第27話 隼人
剛炎寺の駐車場に隼人の古いセダンが停まっていた。
だが来てみても肝心の穂村蒼一が留守でいない。
そこでようやく隼人は今日、雲龍神社で四神祭の打ち合わせがあることを思い出した。
隼人も父や兄に来いと言われていたが、仕事で忙しいと断っていた。
(こんなことなら行っとけばよかったな。社にも会いたいし)
隼人は腕時計を見た。もう三時を回っている。
昼食を食べながらの打ち合わせなのでそろそろ帰り出す頃だろう。
今から行けば行き違いになるかもしれない。隼人は仕方なくセダンにもたれて煙草を吹かしていた。
ぼんやりしながら剛炎寺を見上げる。古いが立派な寺なのが分かる。
だがどこか寂しかった。寺を囲む土壁は昔あった大火事で所々焼け跡があった。
(それにしても、知らなかったな・・・・・・)
隼人は先程寺の周りでの聞き込みで知った事実に驚いていた。
穂村蒼一の両親は亡くなっていたのだ。
父親が去年、母親があとを追うように半年後に死んだという。
まだ二十歳そこそこの蒼一は寺を一人で切り盛りしているらしい。
(おじさんもおばさんも、前に会ったときは元気そうだったのに・・・・・・)
隼人は少し自分の両親が気になった。もう二ヶ月は会っていない。こういう時はたまに家に顔を出さないとなとしみじみ思う
青空に煙を浮かべながら待つこと十分。
高そうな黒いセダンがやって来た。中から蒼一が意外そうな顔で出てくる。
「どうも。打ち合わせに来ないと思ったらこんな所にいたんですね? どうかされました?」
「いや、ちょっと話を聞きに来たんだ。あっちはどうだった?」
「べつにいつも通りですよ。奥さん達が作って、男達は食べて飲んでです。おじさんやお兄さんも来てましたよ」
「そう。まあお祭りには顔を出すよ。だんじりは担がないけど」
「ここじゃあなんなんで、うちにどうぞ」
蒼一は隼人を隣の我が家に招待した。二階建ての大きな家だ。庭も広く、部屋も多い。
「やっぱり広いな。一人じゃ寂しくないか?」
「・・・・・・そうですね。でも慣れました」
「結婚は? お前ならモテるだろ」
「まだですね。恋人も、今はいません。それに歳的には隼人君の方が先でしょう?」
「まあな。でも俺のアパートは狭いから、同棲するなら引っ越さないと。出会いがないけど」
隼人が笑うと蒼一も微笑んだ。
客間に通され、蒼一が淹れた緑茶を飲み、和菓子を食べた。
隼人は客室の掛け軸をじっくり眺めた。そこには神々しい火の鳥が描かれている。
久しぶりの和室で隼人は落ち着いていた。
蒼一が尋ねた。
「それで、今日はどうしたんです? お寺に用ですか?」
「うん。まあそうだな。話を聞いておきたくて来たんだ」
隼人は手帳を広げた。
「それにしてもお前髪長いな。坊さんが坊主頭にしなくてもいいのか?」
「ああ、これですか?」
蒼一が自分の頭を触る。
「そうですね。まだ覚悟が決まっていないんでしょう。継ぐとか継がないとか、そういう話をする前に、父さんが死んだんで」
「・・・・・・さっき知ったよ。おばさんも亡くなったんだってな」
「はい」
蒼一は寂しそうに笑った。
「父さんは突然死でした。血圧が高かったんで、それのせいだと医者は言ってましたね。母さんは体が弱かったので、父さんが亡くなって心まで弱くなり逝ってしまいました。気持ちはよく分かります。僕も二人を失った時は辛かった」
「おいおい。坊さんが変なこと考えるなよ」
隼人は心配そうに言う。
すると蒼一は笑った。
「そんなことしませんよ。僕にはやるべきことがある。それをやるまでは死ねません」
「やるべきことって?」
「色々です。人には色々ある。そうでしょう?」
「・・・・・・まあな。じゃあ、本題に入ろう。数週間前、阿澄翔子っていう女子高生が殺されたのは知ってるな?」
「ええ。僕がお経をあげました」
「うん。聞いてるよ。その阿澄がオカルトっていうか、超常現象が好きだったんだ。それで犯人は宗教関係の人間か、そういうのが好きなやつだろうって話になったんだ。お前なら誰か怪しいやつを知ってるんじゃないか?」
「犯人をですか? さあ、僕の周りで人を殺すような人がいるなんて思ったこともありません。みんな優しい人ばかりですよ。隼人君だってそれは分かってるでしょう? そりゃあ、人を騙す人はいます。変なものを御利益があると売ったりね。でもさっきも言いましたけど、僕の周りにはいません」
「うん。まあ、それは分かってるよ。この町でそんなことしたら、すぐに噂になるからな。じゃあ占い師とかはどうだ? または開運ブレスレットを売るような業者がお前のところに来て、名前を貸してくれって言わなかったか? 最近多いんだよ」
