第19話 隼人

 綾辻隼人が店に入りと、店員を見つけて通報の件を尋ねた。

 すると若い女の店員は申し訳なさそうにする。

「あ、あれ? さっきの件なら勘違いだったってお電話しましたけど・・・・・・。すいません・・・・・・」

「あ、そうですか・・・・・・」

(こっちに連絡来てないぞ? まったく先輩共は)

 隼人がうんざりしていると、ちょうど携帯が鳴り、先輩から電話が掛かってきた。

「おお、綾辻。無銭飲食の件な」

「勘違いだったんでしょ? なんで早く教えてくれないんですか?」

「こっちも忙しかったんだよ。どうせお前も聞き込み行くんだろ? ちょうどよかったじゃん」

「・・・・・・はぁ。まあそういうことにしときます。けど次はもっと早くお願いしますよ。じゃあ」

 隼人が電話を切り、「じゃあ、また何かあったら」と店員に言った時だった。

 向こうのテーブルで見知った顔を見つけた。

 雲龍社が女子校生二人とパフェを食べている。

(お、不幸中の幸いだ。手間が省けた。にしても遊んでるなあ)

「よお、重要参考人。お前ちょっと時間あるか? 話聞きたいんだけど」

 隼人が店の奥へ行くと社は肩をすくめた。

「ないって言っても聞くつもりだろ? いいよ。面倒だから聴取は一度に済ませてくれ」

「聴取?」

 隼人は辺りを見た。

「他の刑事にも聞かれてたのか?」

「いや。可愛い記者だよ。それで何が聞きたいんだ? コーヒーくらい奢ってくれるんだろうな」

 八つも年上だと言うのに、社の隼人に対する態度は同い年のようだった。

 子供の頃からよく会っているので敬語を使われても気持ち悪いが、なんとも堂々としていると隼人は思った。

(というより、ちょっと怒ってる? 冗談だったのに。まあ当然か。疑われてるんだからな)

 隼人は詩織の隣に座った。

「分かったよ。じゃあ、コーヒー二つで」

 店員にそう言うと社が咎めるように隼人を見た。

「隼人にはここにいる可愛い女の子達が見えないのか?」

「・・・・・・分かったよ。じゃあ四つで」

 隼人は財布の中身を気にしながらも渋々と了承した。

 小白はむすっとする隼人を見て恐る恐る声を出す。

「あ、あの。お邪魔でしたら、わたし、帰りますんで・・・・・・」

「いや。君はここに居ていい」

 社は隣の小白に留まるように勧めた。

 それを見て隼人は内心帰ってくれてもいいのにと思った。

 これだけ女子校生に囲まれていると突っ込んだ話がしづらいからだ。

(・・・・・・それが狙いか? まったく抜け目ない奴め)

 結局隼人は小白にはレモンティーを、社と詩織にはアイスコーヒーを奢るはめになった。

「じゃあ、コーヒー代くらいは喋れよ」

「それなら阿澄の家に行く前までかな」

「お前なあ」

 惚ける社を隼人は睨んだ。

 だが社が笑うと冗談だと分かり、小さく溜息をつく。

「あんまり他の刑事にそんな態度を取るなよ? まじでしょっぴかれるぞ。ただでさえお前は目え付けられてるんだからな」

「隼人以外にそんなことしないさ。それで、なにが聞きたいんだ? もう全部警察署で話したからな」

「まだだろ」

 隼人は手帳を広げた。

「お前さ、阿澄翔子の家で何やってたんだ?」

「だからお祓いだよ。見ただろう? あの子の部屋はその手のものばかりだ」

「そこまではいい。あそこで何を見たんだ? お前がわざわざ家に行くってことは何か見たんだろ? それを教えろよ」

「言っても信じないさ」

「それは俺が決める。ほら、コーヒー分だ。言えよ」

 隼人は詩織のきつい視線に耐えながら社を高圧的に見つめた。

 社はしばらく考え、そして観念したように呟いた。

「・・・・・・鬼だよ」

「はあ?」

「小鬼だ。それが阿澄の家にはいた。ほらな。信じない。お前はそういう奴だよ」

「いや、別に信じてないわけじゃないけど・・・・・・。鬼・・・・・・ねえ」

 隼人は腕組みをして背もたれに体重を預けた。

(・・・・・・信じられるわけあるか。仮にいたとしてもどう上司に説明すればいいんだよ・・・・・・。でも、社が言うんだからなあ)

