人外人間のぞむ

@iceshark

第一の希望 「のぞむ」

───望んでない。

どす黒く、だけど何故か透き通っている。そんな液体の入ったガラスの球体。中には、その液体と、一人の少年が入っていた。少年の目の下には隈ができていて、どす黒い液体の色が移ったかのような、そんな感じだった。

「扉を開きます。」

放送で聞こえたその後に、液体が抜かれ、扉が開かれる。

──少年は目を覚ました。凶暴な目つきで奥にある扉を睨む。

「俺は……?」

事態が把握できない。誰もいないから訊きようがない。

俺は誰だ?俺は誰だ?

「少年。少年もとい、のぞむ君。奥の扉へ来たまえ。」

先ほど、微かに聞こえた声とは違う放送が流れ、不審に思いながらも、奥の扉へと向かう。

その先は、病院だった。看護師が、患者が行き交い、どこからどう見ても、人の多い病院だ。その後は放送はなく、一人の看護師に「ねえ」と、声をかけた。

「俺はどうしたらいいんだ?」

これだけで、理解されるとは思えないが、とにかく今はそれを質問した。

「あ、のぞむ君ね。あなたの病室はあっちよ。でも、その前に、診察室に向かわないと。じゃあ、私についてきてね。」

「うん。」

そのまま、のぞむの歩幅を考えていないのか、距離が離されかける。だから、速足で追いかけた。

「看護師さん。俺は、何なんだ?」

一番気になっているそれを訊く。看護師は一度こちらを向き、そして再び前を向くと、暫くして答えた。

「それは、診察室で分かるわよ。」

「そうなんだ。」

と、頷いた直後、微かに、「多分ね。」と聞こえたような気がしたが、それに関しては、何も聞かなかった。

「院長。例の子です。」

「…来たか。では早速、座りたまえ。」

座れと促されたその手の先は、何故か、やけに豪華な、いかにも王様が座っていそうなそれだった。意味はどうかんがえても不明。というか、この時点で分かる人間などいるはずもない。看護師は足早に去って行き、俺と、院長と、不穏な空気がこの診察室に残された。

「で、だ。のぞむ君。さっき、君に、『奥の扉へ来たまえ』とアナウンスしたのは他でもない私なのだが……。」

それは、声で分かった。

「君は一つ手前の扉へと入っていった。それは、一体全体何故だい?」

「はい?」

「……?だから、一つ手前の扉へと入っていったのは一体全体何故だいと、言ったのだが。」

こいつは、何を言っている?

「?。い、いや。扉は一つしかなかった筈ですが。」

「…そうか。そうかそうか。そうなのか。つまり君は、私のアナウンスに騙されることなく、騙されたという自覚もなく、その正解の扉へと入っていったんだね?」

「……そういう事に、なりますね。」

あの部屋に、扉は一つしかなかったのか?本当に?いくつもあるようには見えなかったのだが。

「正解の扉しか見えなかった。つまり、君には正しき道だけが視えたというわけだね。」

「言い方を変えると、確かにそうなりますが……」

院長は眼鏡をくいっと上げ、口角を上げる。

「君は、人外だ。」

「人外?」

「そう、人外。」

───人外?俺は、人外なのか?

「君は人よりも優れているんだ。何をするにしても、人間の限界値を超える。」

「……本当かは分からないが、それなら俺は、どうやって生まれた?どうやって人外になった?」

「質問は一個ずつで……と、言おうと思ったが、どうやらその質問の答えは一つにまとめられる。」

そういうのはいいから早く教えてほしいのだが。ただ、院長の笑みだけは変わらず。

「───単刀直入に言うと、君はごく普通の家系で生まれたんだよ。」

「普通の?いや、でもそれだと、一つにまとめたとは到底言い難いと思うのですが。」

「あ、そうだね。前の患者さんの病気と混ざっちゃった。ごめんごめん。」

院長がそういうのはまずいと思うが。

「天才、異才、偉才、鬼才、凡才、秀才。いろんな才があるけれど、君はそれらと何のかかわりもない。ただの───人外なんだ。病気なんだ。」

「病気?」

「人間超越性症候群。と、私は仮に命名したのだが。」

病名のセンスというかなんというか。子供っぽいというかなんというか。それは置いておくとして──。

「……」

「治す方法はまだわかっていないし、君と同じ病気をもった人間もいるか分からない。」

「じゃあ、どうするんですか?」

「病気といっても、死ぬわけじゃない。と…思う。だから、とりあえず君には暫く入院してもらう事になった。」

──そして、俺の入院生活が始まった。といっても、ほとんどが自由時間だが。

六月二十二日。三日後の事である。

「……」

自販機で買ったコーラを飲み干し、ゴミ箱に投げ捨てる。

「おはようございます。のぞむさん。」

扉がノックもなく突然開かれ、体がビクッと一瞬動く。開けたのは、知らない女だ。同い年位か。

「…おはよう……。誰だ?」

「そんなことはどうだっていいのです。今はそれよりも───。」

少女が手を上げ、人差し指を天井に指す。

「DIE」

波動砲のような何かが、天井を、砕く。少女が、こいつが、天井を破壊した。天井から血が流れ落ちる。

「!?……」

こいつ、何をした?

「今、『こいつ、何をした?』って、顔をしましたね。それが──。」

嫌な予感。その直後、こちらに指を向ける。

「発動のSIGN」

バン。

鈍く、重いその音は、すぐに消える。意識はある。視界は暗転したまま。

「これは、さすがに死んだでしょうか?」

誰に、問いかけて、やがる。

視界はすぐに回復する。すぐさま立ち上がり、最低限、避けられるように構える。

「いーや、そうですか。死んで、いませんか。──当然、ですかね。ですが、貴方は既に、私の発動条件を満たしてしまいました。満たすことが出来ました。何回でも、何度も、幾度も、無限に──」

──逃げ「頭をつぶされるのです。」

バン。

そうか、これは、頭をつぶされていたのか。じゃあ、さっきの一撃はどうやって治った?

バン。バン。バン。バン。

撃たれ、撃たれ、殺され、何度も死ぬ。死んではいないのか?

が、慣れた。

「……頭を、潰されても、俺は、生きている……何で……なんだろうなぁ…」

ゆっくりと、だけど着実に間合いを狭め、近づく。当然、それに対し、少女は後ろず去り、何度も頭を潰すが、生き返る(生きているの方が正しいかもしれない)俺に、動揺している。

「俺は、人外なんだ。」

「そうですか。」

「死なないんだ。」

「そうですか。」

「殺せないんだ。」

「…そうですか。」

「──負けないんだ。」

腕を掴み、間合いを固定。

「っ!!い、痛い痛い痛い!!やめてッ!!」

「痛い?」

ただ、腕を掴んでいるだけだ。叫ぶほど痛くないはずなんだ。

「あ。」

爪が少し腕に食い込んでいる事に気付き、思わず離す。

バン。

「どれだけ貴方はお人好しなんですか。」

それでも痛みはないし、すぐにその傷は癒える。

「………これで、終わりです。」

「え?」

「情報はちゃんと入手したので、それではESCAPE」

バン。

頭を潰され、一瞬視界が暗転した隙に逃げられていた。

「……今のは一体……。」

いや、あの少女の事よりも俺の事だ。

──死なない。すぐに傷が治る。痛覚がない。この3つ、以上。異常だ。

あの院長の言っていた事は真実だったのだ。


────俺は人外だ。

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