「いえ。それにうちはそんなことしなくても食べていけていますから」
「・・・・・・だよな。本当に誰も知らないのか? じゃあ、若い男だ。それで誰を思い浮かべる? ああ、もちろん、お前の関係者で」
「・・・・・・若い男? 犯人は若い男なんですか? 目撃者が?」
「いや。ただ今の所その可能性が高いと思ってる。あんまり言っちゃだめなんだが死体が移動されててな。その方法が女には無理だろうってことになったんだ。それで、阿澄が若いことから同世代の線で色々探してるんだけど」
「誰も出てこないと」
隼人は苦々しく頷いた。
それを見て蒼一は顎に手を当て、考えるそぶりをする。
「若い男・・・・・・。そうですね・・・・・・。何人かは思い浮かびますが、一番は・・・・・・彼ですかね」
「誰?」
「社君です。たしか同じ学校でしょう」
それを聞いて隼人は嘆息をついた。
「まあ、だよな。社が浮ぶよな」
「ありえないとは思いますけどね。あとは安藤さんの息子さんとか、隼人君のお兄さんとか、他にも結構いますね。僕も当てはまりますし。その人達のところには行ったんですか?」
「兄貴以外はな。俺が知る限り、お前で最後だよ。だけど深夜の犯罪ってことで、誰にもアリバイがないんだ。家族の証言は認められないし」
「僕もそうですね。夜は早く寝てしまうし、ここには僕以外いないので」
「一応聞いておくけど、事件前日の夜九時頃。どこでなにしてた?」
「その日だったらよく覚えてますよ。家で本を読んでいました。次の日にお通夜があって、その次の日がお葬式です。残念ながらアリバイと言えるものは持ってません」
「・・・・・・そうか。じゃあ、三日前ならどうだ? その日も事件があったんだ」
「すいませんがその日も一緒です。読んでいた本は違いましたけど」
「・・・・・・まあ、一人暮らしならなあ」
隼人は手帳を閉じてしまった。
隼人だって一人暮らしだ。家から出ないなら深夜にアリバイがある方がおかしい。
そう。隼人はアリバイがある人間を探していた。
もし犯人が小狡く立ち回るような人物なら、アリバイを作ろうと考えたかもしれないからだ。
だがそれは外れた。
(無駄足だったな)
隼人は出された和菓子をいくつか食べ、緑茶を飲み干すと立ち上がった。
「じゃあ行くよ。時間取らせて悪かったな」
「もうですか? あ。送りますよ」
「別にいいよ」
隼人はそう言ったが、蒼一は駐車場までついて来た。
そこで蒼一の車を見て隼人が尋ねる。
「そう言えば、前はカローラのワゴンだったよな。いつ乗り換えたんだ?」
「あれは古かったので車検の時、部品の交換でお金がかかるって言われて。だからこの際だと先月買い換えたんです」
「へえ。いいな。俺もこいつが壊れたら諦められるんだけどさ。中々壊れないんだ」
「物を長く使うのはいいことですよ」
「まあな。壊れたら壊れたで困るんだけどさ。じゃあ行くよ。何か思いついたら連絡してくれ。これに番号書いとくから」
隼人は普段使わない名刺に電話番号を書いて渡した。
「わかりました」
蒼一は名刺を受け取り、小さく笑った。
「じゃあな。俺は祭り手伝えないからじいさん達によろしく言っといてくれ」
そう言って隼人は車に乗り込み走り出した。車のバックミラーには律儀にも見送る蒼一の姿が映っていた。
それもすぐそこのカーブを曲がると消えて見えなくなった。
(次は誰を調べたらいいんだ? なんか手掛かりが出てこればいいんだけどな)
憎たらしいほど調子のいいエンジン音が車内に低く響いた。
赤信号に捕まっている間、隼人は煙草を取り出し、吹かしていた。
するとジャージ姿の高校生が笑いながら歩いている。部活帰りだろう。
それを見て隼人は思い出した。
(・・・・・・そうだ。数年前に自殺した女の子。あれって、蒼一の友達じゃなかったっけ?)
もしそうならここ数年、蒼一の周辺では死人が相次いでいることになる。
「・・・・・・・・・・・・まさかな」
信号が青になると、隼人は車をこの町で一番大きな総合病院へと走らせた。
知り合いの看護婦を捕まえて蒼一の家族のカルテを頼むと、若い看護婦は「じゃあ、今度合コンのセッティングお願いね」と見返りを求めた。
高校の同級生に頼まれた隼人は「分かったよ」と同意する。
隼人はしばらく待合室で待っていたが、先程の看護婦から「今日は無理」とのメールが来た。
「・・・・・・しゃあない。次行くか」
隼人はなんとか重い腰を上げた。
しばらくして看護婦から連絡があったが少なくとも隼人の両親の死に怪しい点は見つからなかった。
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