確率を越えた存在《ヒロイン》―3


「こ、ここが一応、中立都市バリトンになります」


「えっ! ここが中立都市バリトンなの!?」


 中立都市って単語に聞き覚えはあるかとコットに尋ねると、安全にログアウトできる場所がその中立都市だと言うので案内してもらった。


 ……案内してもらった先は、俺が最初に飛ばされて釣りをしていたあの湖のあった場所。


 見るからにはお世辞にも都市とは呼べない、澄んだ水の青がずっと奥まで広がっている。

 その青に反射する景色が、俺の釣り意欲をそそる。


「正確には、中立都市バリトン″予定地″です。

 ユニークルーツを引き当てたIDが全て揃って『カラミティグランド』の正式サービスが開始されると、各フィールドにソウキさんの言っていたような″街″が生成されます。

 これもアルマトさんから教えてもらいました」


 俺の担当のアルマトと、コットの担当のアルマトは別人の疑いがあるぞ。

 己が悪かったのか、アルマトが悪かったのかはさておき、ひとまずここが安全なエリアというのは理解できた。


「しっかし、どえらいルーツを引いたもんだな。コット」


「そ、そうですか?」


「そらそうだろ? わざわざユニークルーツで治癒士見習いなんて職業クラスがあるんだ。

 ヒーラー職自体が珍しいんだろよ。引く手数多だぞきっと」


 ヒーラーでゲーム下手くそで、まぁ直感にしか過ぎないけど、恐らくコットを動かしているプレイヤーは女の子だろう。

 そもそも回復職がコットただ一人だけだったとしたら神格化すらあり得るが、コット全体が持っているキャラクター性はひとつの愛嬌とも取れる。


 ユニークルーツという壁、ヒーラーという重要な職業クラス。そして女の子という二分の一。

 まぁなかなかの確率という確率を越えた存在が今目の前に居る。コットはこのゲームでちょっとした大物アイドルになるような気がするな。多分絶対多分。


「そうなんでしょうか……?」


 そんなことなど自覚はしていないだろう少女は、首を傾げながらそう口にする。


「回復の魔法は今使えないのか?」


「あっ、そういえば、さっきの戦闘で回復魔法を覚えたんでした。ちょっと使ってみます」


 回復職なのにすぐに回復魔法が使えないのもなんだか可哀想だな、なんて思っている俺の周囲とコットの周囲を包むように蛍光色な緑色の発光が巻き起こる。


 コットは小さく円を描くように、俺の体の方へと突き出すように握られた杖を手首から器用にくるくると回していた。


 あんな綺麗に手首回せるか? ……あぁ、やってみたら意外に出来たわ。勿論魔法は使えないけどね。


 そんなこんなで詠唱のようなものが終わったのか、コットは杖を俺から見て左側へと振り抜いた瞬間、蛍光色だった緑色の光は輝きをまとい、とても輝かしい煌めきを宿した緑色の光へと変化した。


 そしてコットの頭上のHPゲージの色のついてる部分がぐいっと動いた。なかなかの回復量だ。コットのHPがどれ程のものかはわからないが、半分を下回っていたゲージは九割ほどまで一気に戻っている。


「結構回復出来るもんなんだな」


「みたいですね……」


 自己回復出来るのはいいな。単純に継戦能力が高くなるのもそうだし、回復が使えると思うだけで多少は強引な立ち回りが出来る。


「せっかく回復使えるようになったんだ。もう少し狩りでもしていくか?」


 まだ多分こっちにやって来てから一時間は経っていない。

 仮にだいだいが既にログアウトしてたとしても、多少戻るのが遅れたって文句は言われんだろう。大体このゲームをやらないかと誘ってきたのはだいだいだしな。


「はっ、はい! よろしくお願いしますっ!」


 自分が今俺よりもずっと強い立場に居るのわかってないのかねこのは。まぁわかってないね。

 適当に狩りを楽しみながら、俺達二人はフィールドのまだ踏み入れてない場所を突き進んでいった。相も変わらずモンスターは三種類しかいないけど。


「……んん? 初めて見る……モンスター、か?」


 まだ少し距離があるためモンスターに俺達は捕捉されてはいない。


 深い緑色の爬虫類チックなモンスターだ。見た目てきに直感が他のモンスターとは違うと感じた点が二つ。


 まずはその爬虫類モンスターが持つ、異常発達したであろう鋭利そうな両手の先に伸びる爪。単純に攻撃力高そうね。


 そしてもう一つは、奇妙な程に真っ直ぐな姿勢でオブジェのように直立し、動く気配を見せない所だ。


「あっ、あれは危ないモンスターです」


 うん、まぁ明らかに他のモンスターと放つ印象違うしね。一目見ただけでなんとなくわかるよ。


「戦ったことあるのか?」


 危ないと口にするからには、コットはあの直立爬虫類モンスターとやり合ったって事だよな。


「戦ったというか、モンスターに追われて逃げているところに、置物だと思って通り過ぎようとしたあれに襲われて……目を開けたら安全エリアに送られていました」


 あぁ、死んだってことか。あまり言葉にして触れようとは思わないけどその時もモンスターから逃げてたんだな……。


 しっかしあんな露骨に無防備で立ってたら、ちょっかいの一つや二つ、出したくなっちゃうよね。


「ちょっと戦ってみようぜ。あれと」


「えぇっ!? 怖いですよぉ!!」


「俺が死にそうになったら逃げろ。それまではコットは俺の回復だけしてくれてりゃいいよ。ここ見ながら大事にMP使えよ?」


 俺の頭上に出ているであろうHPゲージへと指を差す。


「本当に戦うんですか??」


 なんだか涙目になってそうな声で、コットは鳴くように戦うんですかなどと聞いてくる。

 そりゃあ……戦いたいよね?


「勿論。一瞬でやられたとは言え、一度あれと戦ったことにはなってるだろ? なにかあいつに関する情報は図鑑に載ってないか?」


 メニューを開き、映し出されたウィンドウを唸りながらコットは口を開いた。


「……エリアボス、としか載っていません。残念ながら名前もわからないです」


「んじゃ、戦ってみるしかないですな。ちっとばかし試してみたいこともあるし、勝てる勝てない関係なく本気で動いてみたい」


 コットがメニューを閉じたと同じ位のタイミングで今度は俺がメニューを開き、アイテムパックにあるひとつアイテムをタップした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る