Chapter 10 酒豪

神殿を後にした俺とアナスタシアは夕飯を食べる為に美味屋へとやって来た。店内は昼間とは打って変わって完全にパブと化している。賑やかな笑い声や酒の匂い。人々の楽しげなひと時を演出する空間へと美味屋は姿を変えていた。そんな空間にアナスタシアはやはり戸惑っているのかオドオドしている。俺はアナスタシアの手を握り、もう指定席と化したカウンターへと連れて行く。


「おっ!リンちゃん、アナスタシアちゃん、いらっしゃい!」


完全に常連だな。オッさんから声をかけられる時点で常連確定だ。これからはこの席は俺たちのだから座ってやがったら裏に連れてってボコボコにしてやるぜ。


「こんばんは。」

「こ、こんばんは!」


「アナスタシアちゃん、イイ感じの格好じゃないか!リンちゃんに買ってもらったのかい?似合ってるよ!」


「あ、ありがとうございます…!」


インナーもアウターもマントも全部買い換えたからな。今着てるのはピンクを基調とした女の子らしい上着と、生足がちゃんと見える少し短めのスカートだ。もちろん俺の好み。女を自分色に染め上げて行くのが男の楽しみってやつさ。


「お腹空いたし食べようか。アナスタシア、好きなの頼んでね。ちゃんと好きなだけ頼むんだよ?」


こう言っておかないとアナスタシアは遠慮するからな。早く栄養失調状態を解除しないと抱き心地にも影響するだろうし。


「…本当に好きなの頼んじゃってもいいですか?」


「もちろん。」


意外な反応だな。遠慮しないのは良い事だがそれでも遠慮をするのがアナスタシアだと思ったからこの反応は想定外だ。余程食べたい物があるんだろう。金なら数十年分あるからどんな物でも頼んでいいぞ。


「じゃ、じゃあ…!!お、お酒を飲んでもいいですか…!?」


「えっ?お酒?」


本当に想定外だなこりゃ。え?アナスタシアは酒好きなの?てか何歳?俺より下じゃないの?中学生から高一ぐらいだろ。異世界は何歳から酒飲めるんだ?


