03.この世界

 そもそも、私たちの世界がどういうところなのか。ヒトの住んでる世界なんてのはどこも……私は自分の世界しか知らないけれど……さほど変わりがないと思うので、歴史を紐解いてみる。生まれてからの年数が二桁になる頃、必ず教わるこの世界の常識だ。

 とはいってもこの世界、そんなに長い歴史があるわけではない。人間族の記録に残っているのはせいぜい、数百年前後というところだろう。それ以前の記録は歴史、というよりは神話に近い形で残されている。

 人間族。

 そう、私や疾風兄さんは人間族という種族である。この世界には他に天翼族、闇翼族、獣魔族という三つの種族が存在しており、この4種族を称して『ヒト』と呼ぶ。


 天翼族は色素の少ない肉体と美しい容姿、背中に魔力の半実体化した白い翼を持つ種族だ。かなり長命であり、その絶対数は少ない。

 寿命が百年ほどしかない人間族やその半分以下の獣魔族は、一生天翼族の姿を見ずに終わるということも珍しくはない。もっともうちの村の人間には、現在所用で村を離れている隊長がこの種族なので結構おなじみだったりする。

 また、彼らは魔術を行使することができる。魔術、即ち己の中から産み出される魔力を使用して、本来は出来得るはずのない事象を起こしてみせる術。

 魔力の生産自体は人間族が一番多いのだけれど、人間族には魔術を扱う能力が備わっていない。知識は勉強すれば何とでもなるけれど、能力は生まれつき……種族固有のものなのでどうしようもないのだ。その点で、人間族は彼らに劣る。


 闇翼族は黒い髪と青白い肌、背中に天翼族と同じく魔力の半実体化したこちらは黒い翼を持つ種族。エンシュがこの種族に当たる。

 太陽の光の下で動くことが苦手な、夜の闇に生きる種族。天翼族と同じく長命ではあるが、闇翼族の方が僅かながら数は多い。理由は簡単で、多種族との混血を嫌う天翼族に対し闇翼族は割とその辺りは大らかだからであろう。

 事実、闇翼族と他種族の血を併せ持つ者はそれと知らぬ者も含めて数多く存在する。大概の人間族には闇翼族の血が入っているのではないか、って説まであるらしい。

 天翼族と同じく、闇翼族も魔術の行使は得意だ。天翼族とは方向性が違い、破壊力の高い魔術を好んで行使する。また、他人の精神に分け入る術も心得ている。と言うと洗脳とか暗示による支配なんかを思い起こしがちだけど、不眠症のヒトを落ち着かせて眠らせてやる、なんてのも範囲内なので間違えないでほしい。


 獣魔族はその名の通り、獣に近い身体をしている種族。ラフェリナがそうなんだけど、普段は獣と同じ形の耳と尻尾とかが生えているだけ。

 けれど、彼らは感情の高ぶりや自己の意志に応じて獣そのものの姿に変化する。変化する獣の種類にもよるけれども、概ね野外での隠密行動などに向いている。人間族には登ることのできない断崖絶壁や巨木の頂上などにも、彼らは空を飛ぶことなくすいすいと向かうことができるのだから。

 魔術は人間族同様使えないわけだけど、この事実が彼らをして人間族を見下す要因となっている。


 そして、私や疾風兄さんのような人間族。空も飛べず、魔術も使えず、荒れ地を進むことも不得手な、とても不器用な種族。大量に生み出される魔力の使い方すら知らぬ彼らは、歴史の前……神話の世界においては他の3種族に虐げられる種族として生きてきた。


 天翼族には、魔術行使のための外部魔力供給源として。

 闇翼族には、昼日中の作業をさせるための労働力として。

 獣魔族には、そのありあまる欲望のはけ口として。


 その人間族が彼らと肩を並べ、四種族だと胸を張って生きられるようになったきっかけ。それが『ヨコシマ』との戦いだった。


 『邪』。

 どす黒くて、そら恐ろしくて、定まった姿を持たない――言い換えればどんな姿にでもなれる、ナニカ。

 それが一体どこから来たのかは分かっていない。一説には地の底から、一説には星の彼方からこの世界に来訪したとも伝えられている。どちらもお伽話の域を出ないのだけれど……もっとも、ヒトにとって重要なのは彼らの故郷などではなく、その行動だった。

 彼らは、ヒトを自分たちの下僕として作り替える。外見や肉体はそのままに、精神だけを自分たちに忠実に動くように書き替える。その過程で血の色が赤から黒に変化し、肌に黒い痣が浮かび上がり、やがては肌の色が全体的に黒っぽくなるのだけれど、初期状態ではその見分けが難しい。

 精神を書き換えられたヒト……一般的に人間族が大多数を占め、これを俗に『邪人』と呼ぶのだけれど、彼らはそれまで仲間であったはずの他のヒトを殺す。

 理由は不明。けれど、ヒトがたくさん殺された地域の『邪』は勢力を増大させることが分かっている。だから多分、ヒトを殺す目的は彼らに捧げる生け贄であろうというのが現在の大勢だ。


 まあそうやって、『邪』は己の勢力をじわじわと拡大していった。天翼族の数が少ないのは、この時に大多数が『邪』の犠牲になったからだとも言われている。『邪』にとって天翼族は上質な餌だったと同時にその魔力の特性が弱点をつくものらしく、当時いくつもの彼らの集落が滅んだことが後の調査で明らかになっている。

 闇翼族も餌食となった。彼らは種族としての特性上、活動時間が基本的に夜間である。だから『邪』に精神を書き換えられた彼らが深夜にうろついていても、誰も何も思わない。その特性を利用され、『邪』の先兵とされる者がいくらか出た。

