第16話 隼人
綾辻隼人は自分のデスクで椅子に背をもたれて考え事をしていた。
未整理の資料が散乱した机の上は彼の頭の中を象徴しているようだった。
阿澄翔子が殺されて三日が経った。
しかしこれといった手掛かりはないし、容疑者も有力な者は見当たらなかった。
いるとしたら翔子と前日に会った雲龍社が怪しいが、隼人としてはこれもあまりないと思っている。
隼人は社の小さな時から見知った仲だ。
寺の子である隼人と、神社の子である社は何かと顔を合わせた。
神楽町では年に一度、辺り一帯の神社と寺が合同で行う四神祭がある。
町中の神社からだんじりが出て、北にある雲龍神社へと向うのだ。寺でも祝い事をして、当然その打ち合わせで大人達は雲龍神社へ出向き、それについて行かされた隼人は社の相手をしていた。
隼人は社を不思議な子だと認識している。
社は小さな頃から何かが見えていた。それは妄想など子供特有のものかもしれないが、社の聡明さがそれを否定していた。
しかし隼人はあまりそういうもの、つまり神や霊の類いを信じていなかった。
寺の子とは言え、何か見えるわけでもないし、両親や兄も心の底から仏の御利益を信じているようには思えず、商売で寺の住職をやっているように感じられた。
そんな環境で育った隼人はあの世ではなく、この世の現実を見て公務員に、つまりは刑事になった。
(・・・・・・それにしても運が悪いな。それともまさか本当に?)
阿澄翔子が殺され、隼人の警察署には捜査本部が立ち上げられた。
県警の刑事達も頻繁に出入りをしている。そこでは雲龍社を容疑者の筆頭とされた捜査が続けられていた。
今も大勢の刑事達が社の過去や関係を必死になって調べている。だが今のところ阿澄翔子との関係性は出てこなかった。
警察は当然他の容疑者も捜している。刑事達は現場から奪われた財布の中身とスマートホンから強盗殺人の線でも動いていた。
しかしどうして阿澄翔子があんな時間にあの場所に居たのかは分かっていない。
(親しい誰かに呼び出されない限り女子校生が深夜にあんな場所には行かない)
唯一の手掛かりはあの事件の前夜、つまり社達が帰ってすぐ、翔子が電話をしていたという記録が通信会社から取れたことだ。
しかしその電話は意外な場所からされていた。
電話が置かれたその部屋には誰も住んでいなかったのだ。数週間前にその家に住んでいた皆川という男が自殺していた。
その家に忍び込んだ誰かがまだ契約の切れていなかった電話を使って阿澄に電話をしたらしい。
(誰かが皆川の部屋に忍び込み、そして阿澄翔子に電話して呼び出し、殺した)
指紋は家主と後の処理をした業者の物しか出てこなかった。
「現金はともかく、どうしてスマホを盗ったんだろうな……」
遺留品リストを見ながら隼人は呟いた。
それに近くでコーヒーを飲んでいた上司の須藤が答える。
「そりゃあお前、何か証拠があったんだろう。だからそっちの線でも調べてるんじゃないか。今の子はアプリとかで簡単に人と繋がって会ったりするんだろう? 俺らの世代には理解できんね」
「須藤さんの娘さんもそんなアプリをやってるんですか?」
隼人はデスクにつく須藤を見た。
「さあ。でも気をつけるようには言ってるよ。それにしても通信記録が多いな」
須藤は通信会社から手に入れた阿澄翔子の通信記録を眺めてげんなりした。
そのリストには数多くの欄があった。アプリやネット掲示板への書き込みが多数ある。昨日ようやく届いたそれを、今担当の刑事達が必死になって調べていた。
だがその量から苦戦が強いられるのは目に見えている。まだ情報開示をしてくれない会社もある。アプリが海外製の場合は情報を得るのも一苦労だ。
隼人はそれに関係して事件の当日に入った翔子の部屋を思い出した。
女子校生にしては異様な部屋だった。オカルトというのだろうか。胡散臭いものがたくさんあったのを強烈に覚えている。
あれを見て隼人は社が家に呼ばれた理由が分かった気がした。
珍しいものでも手に入れて社が興味を持ったか、またはお祓いの類いだろう。
阿澄翔子のこともいくらかは分かってきた。
友人は多い方ではなく、放課後はもっぱら市内の神社や寺を回ったり、オカルトグッズの収集の夢中だったらしい。
真剣に結界やお祓いの話をする翔子に数少ない友人達も心配していたという。
オカルト好きの原因となった祖母は数年前に亡くなっていて、家族は両親だけだった。
祖母を亡くし、一人娘まで亡くした家族のことを思うと隼人は胸が締め付けられた。
(犯人は阿澄翔子を殺すつもりで呼んだのだろうか? それとも偶然殺してしまった? 阿澄はなにかを知ってしまった? それとも・・・・・・)
隼人は色々と想像を重ねた。だが答えが出ることはなかった。
すると電話が鳴り、それを別の先輩刑事が取って言った。
「また商店街で無銭飲食みたいだ。綾辻、暇なら行ってくれ」
隼人はふーっと長い息を吐いた。
ここで考えていても埒があかない。
それに社にも話を聞いておきたかった。社の聴取は別の刑事が担当していたからだ。
「うっす。行ってきます。なにか分かったら連絡下さいね」
隼人は須藤にそう言いながら立ち上がり、部屋から出て行った。
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