何故かそれを手放しに喜べない自分が居る。


「ソウキさん、凄いです」


 何か言わなきゃと、コットは言葉を絞り出す。


「あん? 俺が凄いんじゃあねぇ。お前の回復あってこその勝利だ、俺だけのモンじゃねぇよ」


 どうあっても、お前が居てこそだと言ってくれるソウキの言葉に、素直に甘えてしまいたくなる。


「でっ、でも……」


 だがそれを、己の中に住まう卑屈さが許してはくれない。


「あーあー、止めだ止めだ! そういうのは。俺達ゃ勝ったんだ。今はそれで良いだろ?」


「はい……」


「悪ぃなコット。今日は疲れちまった、精神的にな。戦闘の練習に付き合うのは明日でいいか?」


「はい、構いません……」


 疲れたなどとは言いつつも、安全エリアへと戻る道中で再生成リポップされたモンスターを、コット一人だけで狩るのをソウキは見守っていた。


「お前はヒーラーなんだから、一人だけで戦おうとする必要はない」と、ソウキはコットへと向けてそう説いてはみるものの、コットは自分自身の持つ職業クラスの扱い方を、いまひとつ理解していない様子だ。


 それでも、今日はリザードサイスとの戦闘でよくやってくれたと、ソウキは自分なりに出来うる範囲のアドバイスをするだけの役に徹していた。


「ここに来るまでだけしか付き合えなくて悪いな。

 明日はコットの気が済むまで練習に付き合ってやるから、今日はこれで勘弁な」


「はい、今日はありがとうございました……。また、明日も宜しくお願いします」


 安全エリアへと辿り着いた二人は、互いに別れを告げ、ほんの僅かな時間差でログアウトしていった。


 ――ソウキとコットが、リザードサイスと戦闘を行っていた場所を良く見渡せる丘の上。


 そこに立つ金髪碧眼の青年は、たった二人のプレイヤーがエリアボスを倒すまでの一部始終を思い返し、爽やかではあるが、どこか獲物を捉えた獣のように不敵な笑み浮かべていた。


 青と白を基調とした礼装を纏い、その背に控えた緑色のマントは、一定の間隔でそよぐ風にその身を任せるようにゆらゆらとなびいている。


「……やっぱお前はすっげぇよ」


 口を開いた青年の腰には、鍔と一体になった白銀の柄が提げられていた。

 そんな西洋式の剣の柄には、無くてはならない筈の刀身が無い・・・・・

 この柄は只の飾りのようにも見受けられるが、他に武器らしき物を携えている様子はない。


「またお前と暴れられるのが待ち遠しくて堪んねぇぜ。お前もだろ? ソウ」


 それだけを言い残した青年は慣れた手つきでメニュー画面を操作し、ログアウトしていった。


 この者こそが、ソウキを動かしているプレイヤー、柏木惣と共に『in world』の一時代を築いたディラン・マルティネスその人である。


 ディラン・マルティネスと、大治大河。

 二人が抱くそれぞれの想いに、『カラミティグランド』の世界に惣が引き寄せられたという事を惣自身が知るのは、今よりもずっと後のことになる。

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