第28話 社
深夜の町に社は一人でいた。
顔を見られないようにパーカーのフードを被っている。
見上げた先には先週佐藤というOLが殺された空き家があった。
ここまで来るのに随分時間がかかっていた。規制線が張られ、近くにはパトカーも微かに見える。
社は道路を挟んでその家をぼんやりと見ていた。
次に辺りを見回し、あの家がある正確な位置を確かめた。
空き家は町の西南にあり、阿澄が殺された廃ビルとはちょうど対極に位置する。
社は頭の中で碁盤の目となった神楽町の地図を開いた。
(特に変わったものは見えないな・・・・・・。霊もいない)
社はしばらく考えながら、どこかおぼつかない足取りで西へと向った。
神楽町は東と西に川があり、北から南へと伸びている。そして東の川が少し西へと曲がり、南で合流して一本の川になっていた。
社が西に伸びる道路を歩いていると、川を横切る為の橋へと差し掛かった。
そこで考え事をしていた社の顔がすっと上がった。
橋の上には社より背が倍近く高い大男が立っていた。
袴を着た初老の男は頭の天辺が禿げており、ニヤニヤと笑っている。
「小さいねえ。小さいねえ」
初老の大男は社を見下ろして言った。
社は顔を上げる。すると、男が大きくなった。
「小さいねえ。小さいねえ」
男はにやけながらまた言った。
社はまた顔を少し上げた。
だが、また男が大きくなる。
顔を上げればそれだけ男は大きくなり、遂には小さなビルくらいになった。
「小さいねえ。小さいねえ」
男は更に大きくなり、とうとう社は顔を上げられる限界まで上げた。
すると男はそれを待っていたと言わんばかりに醜悪な笑顔を浮かべた。
「顔、上げたねえ」
その時だった。
何か素早い物が社の喉へ飛びかかった。
顔を上げていた社の喉はあまりにも無防備に見えた。
それの鋭い歯が喉に触れる直前、社は手を伸ばしそれを見ずに捕まえた。
すると大男はすっと消え去る。
社は掴んだそれを見下ろした。
「小さいな。見越」
そこにいたのは小柄な黄色いイタチだった。
見越は見上げれば見上げるほど大きくなる入道を人に見せて驚かせ、隙を見て喉元を噛みちぎるという妖怪だ。
「はなせ人間っ!」
見越はイタチの姿で暴れるが、社は掴んだ首をはなさなかった。
社が冷たい目を向けると、見越はじたばた動くのをやめた。
「人を食うつもりだったのか?」
「当たり前だろ! こんな狩り場に招かれちゃあなあ。どのみち他の連中も動き始める。呼んだのはお前達だ!」
社は見越をじっと見て計っていた。これまでの妖怪や鬼と違い、明らかな敵意を感じた。
「イタチに取り憑いてるな。今まで少し甘くしすぎた。人を襲えばどうなるか、他の者達にも教えておかないといけないみたいだ」
社の薄い色の瞳がぼんやりと明るくなり、白が強くなる。
それを見て見越は固まった。
社が地面に降ろしても見越の体は動かない。
見越は怯えていた。
「お前・・・・・・、まさか・・・・・・」
「剣印を結ぶまでもない」
問答もせずに社は顔の前で右手を立てた。
それを見て見越はぞっとした。
「オン・マイタラシテイ・ソワカ。金色不動明王よ。人を餌にせんとするこの見越を祓い賜え」
「・・・・・・や、やめろ・・・・・・」
見越は苦しみ出した。口を開けて、ガクガクと震え出す。
うっすらとした光が見越を包む。じゅわじゅわと音を立てながら、霧のような何かが体から湧いて出る。
「・・・・・・お、俺を祓ったって・・・・・・、他の妖怪がまた来るぞ・・・・・・・・・・・・」
「ならそれも祓うさ」
それを聞いて見越は苦しみながらあざける様に笑った。
「ひゃひゃひゃ! この時代の陰陽師に百鬼夜行が祓えるわけが・・・・・・」
そこで見越の笑いは止まった。
見越は社の背後にあるものを見たのだ。
「そんなところにいたのか・・・・・・・・・・・・?」
「そうか。お前にも見えるのか。・・・・・・近いな」
社は静かに真言を唱え続けた。
すると光が強くなり、見越は苦痛を強めた。体から出る霧が強くなる。
それは浄化というよりは粛清のようだった。
「ぐ・・・・・・・・・・・・、がっ・・・・・・・・・・・・」
光が見越を包んでいく。まるで光の両手に体を掴まれるようだった。
光が強まり、見越は苦しむ。
覚悟を決めたのか、最後に見越は社を睨んだ。
「てめえの目・・・・・・。お前・・・・・・・・・・・・人を・・・・・・殺してるな・・・・・・?」
社の眼光が鋭くなった。明確な殺意を含む、冷たい視線を見越に向ける。
それを見て見越は苦しみながらも嬉しそうに顔を歪ませた。
「ひゃひゃひゃ! 図星か! 人間!」
「・・・・・・お前も殺してやろうか?」
社の目が怪しく光を帯びた。
その言葉が脅しでないことを見越は全身で感じていた。恐ろしさに身を震わせながらも、見越は目を見開き、社とその背後を睨んだ。
社の背後からは光の手が次々と伸びてくる。
それを見て見越は自らに訪れる避けようのない運命を受け入れた。最後の抵抗として、見越は社を笑うしかなかった。
「ひゃひゃひゃっ! 人間・・・・・・・・・・・・やみで・・・・・・まってるぞ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
一瞬、光が眩しいほど明るくなった。かと思うとぱっと消え、辺りにまた闇が戻った。
そこには小さなイタチが仰向けでいるだけだった。ぴくっと前足が動くと、イタチは我に返り、立ち上がった。かと思うとイタチは社を見て、ぴゅーっと川の方へ逃げて行く。
イタチの背中を社は黙って見ていた。青白い月光が憔悴した社を照らす。
ここ数日で髪や瞳はどんどん月の色に似てきていた。
社は闇を見つめながら、小さく呟く。
「分かってるさ・・・・・・。もう退けない・・・・・・。その覚悟をする為の時間はあったんだ」
社は辺りを見回し、誰もいないことを確認すると、踵を返して町へ戻った。
その足取りはやはり頼りなかった。
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