第38話 隼人

 セダンの灰皿は煙草の吸い殻で溢れていた。

 助手席にはスーパーで買ったボトルコーヒーとパンやおにぎり、それにスナック菓子の袋が乗っている。

 仕事が終わってから隼人はずっと剛炎寺の外で車を駐めて待っていた。

 薄暗い路地に車のエンジンを止めて、闇に紛れる。

 だが先程から穂村蒼一宅で動きはない。一室に明かりが付き、そこをたまに人影が動くので蒼一がいるのは確かだった。

(・・・・・・気に食わねえ。結局俺は社に動かされてるじゃねーか)

 隼人はイライラしながら煙草を吸った。

 確かに穂村蒼一は容疑者の想定と一致する。若い男で寺の住職だ。

 だが隼人には動機が想像できない。

 社が自分の罪を蒼一になすりつけようとしている。そう考える方が納得できた。

(・・・・・・けど、もし詩織の言うことが本当なら事実は変わってくる。社は瀬在佐和子で八人目だと言った。もし殺してないならどうやってその数が分かったんだ? 社の言ってるあいつが蒼一だとして、あれはなにをさしている? どうして知ってることを言わないんだ?)

 そこまで考え、隼人は一つの可能性に気付いた。

(・・・・・・もしかして、あいつは捕まることを望んでいたんじゃ。理由は? あいつが捕まることでなにがどう動くんだ?)

 そこまで考えて隼人は溜息をついた。これ以上考えても疲れるだけだ。

 腕時計を見ると、深夜零時になっている。眠気も襲ってきた。

(もうしばらくここにいよう。明日社を締め上げた方が絶対に早い)

 そう考えた時だった。穂村家のドアが開き、中から蒼一が出てきた。

 隼人は驚いた。

「・・・・・・こんな時間に外出か?」

 蒼一は駐車場に行き、車に乗ると走り出した。

 それを見てから隼人もエンジンを掛け、あとを追う。

 蒼一は少し北上してから線路沿いに西へと車を走らせた。そしてしばらくしてコンビニの駐車場に車を駐めた。

 隼人も少し離れた場所に車を駐める。

 蒼一はしばらく買い物をしていた。何を買ってるかまでは分からなかったが、棚の位置から酒やつまみだと隼人は判断した。

 それを見て隼人は落ち着かなかった。

「・・・・・・まじかよ。それで次は、もしかして・・・・・・」

 隼人は携帯を取り出して画面を見つめた。

 数分後、遠くでパトカーのサイレンが聞こえた。そしてすぐに隼人の電話に着信がある。

 それは刑事課の先輩からだった。

「巫上町二丁目でまた女が襲われた。今度は女子高生だ。来られるならお前も来い」

 巫上町と言えば神楽町の東隣に位置する。

 今いるコンビニが神楽町の西の端なので、車で十分程かかる場所だ。

 しかし場所は重要ではなかった。

 隼人は社が入れたと思われる人形を取り出した。

「・・・・・・全部社の言う通りになった」

 人形にはこう書いてあった。

『蒼一から目を離すな。奴は俺が逮捕されたことで自分が疑われるかもしれないと焦ってる。見張られてると仮定してアリバイを作ろうと動くかもしれない』

 そして最後にこう書かれていた。

『もしそうなったら、次に襲われた奴が共犯者だ』

 隼人は人形をポケットに戻し、急いで現場に向った。

 現場に着くとパトカーが数台停まり、救急車も来ていた。

 隼人は刑事達に挨拶しながら、救急車に運び込まれる女の元へと駆けつけた。

 軽傷なのか意識がはっきりしており、先輩の刑事が尋ねたことに答えていた。

「じゃあ、犯人は君を後ろからナイフで襲ったあと、あっちに逃げたんだね? どんな奴だったか覚えてる?」

 左肩の辺りから出血しているのか、彼女の服はそこだけ赤かった。

 彼女は俯いた。

「・・・・・・茶髪で、黒のスウェットを着てました。顔は・・・・・・見てません」

 包帯が巻かれた左肩を反対の手で押さえながら、白沢蓮はそう答えた。

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