 続出とまで行かないのは、どうも『邪』と闇翼族との相性は悪いらしく、大多数が精神の書き換えに失敗して死んでしまうかららしい。それでも書き換えに成功した通称『闇黒族』の力は絶大で、そのせいか現在でも一部の地域では闇翼族を排斥する動きが強いという。

 獣魔族は、その種類によって特性が違う。『邪』はそれをも利用した。谷を渡る種、地を駆ける種、水を行く種。それらを支配下に置き、『邪』は全てを蹂躙したという。

 その時、先頭に立って『邪』に立ち向かったのが、何を隠そう人間族だった。自らを虐げてきた他の3種族が『邪』の影に怯え、疑心暗鬼となり、互いを滅ぼそうとして立ち上がりかけた時、その間に立って待ったをかけたのだ。勇気のあるヒトもいたものだと思う。


『何故互いに争う? 天翼族が夜を行けないならば、闇翼族が行けば良い。闇翼族が水を嫌うならば、獣魔族が行けば良い。獣魔族が空を飛べぬならば、天翼族が行けば良い』


 夜を行けず、長く泳げず、空を飛べない彼らの言葉は、最初他種族に聞き入れられることはなかった。けれど人間族には、彼らの弱点を補って有り余る特性が存在した。

 手先の器用さ。それが、彼らに天が与えた特性だった。

 人間族は長く他の三種族の下僕として辛い労働を強いられてきたが、それ故に彼らは技術力を高めていった。それは数々の道具となって結晶し、三種族の生活をも豊かにしていったのだ。

 さらに、人間族の中にも稀ではあるが主たる三種族と同等の生活環境を持つ者が存在していた。

 主に認められ、あるいは愛され、恵まれた環境にあるそれらの者に伝えられた技術は洗練され、さらに改良されていった。そしてその結晶が、彼らに力を与えることとなった。


 それが『鎧花』。戦闘時にあってはヒトの身体を守り、非戦闘時にあっては花のごときオブジェとして密やかに佇む鎧である。原材料として選ばれたのは、魔獣の革や甲羅。そのせいか、全体的に丸みを帯びたフォルムなのが特徴だ。生体材料のおかげで、オブジェ形態が柔らかな花の姿になったらしい。

 そもそもは人間族が他種族との肉体的格差を埋めるために生み出されたものだったけれど、技術者はそれを四種族が各々の弱点をカバーできるように改良していった。

 天翼族には闇夜でも彼らを導く光を。

 闇翼族には晴天下でもその身を包み込む夜を。

 獣魔族には爪や牙に代わる武器を。

 そして、人間族にはあり余る魔力を有効に扱える装備を。


 ここに、四種族は一致団結した。『邪』に対抗する軍隊を組織し、彼らの下僕と化したかつての同胞に安らかな眠りをもたらし、ついにその排除に成功したのだ。

 喜びと喝采の中、四種族はかつて『邪』に蹂躙され滅びたヒトの都を再建した。滅びる前は三種族であったその構成員に、晴れて友となった人間族を加えて。

 もちろん、『邪』を完全に排除できたわけじゃない。その証拠が今もなお闇の奥底に潜む下僕と化した邪人。そして、世界のあちこちに今なお残る『卵』だ。

 情勢不利と見た『邪』は、自らを固い殻の中に封印することで己の存続を図ったのだ。小さいものはそれこそ鳥の卵から、大きなものになると集落一つ分を覆い尽くすほどのサイズまで大小様々な『卵』は、その中に『邪』を眠らせている。

 それに対し、四種族ははじめ『卵』そのものの破壊を試みた。

 種族の英知と最高の力を集めて行われた作戦は、しかし失敗に終わる。『卵』を守ろうとする邪人を打ち倒し、その殻を砕くことには辛うじて成功したものの、その中からあふれ出した『邪』に全ての戦力が飲み込まれてしまったのだという。結果、そこには作戦以前より一回り大きくなった『卵』が残されただけだった。

 たった一人生き延びた者の報告を受け、四種族の『卵』への対策が決定した。


 『卵』が孵るまでは監視を怠らず、殻が自ら崩壊して中から『邪』が出てきたところを全力で叩く。


 孵る前の攻撃が意味のないものであり、かつ『卵』を一気に破壊できるだけの爆発力を持つような兵器が開発されていない現状では、それが最善の策であった。

 都では会議が開かれ、世界の各地に存在する『卵』を監視するため、そしてその周辺に住まうヒトを守るための守備隊が結成されることとなった。

 それぞれの特性を生かすために四つの種族の混成部隊として構成された守備隊は、各々監視すべき『卵』の元へと散っていった。都はさらに未発見の『卵』を危惧し、調査隊を各地に派遣した。新たなる『卵』が発見された場合、彼らはその土地の守備隊として根付き、他の部隊と同じ監視任務に就くこととなる。

 そうして『卵』から孵った『邪』を滅ぼしたある守備隊は、その残された殻が鎧花の原材料として実に有効であることを知った。それ以来、鎧花には『卵』の殻が使われることとなり、防御力が飛躍的に増した。無論、そう簡単に手に入るはずもないので肉体の重要部分を守る一部にのみ使われているのだけど。


 私たちの村を訪れ、そして常駐することとなった守備隊は、そんな部隊の一つである。着任当時からエンシュは既に部隊の副司令官であり、お父さんが早くに死んでからは私と疾風兄さんの親代わりになってもくれた。

 そして実のところ、誠哉お兄ちゃんの鎧花の押収を止めたのは「解析調査ならばここでもできるだろうが。都には破片なり血痕なりを持っていけば良い」というエンシュの助言であった。本当に彼女には感謝している。


 それからはや十年。疾風兄さんは剣士として、私は技術者として自分で言うのも何だけどそれなりに立派に成長した。自分で決めた間もなく訪れる期限までに、もう一人の兄を捜し出すために。

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