 鬼という単語を聞いて小白は驚いていた。

 まさか社からそんな言葉が飛び出てくるとは思いもしなかった。

 そんな小白を見て社は優しく尋ねた。

「君も信じないかい?」

「い、いえ! 信じます!」

 小白は立ち上がり、店内に響き渡る程の大声でそう言った。

 一瞬店中がしんとする。その沈黙を聞いて小白は我に返り、おずおずと座って、小さくなりながら俯いた。

 社は笑って、「ありがとう」とお礼を言った。

 隼人はなんだか自分が悪者のように感じ、窮屈に思った。

「・・・・・・分かった。じゃあ、その鬼が居たとしてだ。なんで阿澄の家に居たんだ? そんな悪鬼悪霊が集まるような家なのか?」

 それを聞いて社は何かを思い出したように「・・・・・・そうか」と呟いて続けた。

「ああ、いや、そうとも言えない。確かにああいう物をむやみやたらに集めていると、時に悪い気が反響してしまうが、あそこは違った。阿澄さんは鬼を招いてしまったんだよ。いや、誰かに招かされたのかもしれない」

「誰に? ・・・・・・まさか」

「その可能性は高い。開運グッズを買い集めていた阿澄さんだ。そういう知識を求めて知った誰かを信用していたのかもしれない。心酔していたなら深夜に呼び出されても家から出るだろう。あの夜、阿澄さんは何か変な行動をしなかったのか?」

 変な行動と聞いて隼人は手帳をめくった。

「お前が帰った後、誰かと電話してる。ただ時間は短くて五秒もない」

「なら一方的に指示だけをしたんだろう。それだけか?」

「それに・・・・・・えっと、ああ、あった。お前が帰った夜、阿澄家のインターホンが鳴らされたらしい。母親が出てみるが誰もいなくて、その後に阿澄翔子と母親が不思議がって外に出たそうだ。その時は誰もいなかったと言っている」

「変だな。どうしてわざわざ阿澄翔子が外に出る必要があるんだ? 母親に隠れて誰かと会ってたんじゃないのか?」

「いや、それはないそうだ。母親が阿澄から目を離したのは、数秒しかなかったし、誰かと合図を取り合っていた様子もないらしい。まあ、ここは不確かな部分だけど」

「仮に犯人が呼び出したとして、何の為にそんなことをしたのか? それが深夜に呼び出す為としたら誰にも気付かれず、音も姿も見せずに連絡を取る手段は限られるな。五秒と言う短い通話時間で全てを指示できたとは思えない。そうなると・・・・・・」

 そこで話を聞いていた詩織が顔を上げた。

「もしかして、手紙・・・・・・でしょうか」

「だろうな。もしくは見れば意味が分かるなにかを渡したか」

 社は同意した。

 隼人は納得して何度か頷く。

「・・・・・・なるほど。予めインターホンを鳴らす回数とか時間とかで合図を決めておく。それが鳴ったら郵便受けの手紙を見ろってことか」

「郵便受けとは限らないさ。だけどこの方法なら記録も残らずに阿澄を呼び出せる。手紙を持ってこいと書けば証拠も残らない。どうせ警察は通信記録でも漁っていたんじゃないのか?」

 図星だった隼人は嫌な顔をした。

 被害者が女子校生ということで、SNS関係のトラブルを勝手に想像してしまっていたからだ。今だってそれを探る為に多くの人員が割かれている。

 犯人がそれを逆手に取ってアナログな通信方法を取ったなんて考えもしなかった。

「なら、犯人は阿澄とある程度信頼関係があって、オカルトに強く、頭が切れる人間って事か……」

「それでどうして俺を見るんだ?」

 怪しむ隼人に社は苦笑してアイスコーヒーを飲んだ。

 社はそう言うが、詩織も、そして小白でさえも隼人が言った条件に社が当てはまると思ってしまった。

 社の言う犯人像に隼人は困っていた。

「そうなると市内のそういう人物を洗いざらい調べないといけないな。パワースポットっていうのか? そういうのが好きな子だったんだろ? そこで犯人に会った可能性がある。もしかしたらネットで知り合って出会ってるかもしれないな」

