Chapter 42 ありがとう

………今何と言った?処女かどうか聞いたのか?なんでこの状況でそんな意味不明なーーまさかこの女は私を心配しているのか?私が強姦されていないかどうか。同じ女としては心配なのだろうな。だから確認したくて聞いたんだ。



「……今まさに犯される寸前であったが避けられたらしい。おかげさまでまだ純潔は保っているよ。」


「フフッ、そうなんだ。それは良かったね。あ、今鎖外すね。待ってて。」



私が処女だと聞くと女は嬉しそうな雰囲気に変わる。そんなに私を心配してくれていたのか。初対面の私に対して。凄く優しい子だ。


女が私の四肢を縛り付けている鎖を外すと私は力無く倒れ込んだ。ダメだ。身体に力が入らない。そのまま地面に叩きつけられるのを覚悟するが女が私を受け止めてくれた。



「うっぐ……すまない……」


「ううん。全然いいよ。」



女の息が荒くなっている?深呼吸でもしているような感じに見えるが……わからない。泣いてるのだろうか。それとも兵士たちを倒した時に息が上がったのだろうか。



「お楽しみーーじゃなくて、こういのは後からにしてとりあえず脱出しようか。はい、コレ着て。」



女は私に着ていた外套を渡して来る。私は素直にそれを纏った。やはり優しい子だ。

だが脱出…、無理だろう。この身体では帝国の包囲を抜ける事は出来ない。仮に抜けたとしても追っ手から逃げ切れはしない。この女がどうして私を助けるのかはわからないが巻き込む訳にはいかない。



「リン…と言ったか?助けて頂いて感謝する。だがこの身体では逃げる事は叶わない。私をおいて逃げてくれ。」


「うん、そういうのいいから早く行くよ。」



自分でも間抜けな顔をしているのがわかる。私なりに真剣に言ったつもりだったがリンに軽くあしらわれてしまった。だがここで折れる訳にはいかない。リンは巻き込めない。説得して逃さないといけない。



「リン。リンが助けてくれーー」

「ーーああもううるさいな。ちょっと時間無いから行くよ。」


「えっ?ちょ、ちょっと!?」



リンは強引に私を背負い始める。腹がリンの背に触れるので苦痛で声が漏れた。



「ごめん。痛いだろうけど我慢して。回復アイテムでも持って来れば良かったんだけどそこまで考え回らなくて。でもここから出ればどうにでもなるから。」


「それは大丈夫だ…。だがリンーー」

「ーーはい、わかった。いいからそこに落ちてる剣取って。そんなのでも無いよりマシでしょ。」



またリンに制されたがこれ以上口を挟む事はやめた。ここで問答をしていてはリンが逃げる時間も無くなる。最悪私がリンの逃げる時間を作ればいい。

私は急いで兵士の剣を取る。それを確認するとリンは立ち上がり牢の入口を出た。左手に進んだ時だった。嫌な気配を感じた。私はリンを呼び止めた。



「リン、待って。」



リンはすぐに止まり私を下ろした。



「敵だね。」


「ええ、挟まれてる。」



私たちの言葉を聞いて隠れてる必要が無くなったと思ったのかそいつが姿を見せる。

幻影騎士団幻影騎士が1柱ケルニヒ・プフィルズだ。相変わらずニヤついた嫌らしい笑みを浮かべている。

ケルニヒの特徴はその巨体だ。2mを超える身体と発達した筋肉。女として嫌悪感を覚えるような風貌は見てるだけで辟易する。



「これはこれはチックウィード将軍。こんな時間にどこかへお出かけですかな?」


「ええ。星でも見ようかと思って。だからそこ退いてもらえる?」


「ハッハッハ!!いやいや、どうやら勘違いしておりました!!もうお前は将軍では無かったので命令は聞けません。ただの罪人だ。大人しく牢へ戻れ。それとも俺の部屋に連れてって可愛がってやろうか?今後俺の夜伽をするなら明日の処刑を無いものとしてやるぞ?」


