第3話 王女サルラ

 殲滅した敵を部屋の隅に集めたカイトたちは再び店のテーブルに腰を落ち着ける。しかし今度はカイトの隣にプラーミア、正面に騎士団所属のレンリと第六王女と名乗るサルラが座っている。残りの村人たちは部屋の隅に固まりながら外にいる敵兵に見つからないようにしていた。


 「さて、何から聞けばいいのか」

 「まずはこの王女様が本物か証明することが先じゃない?」


 突然の王女の登場に驚きを隠せないのは何も村人たちだけではなかった。カイトたちもまた予想外の出来事に戸惑いを隠せていないのだ。


 王女の証明を求められたサルラはその美しい紫色の髪を片手でまとめて横に流すと、首にかかっていたネックレスを外してカイトたちに見せる。


 そのネックレスには王家の紋章が刻まれており、サルラが正真正銘の王女と示すには十分な証拠になる。


 「あなた方が商人ならサルラ様のネックレスが本物だということはご理解いただけることでしょう」

 「確かにこれは本物みたいだ。だがどうしてこんな辺境に王女様が?」

 「それは……」


 カイトの問いに口ごもってしまうレンリ。おそらく他言できないような理由があるのであろう。しかし王女であるサルラがレンリに諭す。


 「レンリ、ここまで来て隠す必要はありません。今は非常時です」

 「はい。実は二週間前、王宮に神聖アルテザウス王国から一枚の書状が届きました」

 「書状? 休戦協定でも結ぶ気だったのか?」

 「その通りです。しかし向こうもタダでという訳ではありませんでした。ニカルディア王家の王女を神聖アルテザウス王国に嫁がせることで和平の象徴にしようとしたのです」

 「政略結婚って訳か」


 この手の話はよくあることだ。書類上で戦争は止めて仲良くなったというよりも実際に血筋を混ぜることで強固な絆を作った方が将来的にも安全というものだ。


 そしてその役目をこの第六王女であるサルラが請け負ったのだろう。


 「だがそんな王女様がどうしてこんな村に?」

 「簡単に言えば裏切られたのです」

 「アルテザウスにか?」

 「いえ、ニカルディアにです」

 「どういう意味だ?」

 「そのままの意味です。和平を望んでいた神聖アルテザウス王国に対してニカルディアはサルラ様を使って攻撃を仕掛けたのです」

 「攻撃だと? その王女様が?」


 まだ少女ともいえるサルラにアルテザウスを攻撃できるとは思えなかったカイトは首をかしげる。


 「正確に言えば私は好機を見出す道具に使われたのです」

 「わかりやすく頼む」

 「実は今回のサルラ様引き渡しに神聖アルテザウス王国は十二神将の一人である将軍ダレス=グローディオを派遣してきました。そしてそれこそがニカルディア王国の狙いでした」

 「十二神将を一人でも削りたかったわけか」


 十二神将とは神聖アルテザウス王国に仕える十二人の将軍であり、その実力は神聖アルテザウス王国を支える敵国にとって脅威になるものであった。だが逆に言ってしまえば一人でも削れれば神聖アルテザウス王国にとって甚大な被害を被ることになる。


 つまりニカルディア王国は第六王女の命と引き換えに神聖アルテザウス王国の十二神将を討つ好機を得ようとしたのだ。敵国とはいえ王女が出てくるなら向こう側もそれなりの地位の人物を出さなければ示しがつかない。それがダレス将軍だったのだろう。


 「ダレス将軍を狙った我が騎士団は全滅。私はサルラ様を連れてその場を離脱したものの、怒った神聖アルテザウス王国はニカルディア王国に対する侵略を始めました」

 「あほらしい戦争ね」

 「王女様に向かって何たる侮辱!」


 ふと出たプラーミアの言葉にレンリが怒りをあらわにして剣に手をかける。


 「落ち着いて、レンリ」

 「サルラ様……」

 「彼女の意見はもっともです。私もあほらしいと思ってはいます」


 サルラの表情は暗い。だが事情を考えれば当然ともいえるだろう。何しろ自分は家族から見捨てられたも同然なのだから。


 「それでお姫様は俺たちにどうしてほしいんだ? 事情を説明するためって訳でもないんだろ?」

 「そうですね。では、単刀直入に言わせていただきます。あなた方二人を護衛として雇いたいと思います」


 王女サルラの言葉に驚いた表情を浮かべるのは隅に固まっていた村人たち。彼らは隅に固まりつつも聞き耳を立てていたのだ。


 一方のカイトとプラーミアはただ黙り込んだままだ。


 「今の私は敵国から追われている身。ですが捕虜としての価値はないも同然でしょう。かといって王都に戻ればまた政治の駒に利用されるだけ。それなら第三国に亡命した方が良い」


 王女サルラの言葉には重みが感じられる。おそらく逃げながら彼女は必死に生き残る策を考えていたのだろう、とカイトは考える。しかし王女サルラはそんなカイトの予想をはるかに超える答えを出していた。


 「ですが私は王女です。そんなことはできません」

 「というと?」

 「現在も神聖アルテザウス王国は我が子国侵攻を続けています。もしこのまま侵攻を続ければ我が国は西側の領土を失うかもしれません。それは王女としては看過しがたい事態です」

 「自分を見捨てた国でもか?」

 「ええ。それに見捨てたのは国ではなく王族です。民には何の責任もありません」


 王女サルラの言っていることは王女としては素晴らしい言葉だろう。しかしカイトにはそれが方便にしか聞こえなかった。彼女の言葉はあまりにもきれいごと過ぎたから。


 「その真意はなんだ。それを聞かないことには交渉の席にも就けない」

 「さすがは商人、疑い深いですね」

 「疑うのも商人としての仕事だ」

 「そうですね。なら私の真の目的をおっしゃいましょう」


 そこで王女サルラがわずかに頬を緩める。その変化をカイトは見逃さなかった。


 「私は近い将来この国の女王になりたいのです。そのためにはここで西域を取られるわけにはいかないのです」

 「第六王女なのにか?」

 「ええ。例え六番目でも功績次第ではどうともなります。そのためには利用できる者は利用する」

 「あんたも立派な王族ってことか」


 ここにきてカイトはようやく王女サルラがどんな人物なのかを理解する。彼女は王女という皮をかぶった利己主義の怪物だ。自らの窮地さえも出世の好機として利用しようとしているのだ。


 そこからは口にせずとも理解できる。


 彼女は王族から見捨てられたにもかかわらず、祖国のために傷心したその身を奮い立たせて神聖アルテザウス王国からの侵略を阻止した。そんな愛国心の強い王女を見捨てようとした王族には少なからず不信感を覚え、第六王女サルラを支持する者たちが出てくるに違いない。


 特に侵攻を身をもって経験している西域では第六王女の支持基盤が形成されるはずだ。そうなれば今後、同じような事態が起きたとしても王族は第六王女サルラを無下にはできない。


 まさに彼女にとってこの状況は一発逆転のチャンスなのだ。しかし騎士団所属のレンリだけでは力不足なのでカイトたちを雇おうとしたのだ。王女サルラはカイトとプラーミアがただの行商人ではないことを知っていたのか、または先の戦闘でそれに気づいたのかはわからない。


 だが名前を知っていたということは少なからず情報は持っているようである。


 カイトは一応だが忠言しておく。


 「話は分かった。だが俺たちは行商人であって傭兵ではない」

 「そうね。できるとしても運送くらいよ」

 「いえ、ご心配なく。お二人があの双星の鬼神だということは理解しています」


 その時、王女サルラの口元がにやりと動いたのをカイトは見逃さなかった。

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