「ダ、ダメですよね…すみません…」


「いや、別にいいけどこの国はお酒飲める年齢とか決まってないの?」


「決まってるよ。酒は18にならないと飲めない。」


オッさんが俺たちの話に首を突っ込む。

オッさん。俺とアナスタシアの時間を邪魔するな。いくらオッさんでも俺の楽しみを奪う事は許さんぞ。


「ならアナスタシアはダメじゃない?興味を惹くのはわかるけどルールは守らないとね。」


「あ…私は19だから大丈夫です…」


「えっ?19なの?」


「は、はい…!」


ええ…俺より年上じゃん。アナスタシアさんって呼ばないとダメじゃん。


「ごめん、私より下だと思ってた。私は17です。これからはアナスタシアさんって呼びますね。」


「そ、そんな…!!今まで通りでいいです…!!」


「そう?それならいいけど。」


そうだよな。年は関係ない。俺が主人なんだからアナスタシアはアナスタシアって呼び捨てにしないと。俺は亭主関白なんだから。


「ならお酒飲んでいいんじゃない?飲みたいなら飲みなよ。」


「いいんですか…?」


めっちゃ嬉しそうな顔してる。猫耳もピクピクしてる。わかりやすいなアナスタシアは。


「うん。好きなだけ飲みなよ。おじさん、お酒のメニューも下さい。」


「はいよ。」


オッさんがアナスタシアに酒のメニューを渡すと目をキラキラさせながら見ている。どんだけ酒好きなんだよ。


「うわぁ…!高いお酒ばっかり…!リ、リンちゃん…!本当にいいの…?」


「いいよ。好きなのを好きなだけ頼みな。」


「じゃ、じゃあ…!!コルーナオレンジ下さい…!!」


「はいよ。そうだ、女の子は銅貨5枚で飲み放題だけどどうする?」


へぇ、こっちでもそんなのあるんだ。

飲み放題にしたいのだろう。アナスタシアがソワソワしながら俺をチラチラ見ている。


「じゃ、飲み放題にして下さい。」


「い、いいの…?」


「いいよ。それなら気兼ねなく好きなだけ飲めるでしょ。」


「リンちゃん…ありがとう…!!」


「おつまみも頼みなよ。良く知らないけどお酒にはおつまみが無いと美味しさ半減するんじゃない?」


「じゃ、じゃあ!!薄切りプリプリ肉のローストと、チルチルチーズを下さい…!!」


「はいよ。ちょっと待っててね。リンちゃんはどうする?」


「私はタルタルチーズのリゾットと、おつまみのグリグリ豆。飲み物はギュルギュルオレンジのソーダで。」


「はいよ。」


暫しの間待っているとオッさんがコルーナオレンジをアナスタシアの前に差し出す。見た目的にはカクテルみたいだな。綺麗なジュースって感じで美味そうだ。てかコルーナって何なんだろう。


「わぁ…!やっぱり高いお酒は美味しそうだし綺麗…!」


「そのコルーナオレンジっていうの飲んだ事無いの?」


「一度だけかなぁ。マーカスたちと高難度のクエストをクリアした時に飲みに行って。当然美味屋なんて高級店じゃないですけどね。」


…男と飲みに行ったのか。過去の話であってもいい気はしないな。ちょっとガードが緩すぎじゃないですかアナスタシアさん。マーカスってさっきのスケベな奴らの事だろ。そんな奴らと飲みに行って酔い潰されてホテルに連れ込まれてんじゃないだろうな。アナスタシアって酒につられて男とホイホイ飲みに行ってるのかもしかして。聞いてないけど処女だろうな?俺は処女厨だから処女じゃないと嫌だぞ。アナスタシアが貫通済みなら雪山行って死のう。


「…よく飲みに行くの?」


「全然です…!安いお酒をたまに飲むだけです…。」


「…1人で?」


「マーカスたちとは何回かありますね。」


やっぱり行ってんじゃん。え?マジでアナスタシア非処女なの?ビッチじゃん。こんな大人しそうな顔してビッチじゃん!!もうメンタル崩壊しそうなんだけど。雪山行きたい。死にたい。


「…アイツらと一緒のホテルに泊まったの?」


「一緒のホテルには泊まってません。私の取り分は少なかったので安ホテルか外で寝てました。何回か部屋に誘われたりしましたけど行きませんでした。えっちな事を企んでるのがわかりましたので。」