「フッ、自分の顔見た事ある?アンタみたいなの好みじゃないわ。」


「ヘッヘッヘ、なら力づくで牢へ戻しそこで可愛がってやるか。前からテメェとはヤリてぇと思ってたんだよ。死ぬ前にイイ思いさせてやるぜぇ。」


「部下が部下なら上官も上官か。同じような台詞を吐いてて気持ち悪い。」



さてどうするか。この身体でリンドブルムも無い状況でケルニヒに勝てる自信は無い。だがやるしかない。ここで負ければ私だけではなくリンまでもが慰み者とされる。それだけは絶対にさせられない。

背後も取られてる。2人か。幻影騎士団の副官だ。



「……リン。ごめん、巻き込んだ。」


「別に気にしてないよ。」


「あの巨漢は私がやる。リンには後ろの2人を任せたいんだけど出来る?」


「問題無いよ。」



問題無いか。リンはそれなりに強いとは思うけどよく分からない。だいたい雰囲気で相手の強さを察する事が出来るけどリンは全くわからない。でもさっきの兵士たちを相手にした事と身体運びを見ても決して弱くは無い。



「じゃあ任せた。」



私は剣を鞘から引き抜く。リンも後ろに回り剣を抜く音が聞こえる。リンドブルムでは無い剣での戦いなど久しぶりだ。もうリンドブルムは無いのだから考えるのはやめよう。今はケルニヒをどう倒すかだ。それに長期戦は出来ない。身体の状態から見ても数分でケリをつける。



「ケルニヒ様、こっちの女も上玉ですよ。ルナに引けはとりません。」


「ほう、そうか。それじゃそっちの女はお前らにやろう。だが俺にも一回ヤラせろよ?」


「わかってますって。」



もう勝った気か。隙があるとすればそこだ。ボロボロの私にケルニヒはまさか負けるとは思ってもいないだろうから。その慢心が仇となる事を教えてやる。



「はぁァァ!!!」



私はケルニヒへと斬りかかる。いつもより動きが悪い。いや悪いなんてもんじゃない。重いしキレも無い。踏み込んでもまるで力が入ってない。

私の一撃は軽くケルニヒに受け止められる。それを見てケルニヒは更に口元を緩ませた。



「おいおい、なんだこれは?ルナ、テメェの力はこんなモンかよッ!!」



鍔迫り合いから力任せに私はケルニヒに押され吹き飛ばされる。身体が軽い。足腰に力が無い。これでは勝ち目なんてあるのだろうか。でも諦められない。絶対負けられない。



「舐めるなッッ!!」



私は手数で勝負する事を選択した。力が入らない以上勝てるチャンスを作るにはこれしかない。スピードだって全くと言っていい程に本来の力には遠く及ばないがそれでもケルニヒ相手なら可能性がある。

私はリンの方を見る。副官相手に苦戦している様子は無い。良かった。



「ドコ見てんだテメェ?」



私がよそ見をした一瞬の隙をケルニヒは見逃さなかった。ケルニヒが持つ大剣が私に迫る。ボロボロになった身体をどうにかくねらせてケルニヒの剣を弾こうとするが腹の痛みに顔をしかめる。痛いなんて言ってられない。ここで攻撃を喰らえばもう致命傷になる。私は咆哮を上げ身体を奮い立たせながらケルニヒの剣を叩き上げた。だが代償として私が持つ剣は折れた。ケルニヒの剣は大剣なのだから耐久力もあるがそれに加えてランクAの名剣。対して私の剣は下級兵士が持つ訓練用のランク外の剣。捌く為の集中力が足りなかった。



「ルナァァ、テメェの武器は無くなっちまったなァァ?ヘッヘッヘ!!」



決着がついたと思ったのだろう。ケルニヒが勝ち誇った顔をしている。諦めたくは無いが武器も無し、身体はボロボロ。勝ち筋はつかめない。

……投降してリンだけは解放してもらうしかない。私が積極的に身体で奉仕をするという条件でもつければ聞き入れるかもしれない。リンは巻き込まない。必ず無事に解放をしなくちゃいけない。リンの真意はわからないが、こんな私に唯一優しくしてくれた。私は恩を返したい。


