第18話 社
社が詩織に勧められた和スイーツの店に入ると同時に、店外へ出ようとするそれと出会った。
禿げ上がった大きな頭に小柄な体。着物を着た老人に社は見覚えがあった。
「こんな店にも来るのか。ぬらりひょん」
「ああ、お坊ちゃんかい。まったく運が悪いねえ」
ぬらりひょんはばつが悪そうに口をへの字に曲げる。
ぬらりひょんは有名な妖怪で無銭飲食をすることで知られている。入った時は見えるが、出て行く時は人に見えない。その堂々とした振る舞いから妖怪の総大将とさえ言われている。
社に名を取られたことでぬらりひょんの妖術は解け、その姿が人間の目にも見えてしまった。
「その様子だと金は持ってないみたいだな」
「生業だからねえ。いやあ、困った困った」
ぬらりひょんは手の平で額をぺしんぺしんと叩いた。
店員が怖い顔で近寄ってくる。
それを見てぬらりひょんは社に手を立てて頼むという仕草をした。
社はニコリと笑った。
「貸しだぞ」
「かたじけない」
ぬらりひょんは頭を下げた。
店員が伝票を持ってきた。
「お客様、もうお帰りですか? なら二七〇〇円になります」
「・・・・・・高いな」
社が隣の老人を横目で見ると店員が当然という風に答えた。
「そりゃあ、あんみつパフェにぜんざい。水ようかんと苺大福に葛切りまで頼んだんですから」
「おいしゅうございました」
ぬらりひょんは悪びれもなく感想を言う。
社は呆れて笑った。財布を取り出し、お金を支払う。お釣りを貰うと社は言った。
「その内倍にして返して貰うぞ」
「はい。いつでもどうぞ。いやあ、お坊ちゃんには敵わないねえ」
ぬらりひょんは静かに自分を睨む詩織の隣を通り、「怖い怖い」と店を出て行った。
詩織は社の後ろで囁いた。
「別にあなたが払わなくてもいいじゃないですか。皿洗いでもなんでもさせればいいんですよ」
「こういう貸しがいずれ役に立つんだ。人の家に入り込んで物を食べるあいつは物知りで顔が広い。それに老人は敬わないとだめだろう?」
「よく分かりませんが、あれは人じゃないでしょう? 急に出てきた気がしましたよ」
「妖怪だって老人だよ。きちんと向き合えばお礼をしてくれる。情けは人の為ならずさ」
詩織にそう言うとむこうの席で蓮が社達を呼んでいた。
蓮の向かいの席では小白が顔を赤らめ、両手を閉じて両膝にちょこんと乗せて下を向いている。
それを見て社は詩織に振り向いた。
「ちょうどいい。あそこでご一緒させてもらう」
「・・・・・・・・・・・・はい。そうですね」
詩織は気が乗らない返事をした。
社と詩織は蓮の手招きでお呼ばれして席に座った。
蓮の横に詩織が、そして小白の隣には社が座る。
蓮は詩織に挨拶していたが、小白は黙って赤くなっているだけだった。
社を見て女性店員がいつもより可愛い笑顔を作ってやって来た。
「ご注文はどうしますか?」
「何にしようか?」
社はメニューを見ながら詩織に尋ねた。
「・・・・・・私は別になんでも」
詩織は少し不機嫌そうに答える。
社は不思議に思いながら「じゃあ、この二人と同じ物を」と告げた。
「あんみつパフェがお二つですね。少々お待ち下さい♪」
柔和な笑みを浮かべる社を見て、店員は可愛らしく腰をくねらした。
それを見て詩織と小白が警戒の視線を店員に送る。
微笑する社に蓮がにやりと笑った。
「この前の朝といい仲良いですね。天馬と放課後デートですか?」
それを聞いて詩織は顔を赤くして蓮を睨み、小白はその答えを聞きたくないと目を瞑った。
社はお冷やを飲んで意味ありげに笑う。
「そう見える?」
「ええ、それはもう」
「詩織にはサボりに付き合ってもらったんだ。残念ながら記事になるような関係じゃないよ」
「あはは。あたしが新聞部だってバレてましたか。でもゴシップは興味ないんで」
「なら政治? 経済?」
「犯罪、ですかねえ」
それを聞いて社は少し間を開けて頷いた。
「なるほど。当然この前の事件も調べてるわけだ。俺を招いたのもそのせいか。やられたな」
口ではそう言うが、社は微笑を崩さない。
蓮は続けて尋ねた。
「警察にはなんて聞かれたんですか?」
「会って早々失礼だ」
詩織が隣の蓮をギロリと睨んだ。
だが社が詩織を見ると大人しく黙り込む。
社は言った。
「いきなりだね。別に、俺達とあの子の関係を聞かれただけだよ」
「それにはなんて?」
「あの日、部活の後にあの子と会って家に行った。そこで相談を受けたって言ったかな」
