第6話 席がえ
月曜日の5限目に、席がえをした。深緑色の黒板に座席表が書かれていて、ひとつひとつ数字が振ってある。一人ずつ教卓の上のクジをひいて、黒板に書かれているのと同じ数字の場所へ、机ごと移動するのだ。女の子の歓声と、男子の騒ぐ声。ざわざわした空気。
私は「22番」だった。窓側の、前から二番目の席。
前も後ろも、あんまり話したことのない子だ。名字は知っているけれど、下の名前はどうしても思いだすことができない。右隣の女の子が、「よろしくね」と声をかけてくれた。
席がえは憂鬱だけど、終わってみるとホッとする行事だ。たぶん、みんなそう。今はそれぞれが、それぞれの場所に落ち着いて、「どこへ行くのか分からない」ぼんやりとした不安から、解放されてホッとしている。
「もうずっと、このままならいいのにね」
きのう練習が終わったあと、ポタンはそうつぶやいた。大きな机みたいな装置。その上に座って、両方の足を交互に揺らしながら。
(そこに腰かけて、話すシーンがあるのだ)
その装置の上で、足をぶらぶらさせるのが、私もポタンも好きだった。
「例えば大学にみんな進んでも、このメンバーで劇団を作って、演劇したりできたらいいのに」
あんまりしみじみとそう言うから、なんだか思い知らされた。私は、そんな風に続けたいとは思っていないということに。
いつか離ればなれになる、その事実を踏まえた上で今に佇んでいたいのだ。まだ何者でもない、私のままで。
窓から校舎の外の街路樹が見える。遠くの方に、細長い筒のような煙突があって、白い煙が斜めに伸びている。枯れ葉が舞って、目で追えない視界のどこかへ、次々と吸い込まれていってしまう。
一緒にお弁当を食べている女の子たちが割と近くになったみたいで、教室の隅の方ではしゃいでいたけど、なんとなくそちらへは行かずに、短い休み時間が終わってしまった。
六限目のチャイムが鳴る。まだざわめいている教室のなか。前の引き戸が開いて、古典Bの先生——背の低い女の人で少し太っているから、みんなからタヌキちゃんと呼ばれている——が、プリントを抱えて入ってくる。
この前の小テストが返ってくるのだ。席がえをしたから、ひとりずつ、前に取りに行かなくてはならない。
*
「ポルトって、カステルのこと好きねー」
それは、まったく不意打ちの言葉で、私は思わず目を見開いてしまった。日の暮れたあとの体育館。こうこうと照る灯りが、黄色く温かに館内を照らしている。
壇上では、みんなが帰る準備をしていて、一足先にオテルと表へ出た矢先だった。キンモクセイの、かすかに甘い香り。
「どうして?」
動揺を、悟られたかもしれない。
振りむいた先、オテルの顔は、体育館の照明に照らされてひどくまばゆかった。オテルはにっこりしてみせる。いつも通りのやり方で。
「だって、いつも見てるもの」
そうかな。うん、でも、そうかもしれない。
心のなかで、私は言った。
目をそらす。オテルはまっすぐだ。思ったことをそのまま、ためらいもなく口にする。
「ふうん」と、私は小さな声でつぶやく。
無意識に、やよいちゃんの口真似をしていた。
とらえどころのない気持ち。ふわふわと、不安定な。いつ消えてなくなるかも知れない。でも、そんな気持ちでも、言いあてられると露呈したようで、頰が一瞬カッと熱くなった。
「カステルが本当に男の子だったら、きっと私も好きになってたな」
オテルは楽しそうだ。明るい声。壇上から、みんなが降りてくる音。
「カステル自体が、好きっていうわけじゃないよ」
言った途端、これでは認めてしまったようなものだと思った。
「これ、あげる」
差しだされたものを受けとる。キャンディーみたいにひとつずつ、個包装されたチョコレート。
「ありがと」
さっそくむいて、口のなかに入れた。
体育館の照明が消える。
風が夜気を渡り、キンモクセイが、また強く香った。
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