「…酔い潰されてお持ち帰りされたりしなかったの?」


「ないですね。酔い潰れるほど飲めないからいつもほろ酔いです。」


「…アナスタシアってさ、男性経験とかあるの?」


「ええっ…!?ないない!!ないですよ!!イキナリどうしたんですかリンちゃん!?」


「フフッ、そうなんだ。ほら、早く飲みなよ。」


だよね。アナスタシアが非処女なわけがないよ。その処女は俺がいただく運命なのに他の汚い野郎に奪われるわけがない。良かった良かった。


「あ、はい…。それじゃあいただきます…!」


アナスタシアがコルーナオレンジが入ったグラスに口をつける。それを一口…いや、一気に飲み干した。飲みっぷりいいなオイ。


「くぅー…!!美味しい…!!やっぱり高いお酒は全然違います…!!」


「そんなに美味しいの?」


「はい…!!ここのは特に美味しいです…!!やっぱり美味屋のお酒は全然違います…!!」


ふーん、そんなもんなのか。飲まない俺からすれば違いなんてわからん。ブランデーとウイスキーの違いだってわからんからな。


「嬉しい事言ってくれるね!ほい、プリプリ肉のローストとチルチルチーズ!おかわりは何する?」


「じゃあ…ブラッディーボナパルトも飲み放題ですか?」


「おっ!ブラボナいくかい?もちろん飲み放題だよ。でも強い酒だから女の子には厳しいんじゃない?」


「たぶん大丈夫だと思います…。ブラッディーボナパルトお願いします…!」


「はいよ。リンちゃんのギュルギュルオレンジのソーダとグリグリ豆ね。リゾットはちょっと待っててね。」


「ありがとうございます。」


グリグリ豆ってどんなやつかと思ったら枝豆やん。フライビーンズかと思ったけどまさかの枝豆だった。俺は枝豆が超大好きだから結構嬉しい。


「ブラッディーボナパルトっていうのはそんなに美味しいの?」


チーズを口に入れ、幸せそうな顔をしているアナスタシアに尋ねる。


「高級酒です。このメニューにもありますが一杯、銅貨5枚です。」


「高いね。あれ?でもそれだとブラッディーボナパルトを一杯でも頼まれたら赤字じゃん。」


「ハハハ!男連中の飲み放題価格は銅貨20枚だから大丈夫だよ。それにブラッディーボナパルトは強い酒だから男だって一杯飲んだら酔い潰れちまう。飲み放題で飲むには効率悪い酒なのさ。」


そんな強い酒を飲んで大丈夫なのか?酔い潰れたらどうすれば…いや、酔い潰された方が都合がいいな。そうすればホテルに連れ帰って色々やっても覚えてないだろ。よし、アナスタシアを酔い潰そう。


「ほいよ、ブラッディーボナパルト。アナスタシアちゃん、無理そうなら全部飲まなくてもいいからね。」


「はい。ありがとうございます。」


アナスタシアが出されたブラッディーボナパルトに口をつける。それを一口…いや、コルーナオレンジ同様に一気に飲み干す。


「くぅー…!!美味しいです…!!高級酒は凄いです!!」


流石のオッさんも口を半開きでアナスタシアを見ている。一気に飲んで大丈夫なのか?急性アルコール中毒で倒れたりしないだろうな。


「ア、アナスタシアちゃん、大丈夫なのかい!?」


オッさんが声を震わせながらアナスタシアへ尋ねる。そりゃあそうだろうな。こんな調子でブラッディーボナパルトをガンガン頼まれちゃ美味屋の危機だからな。下手すれば飲み放題を廃止にするかアナスタシアを出入り禁止にするしかなくなってしまう。


「そうですね…確かに強いお酒ですけどまだほろ酔いにもなってないので大丈夫だと思います。」


「ハハハ…そうかい…好きなだけ飲んでくれな…」


「ありがとうございます!ブラッディーボナパルトをもう一杯お願いします!」


オッさん、目が泳いでいるぞ。明日からブラッディーボナパルトは飲み放題対象外にする事だな。



********************



「ほら、アナスタシア。ホテルに着いたよ。」


「うふふふふー…!!」


結局あの後ブラッディーボナパルトを5杯、コルーナオレンジを10杯、コルーナグレープフルーツを20杯飲んだ所でオッさんが涙目になってたから引き上げて来た。それにアナスタシアも結構出来上がってるから尚更だ。てか酒臭いな。飲みすぎだろ。


「お水飲む?」


「お願いしまーす…!!」


アナスタシアはベッドに横になりながら手を振って俺の問いかけに答える。

冷蔵庫にあるミネラルウォーターを一本取り出してキャップを切り、アナスタシアへと手渡す。


「はい、お水。」


「リンちゃん飲ませてー…!」


アナスタシアが上目遣いをしながら甘えるような口調で俺に懇願する。デレッデレじゃん。俺のどストライクなんだけど。


「しょうがないな。ほら、私に寄りかかって。それで口開けて。」


「はーい…!!」


抱っこのような体勢でアナスタシアは俺から水を飲ませてもらう。その唇を突き出すような顔つきが妙にいやらしくて俺の理性がぶっ飛びそうになるが必死に堪える。


「ぷはっ…美味しい…」


「良かったね。じゃあもう寝るよ。お風呂は朝に入ろう。」


「リンちゃん。」


「ん?」


「ありがとう。今日は凄く幸せだった。リンちゃんに出会えて本当に幸せです。」


「そっか。」


「こんな生活が出来るなんて思ってなかった。本当にありがとう。」


「私もアナスタシアに出会えて良かったよ。」


「リンちゃん…」


「さ、寝るよ。」


「うん!」


今日の所は寝込みを襲うのはやめておくか。酔い潰して襲うなんて紳士じゃないし。これからいつでもチャンスはあるもんな。

明日はギルドに行ってパーティー登録してダンジョンに乗り込んでみるか。忙しくなるぞ。

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