社は腕を組んで蓮を見つめる。
蓮はうんうんと頷き、そして不敵な笑みを浮かべて核心に迫った。
「率直に聞きます。先輩は誰が犯人だと思いますか?」
「シロちゃん・・・・・・」
そこで我慢できなくなった小白がむっとした顔を蓮に向ける。
蓮は苦笑し、「ごめんごめん」と軽く謝った。
それを見て社は小白に優しく告げた。
「別にいいよ」
次に社は蓮の方を向いた。
「あいにく俺には分からないな」
そこに店員がやって来て「どうぞ、ごゆっくり」とあんみつパフェが置かれた。
それを一口食べると今度は社が蓮に尋ねる。
「なんだか疑われてるみたいだけど、君は誰が犯人だと思うの?」
蓮はむーっと口を一文字に結んだ。
「別に疑ってないですよ。ただ情報が欲しかっただけで。知ってることが少なくて誰が犯人か分からないってのが本音ですね。まともな容疑者さえいないって感じで。先輩って霊感強いんですよね。占いとかで分からないんですか?」
「君は霊感や占いを信じてるの?」
「いいえ。でもこれを機に信じるかもしれませんねえ」
蓮の挑戦的な言葉に社は面白がった。スプーンを持ってパフェを指す。
「なるほど。神道にとっては信者を増やす良い機会だね。そうだな。ならあんみつパフェ占いでもしようか」
「・・・・・・は?」
蓮は抜けた声を出し口をぽかんと開ける。
「占いってのはなんでもできるんだ。元は運試しだと言われてるからね」
そう言って社は真剣な顔をしてパフェに長いスプーンを入れ、動かしながら少し持ち上げた。
抹茶のムースと白玉、そしてクリームがスプーンには乗っていた。
皆がそれを不思議な気分で見ていると社はこくりと頷いた。
「なるほど」
「な、何か分かったんですか?」
蓮は呆れて口角をひくひく動かしている。
「まだだよ。食べてみないと」
蓮ががくっと肩を落とした。
それを見て社は笑い、ぱくんとパフェを食べた。
「う~ん。犯人は一八歳以上の若い男かな」
蓮は眉をひそめた。
「・・・・・・なんか妙に具体的ですね。それがパフェを食べて分かったんですか?」
やけに細かく言い切る社に蓮は戸惑いながら尋ねると社はニコリと笑った。
「うん。まあなんとなくだけど。ほら、白玉がそれっぽかったよね」
「一八歳以上の男って、それ、先輩はギリギリ入ってないですね?」
「あはは。バレたか。きっと俺の深層心理がそうさせたんだろうな。疑われるのは気分が良いものじゃないし」
社が笑いながらパフェを食べると、そこでようやく蓮はからかわれていることに気付いてむっとした。
「それって、先輩が犯人だからじゃないですか?」
はっきりそう言う蓮に反応したのは小白と詩織だった。
「そんなことは!」
「絶対ないよ!」
二人の息はぴったりと合った。
「あ、あはは・・・・・・。冗談だって」
二人に押されて蓮は苦笑した。
だが社は違った。
犯人という言葉に浮かべていた微笑を崩し、すっと息を吸い、ふっと吐く。
「さあ・・・・・・どうだろうね」
社の言葉に三人とも違和感を感じた。
しかし社がまた微笑むとそれは消えた。
「それを探すのが記者の仕事じゃないかな。聞きたいことはなんでも聞いて。協力するから」
「あ、ありがとうございます。でも記者だなんて。ただ真実を知りたいだけですよ。まあ、将来はジャーナリストになりたいんですけど」
蓮は珍しく照れていた。
それを見て社は優しく笑った。
「良い夢だ。叶うといいね」
社の励ましを聞いて、小白と詩織はどこかうっとりしている。
だが蓮は違った。社の瞳に吸い込まれそうになる。
この世の裏側まで見えているような社の目に恐ろしさを感じ、ぞくっと背筋を凍らせた。
蓮はそれを悟られないよう笑顔を作った。
「・・・・・・応援ありがとうございます。じゃ、じゃあ、あたしはここで。まだ色々と調べないといけないことがあるんで」
「な、ならあたしも」
慌てて立ち上がろうとする小白を蓮は止めた。
「あんたはまだここで食べてな。じゃあね。頑張るんだよ」
蓮はわざとらしくウインクして、お金を小白に渡して出て行った。
店を出る蓮の背中を社は静かに見つめていた。
すると蓮と行き違いに一人の男が入店した。
その男を見て社は苦笑した。
「今度は隼人か。今日は忙しいな」
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