リンが後退して私の背後に来る。



「リン、ごめん。私は今かーー」

「ーーはいコレ。」



リンが後ろ手で私に剣を差し出して来る。リンが使っていた剣だ。



「どういう…?」


「それ使いなよ。てか最初から渡しておけばよかった。”多分そうじゃないかなって思ってた”んだけどね。」



後半のリンの言葉の意味はわからないが今はそれどころではない。これを私が使ったらリンが戦えないじゃない。



「そうしたらリンが戦えないでしょ?」


「私は大丈夫だよ。ていうかルナがあのデカいおっさん倒したらすぐ決まるだけだから。」



副官なんか余裕って事?私がケルニヒを倒すのを待っている。ならやるしかない。例え身体が壊れたとしても今この時だけ動けばそれでいい。リンの退路は私が作る。



「ありがとう。借りるわ。」


「うん。」



私はリンから剣を受け取り鞘から引き抜く。

……良い剣だ。リンドブルムには及ばないが私の力を引き出してくれるようなこの感覚。昔から知っているかのように手に馴染む。負ける気なんてしない。




「良い剣。名前は?」


「神魔の剣。」


「『ゴッドシリーズ』か。なるほど。じゃあすぐ終わらせるから。」


「オッケ。」



私は一歩前に足を踏み出し神魔の剣を構える。私の出す闘気の高まりに気づいたのかケルニヒがニヤけた顔をやめて真剣な表情に変わる。



「……テメェ、その剣、S以上のモンだな?能力上昇の加護付いてやがんだろ。」


「さあ?今借りたんだから知らないわ。」


「遊びはやめだ。それを出した以上は殺しちまっても致し方ねえ。もったいねェが…仕留める。」



ケルニヒが上段に剣を構え、一撃必殺の体勢で私を迎える。勝負の時だ。



「ドゥラァーー!!」



ケルニヒが剣を振り下ろす。その巨躯から放たれる重圧な剣閃。間違いなく一撃必殺の一撃だ。 だが私はそれを軽く弾く。ケルニヒは目を丸くして弾かれた大剣を見る。しかしすぐにケルニヒは目線を私に戻し次撃に備えようとするが私はケルニヒの大剣ごと斬った。致命傷には違いない手応えがあったが慢心しない。そのまま心臓へ突きを行いとどめを刺す。



「バカ…な…このッ…俺が…!?」



私は神魔の剣をケルニヒの心臓から一気に引き抜きリンの加勢に向かおうと後ろを向く。

「フランメ。」



向いたと同時だった。リンのいる方から凄まじい爆音がこだまし、爆風に身構える。リンが魔法を使ったのだ。その威力は通常のフランメをはるかに凌駕していた為上階の床が抜け落ちて通路が行き止まりになってしまった。



「リン…あなた、魔道士だったーーぐうっ!?」



私は立つことがかなわず膝から崩れ落ちた。ケルニヒを倒すのに力を使いすぎた。もう立つこともかなわない。でもリンの退路は確保した。私の役目は果たした。

天井の崩落が始まっている。恐らくは生き埋めだろう。惨たらしく絞首刑にされたり、捕まって強姦されるよりずっとマシかな。

私の人生最後にリンと出会えてよかーー

「ほら、何やってんの?行くよ。」



リンが私を背中におぶり始める。何やってるのはこっちの台詞でしょ。



「リン、もう大丈夫だから。私がいてもあなたの足でーー」

「ーーああもう本当にうるさい。いいから神魔の剣ちゃんと持っててよ。」



リンが私の言葉に言葉を重ねて黙らせる。手に持つ神魔の剣だけはちゃんと握り締めた。



「揺らすからね。お腹痛いのは我慢して。行くよ。」



私の返事も待たずリンは走り出す。途中上へ続く階段があるがそれを飛ばしてそのまま突き進む。行き止まりだ。そう思っているとリンが足元を蹴り飛ばす。隠し階段だ。抜け道があったんだ。リンは間をおかずに駆け出す。灯りの無い真っ暗な道だがリンは見えているのか速度を緩めずに走る。