 隼人は溜息をついた。それら全てとなると膨大な量だ。

 社は尋ねた。

「付近の防犯カメラは調べたのか? そこに阿澄の姿は?」

「あったよ。でも県道付近で途切れた。あそこは古い道が多いからな」

「なら調べるのは十代後半から二十代半ばくらいの男だ。それならかなり限られるだろう」

「・・・・・・なんでそんなこと分かるんだよ? やっぱりお前が――」

「違う。県道で消えたなら車で連れ去られた可能性が高い。なら犯人は免許を持ってる一八歳以上だ」

「それは俺も考えたよ。でも二十代半ばと性別はどっから出てきたんだ?」

「阿澄は親に何も言わずに出て行ったんだろう? だとしたら呼び出したのは友人じゃなくて男の可能性が高い。男なら親が許可するはずがないからな。もし恋人なら年齢は高くても二十代くらいだろう。女子校生の彼氏がおじさんっていうのは考えづらいからな。あくまでもだけど。それと複数犯を想定しておいた方が良い。鬼もそう言っていた」

「また鬼か・・・・・・・・・・・・」

 隼人は苦笑した。

「一応参考にはするよ。他にはなにかあるか?」

「信じてないな。まあいい。そうだな。事件現場に行けば何か分かるかもな」

「阿澄翔子の幽霊とでも話すのか?」

 隼人はからかうように笑う。

 社は寂しげな微笑でそれに答えた。

「幽霊なんて簡単には出ないさ。よっぽどこの世に未練があるか、恨みがあるかじゃないと。阿澄さんは苦しんで死んだのか?」

「いや、背中から心臓を一突きだ。即死だった。あれなら女でもできる。だが刺された角度から身長は阿澄より高かったみたいだ。それと左手でナイフを握って刺している」

「俺は右利きだよ」

 社は右手でグラスを掴んで飲んだ。

「そんなのは何の否定にもならない。犯人は頭が切れるんだろ? なら左手で殺して捜査を攪乱しようと考えたかもしれない。自分から色々推理して、疑惑の目を逸らさせるとかな」

「・・・・・・隼人はどうしても俺を犯人にしたいみたいだな」

 社はかたをすくめた。

 だが隼人は本気だ。

「社。お前、事件が起きた夜のアリバイってあるか?」

「阿澄が殺されたのは深夜なんだろう? 深夜にアリバイのある高校生がそういると思うか?」

「・・・・・・だよな」

 隼人はふーっと長い息を吐いた。

(このままならいずれ任意同行で取り調べにあう。社なら大丈夫だろうけど、俺も急がないと)

 コーヒーを見つめる隼人の思考を読んだのか社は苦笑した。

「どちらにせよ。こういったことは俺の領分じゃない」

 社は立ち上がった。

「もう行こうか。充分話した」

 社がそう言うと詩織が立ち上がり、小白も残されたら困ると慌てて立ち上がった。

 それを見て言いすぎたと隼人は焦る。

「待てよ。そんなに怒るなって。このまあじゃ、お前本当にヤバイぞ」

「怒ってない。ただ寺の息子があまりにリアリストだから呆れてるんだよ」

「怒ってるんじゃないか。あ、さっきの話、他の刑事には話すなよ。最悪精神鑑定受けさせられるぞ」

「話さないさ。じゃあ、刑事さん。ごちそうさま」

 そう言うと社はそそくさと店から出て行ってしまった。

 詩織と小白も隼人にぺこりとお辞儀をしてそれに続く。

 テーブルには社達が食べたパフェの伝票が残されている。

「・・・・・・あ、あいつ勘定・・・・・・。くそ、やられた・・・・・・」

 隼人が気付いた時には三人は窓の外にも見えなくなっていた。

 額に手を当てる隼人はふとさっきまで社が座っていた席に紙を人の形に切り取ったものが置いてある事に気づいた。

 そこには社の達筆な字でこう書いてある。

『気をつけろ。犯人はまたやる』

(やっぱりあいつ、何か知ってやがるな)

 人形を訝しげに見ていた隼人へ店員が近づいて来て言った。

「コーヒーのおかわりはいかがですか?」

「・・・・・・あ、もらいます」

 隼人は人形を置いて、店員にコーヒーを注いで貰った。

 すると店の入り口が僅かに開き、風が店内にも入ってきた。

 風は人形をさらい、そのまま外へと飛ばしてしまったが隼人はおろか、店内の誰もそれに気付かなかった。

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