Chapter 15 初めての魔法

地下2階層に降りた俺たちはさっそく探索を開始する。フロアの感じとしては地下1階となんら変わりは無い。強いて言うなら明るさが若干暗いような気がするだけだ。もしも階を降る毎に暗くなっていったらランタンが必要になってくるぞ。騎士団の連中がちゃんとダンジョン整備をすれば明るさを均一に出来るんじゃないだろうか?ちゃんと働けよな。


「リンちゃん。前からモンスターが来ます。数が少し多いかもしれないので気をつけて下さい。」


「うん、わかった。アナスタシアは離れてて。」


アナスタシアの索敵の加護だ。超有能な、敵の位置を知る事が出来る素晴らしい能力である。これがあれば無駄に敵と戦わなくても済むし、ヤバくなった時に安全に脱出する事が出来る。本当に分かってねぇ連中ばっかりなのが異世界住人だよな。

そんな事を不満に思いながらモンスターを待ち構えていると複数の足音が聞こえ始める。一つや二つでは無い。十を超えるような音と気配が感じられる。流石の俺も警戒を強め、神魔の剣を鞘から抜いて手に構える。すると、角から人型のワニのようなモンスターが現れた。リザードマンだ。リザードマンが出やがった。ミノタウロスがいるならリザードマンがいてもおかしくは無いが本当に現れるとは。だがリザードマンってのはそんなに強いモンスターじゃなかったはずだ。俺の強さならこれが10体ぐらいいても特別苦労はしないだろう。


だが俺の考えが甘い事を甘い知らされる。

10体程で全部だと思ったリザードマンがわらわらと角から溢れ出す。その総数は20以上だ。広めの通路がぎっちりと敷き詰められるようにリザードマンがフロアに集まっている。


「こんな数のリザードマンがいるなんて…!?リンちゃん!!一旦引き返しましょう!!いくらリンちゃんでも不利です!!」


背後からアナスタシアの叫び声が聞こえる。うん、俺的にもこれはよろしくない事は理解出来るぞ。仮に勝ったとしてもノーダメージじゃ終われないだろうし、何より討ち漏らしたモンスターがアナスタシアへと襲い掛かって、あってはいけない結末を迎えかねない。かといってこれで逃げたら俺の沽券に関わる事になる。俺はもう逃げない。この異世界では逃げない。ここで逃げたら前の俺と何にも変わらない。絶対に逃げるわけにはいかない。でもどうやってこの数を一瞬で始末すればいいんだろう。RPGなら全体攻撃技や魔法で処理するのがセオリーだが……ん?魔法?あれ?俺って魔法使えるんだよね?魔導剣士なんだから魔法使えるよね?魔法ってどうやって使えるんだ?普通は言霊的な使い方をしてるイメージがあるけど俺は魔法の名前も知らんからな。魔法名を言えば使えるんだろうか。


「アナスタシア、魔法の名前ってわかる?」


困った時のアナスタシアだ。アナスタシアなら魔法の名前ぐらい知っているだろう。仮にわからなければアナスタシアだけ地下1階まで上がらせて俺だけでワニ男を掃討しよう。それならダメージ受けてもアナスタシアに回復してもらえば大丈夫だ。


「攻撃魔法ですか…?わかりますけどまさか戦うつもりですか!?」


アナスタシアがめっちゃ不安そうな顔で俺を見る。不安げな顔をしていても相変わらずの可愛さだ。でもネコミミが垂れている所を見ると本当に不安なのだろう。俺がしっかりと守ってやらねばいかんな。妻を不安にさせるなど亭主としての名折れだ。


「そのつもり。」


「き、危険です!!この数はリンちゃんでもダメです!!リザードマンは地下10階から現れる少し強めのモンスターです!!決して油断は出来ません!!」


「なら尚更だね。そんな大した奴じゃないのに逃げてたら未攻略ダンジョンをクリアする事なんて不可能だよ。」


「で、ですけど…!?」


やっぱりアナスタシアは頑固だな。これじゃ埒があかない。それにリザードマンがいつ襲い掛かってくるかもしれない。妥協点を見つけるしかないな。


「わかった。魔法で一気に始末出来なかったら私も引き返すよ。それならいいでしょ?」


「……約束して下さいね?」


「わかった。」


「リンちゃんの個人ランクから考えて使える魔法なら炎系攻撃魔法の初級魔法である『フランメ』だと思います。」


「フランメか。魔法って力強く名称を発すれば使えるのかな?」


「誰に対して使うかを考えて、強く念じれば使えると思います。」


「わかった、ありがとう。やってみるよ。」


アナスタシアから簡単なレクチャーを受けて俺は魔法を詠唱する為の準備に入る。それを察知してか、リザードマンたちが手にしている剣を握り直して俺との距離をジリジリと詰めて来る。距離を詰められて俺まで魔法の餌食になるのは御免だ。もう放つしかない。俺は右手を前に掲げ、それっぽいスタイルを取る。