どうしてリンは私の為にここまでしてくれるんだろう。私はリンに尋ねた。



「……ねぇ、リン。どうして私を助けるの?」


「恩返しかな。」


「恩返し…?私とあなたに接点なんて無いはず…。」


「あるよ。ルナはスノウフレイクを救おうとしたでしょ。」



意外な言葉だった。リンの口からスノウフレイクが出てくるなんて思ってもいなかった。



「スノウフレイクのお姫様、ルキナは私の友達なんだ。」


「ルキナ王女の…?」


「うん。ルキナの国をルナは救おうとしてくれた。そのせいでルナはこうなったんでしょ?」


「……私は何も出来なかったよ。結局はスノウフレイクは滅ぼされた。」


「それでもルナのおかげでスノウフレイクの人が少しでも生き残ったでしょ。ルナが何もしなかったらみんな死んでいた。だから私はその恩返しとしてルナを助けたいと思った。それだけだよ。」


「……それだけって。こんなの命懸けじゃない。」


「楽じゃないとは思ってたよ。でも助けたかった。」



抜け道の終わりだろう。明かりが見えてきた。リンはその勢いのまま一気に階段を上がるとそこは墓地だった。ブルーメからはそんなに離れていない。ん…?不味い、追っ手だ。馬を走らせて近づいて来ている。



「リン!!リン、下ろして!!追っ手が来てる!!馬を出されたらもう逃げられない!!私が時間を稼ぐからリンはーーって、痛ったぁーー!?」



私はリンにデコピンをされた。凄く痛い。おでこに穴が空くんじゃないかってぐらい痛い。



「ルナうるさい。」


「う、うるさいって…!?」


「ルナを置いてくなんて選択肢私には無いから。……第四夫人なんだし。」


「え?最後なんて言ったの?」


「それにここまで来ればもう私の勝ちだよ。ね、相棒。」



リンが相棒と言った先を見ると闇夜の中から風のような黒い大きなナニカが私たちに迫って来る。そしてそのナニカを掴むようにリンは私を背中に乗せたまま跳躍し、跨った。



「信じてたよルドルフ。」


「ヒヒーーン!!」




馬だ。黒い大きな馬。まさかここまで周到に準備していたっていうの。



「ルドルフ、今来てる馬一気に引き離してガネーシャ戻ってもらえる?」


「プルルルル。」


「うん、任せたよ。」




ルドルフと呼ばれる黒馬が走り出す。速い。私が乗っていた馬より、帝国のどの馬よりも速い。追っ手として迫っていた騎馬隊をグングン引き離して行く。もう私たちに追いつくのは無理だ。騎馬隊もそれを悟り諦めた。逃げ切った。



「流石ルドルフだね。後でちゃんとご褒美あげるからね。」


「ヒヒーーン!!」


「あ、ルナ。さっきの続きだけどさ。」



リンが振り返り私を見る。



「ルナを助けられて良かった。」



私はその言葉を聞いて感極まってしまったのか涙が溢れて来た。リンの顔が優しかったからだろうか。わからないけど普通の女のようにポロポロと涙が零れ落ちた。

私は私の心の内を呟いた。



「……本当はね、結構辛かった。」


「うん。」


「……本当はね、死ぬの怖かった。」


「うん。」


「……本当はね、拷問されてるの痛くてたまらなかった。」


「うん。」


「……本当はね、誰か助けてくれないかなって願ってた。」


「うん。」


「リン。」


「ん?」


「助けてくれてありがとう。」


「フフッ、どういたしまして。」



これが私とリンと幸せな日々の始まりだった。

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