俺の初めての魔法が発動する。



「フランメ!!」



詠唱と同時に俺の右手から通路全体にマグマが噴き出したような炎が噴出される。比喩では無く、逃げ場の無い程に通路全体に放たれた炎からは逃げられない。リザードマンたちはたちどころに炎に飲まれ、包まれ、その存在が掻き消される。その凄まじいまでの火力にリザードマンたちはあっという間に屈してしまった。

凄いな魔法。これで初級魔法かよ。中級、上級と進むに連れて威力が上がったら世界を滅ぼせんじゃねぇの。魔法使いがこの世界の最強ジョブなのかもしれん。


「勝ったよ。」


俺はクールにアナスタシアへと告げると、アナスタシアが口を半開きにしてポカーンとした顔をしている。アナスタシアは隙が多いな。そんな口を半開きにするなんてけしからん。そういう所もしっかりと調教しないとダメだ。


「な、な、な、な、何ですかその威力は!?」


威力?おかしいのか?少し弱めなのかな?魔導剣士だから魔法使いみたいな威力は無いのか?剣技半分、魔力半分なのかもしれん。うーん、それなら中途半端だな。レアジョブじゃないんじゃないかやっぱり。


「弱かった?」


俺はちょっとガッカリしたような弱々しい声でアナスタシアへと尋ねる。これでアナスタシアがパーティーから抜けるって言ったらどうしよう。そしたら力づくでホテルに連れて行ってヤルことだけはヤッておこう。


「強すぎです!!フランメの威力じゃありませんよ!?どう見ても中級魔法である『シュタルクフランメ』級の威力です!!」


なんだ、強いのか。それなら良かった。弱いのかと思ったじゃないか。アナスタシアは本当にけしからんな。絶対ホテルでお仕置きだ。早くホテルに戻りたい。


「中級魔法がシュタルクフランメって言うんだね。試しに使ってみようか?」


「い、いいですけどちょっと怖いですね…普通に考えれば『シュテルクストフランメ』級の威力になりそうです。」


「それが上級魔法?」


「はい…!リンちゃんの魔力からすればその可能性が高いかなって…一歩間違えるとフロアが倒壊しそうです…」


「そんなに上級魔法って威力が高いんだ。でも試してみたいから使ってもいい?ちゃんとアナスタシアの事は守るから。」


「い、いいですよ…!リンちゃんの事信じてますから!」


「フフ、ありがとう。」


よし、アナスタシアの許可も得たんだから使ってみよう。どれだけの事が出来るかちゃんと確かめてみないとな。

俺は先程と同様に右手を前に突き出し、魔法の詠唱を開始する。


「シュタルクフランメ!!」


だが、何も起こらない。静寂だけがこの場に起こる。


「…何も起きないね。」


「やっぱり個人ランクが低いからだと思います。いくらリンちゃんでも中級魔法を使うには個人ランクを20にしなければアンロックされませんよ。」


そりゃそうだわな。ゲームだってレベルを上げて上級魔法を使えるようになるんだもんな。良く考えれば当たり前の事だ。


「ちょっと残念だけど仕方ないね。個人ランクを上げて出直すよ。」


「焦らなくてもリンちゃんならきっと凄い魔導剣士になれますよ!!」


「ありがとう。じゃ、進もうか。とりあえずはフロアの探索をして、5階まで行ってみようかな。そこまで行ったら外に出てお昼食べよう。」


「お昼食べたら攻略の続きですね!」


「ううん、今日はそれでやめておこう。道具屋とか行ってアイテム揃えたいしさ。それでいいかな?もちろん食事と宿は私が用意するから。」


「そ、そんな…!今日からは自分の事は自分でします…!」


「そんな事は気にしないでいいよ。それは私の役目だから。」


そうだ。主人としての俺の務めだ。そして妻としての務めはわかっているだろうなアナスタシアよ。


「リンちゃん…じゃあ私に出来ることならなんでも言って下さいね…!リンちゃんの為なら何だってしますから…!」


ほう。言ったなアナスタシアよ。そこまで言うならもういいだろう。今日の夜は可愛がってやる。


「わかった。じゃあ後でしてもらうね。」


「はい!任せて下さい!」


よっしゃ。さっさと5階に行ってホテル行こ。もう嫌われたってなんでもいいや。やる事やってから考えよう。その為の異世界転生なんだから。


欲望の渦巻くままに俺は急ぎ足で地下5階層を目指すのであった。

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