第298話 怖いものなど何もない
俺達の目的はめぐの後輩女神を呼び出し神気の回復方法を手に入れる事。具体的にはめぐが俺達に力を与えたように、後輩女神からめぐに女神の力をあたえてもらうことだ。
そのために前回同様、本来世界のどこにも存在しないはずのめぐの女神の頃の力を活性化させて不祥事を起こし、学校に親を呼び出すがごとく後輩女神を召喚する流れ。女神は世界に積極的に干渉しないというめぐの話から立てた作戦だった。
しかし今目の前には天使の羽が降って来ていて、まだ何もしていないというのに明らかに女神が登場する目前だった。
「お兄ちゃん、まだ何もしてないよね?」
「ああ。もちろんまだ何もしてない。めぐもクロエも何もしてない、よな?」
俺の行動をみていたというのにめぐからの信頼があついぜ。本当だったら応えて上げたい所だったけど何もしていないので応えられない。
「ええ、慎重に行動していたつもりよ」
幻覚を疑ったがそもそも俺に幻覚の類は効かないし、めぐにもクロエにも見えているならそれはもう幻でも何でもなく本物だろう。不測の事態のため俺達は武器は出さずに臨戦態勢を取る。
まったく勝てる気がしないため戦わず逃げの構え、それでも何とかしなくてはならない。まずいならめぐを抱えてクロエと共に脱出。その場合めぐの神気が手に入らないかもしれないが命には代えられない。もうめぐには神気を使わないようにしてもらっておいて、ただの幼女として一生俺のそばにいてもらう。何も悪くないな?
俺が妄想に浸りかけていると後輩女神が登場した。
「先輩……お久しぶりです」
「あ、後輩」
そして俺の心配は杞憂で済んだ。そこに登場したのはめぐの後輩女神、つまり目的の人物に出会えたことを意味する。安心して臨戦態勢を解いて会話をする姿勢を取る。めぐを飼い殺しにする未来は潰えた。儚い夢だった。
「後輩ちゃん! 加護ちょうだいっ!」
「先輩……」
前回はめぐに出会えて少し嬉しそうにしていた後輩女神だが、今回は若干暗い。それはまるで哀れみのような、悲しさのような、そんな負の感情から来る視線に見える。人間味が薄く、人外の存在であるという事を感じさせる表情。
こっちの顔が本来の顔なのかもしれないが、前回との差、俺達にめぐをお願いした時の真剣な顔と相まってものすごく不安を煽る。そんな後輩を気にせず加護をねだるうちのめぐはメンタル強すぎると思う。
しかしなんだ、何があるんだ?
「……どったの?」
「先輩、私言いましたよね。今回の事はって。そしてほどほどにって」
「うん。だから今回で最後にしようって思ってた」
めぐはあっけらかんとした口調で後輩女神に軽く言う。前回も不祥事を起こして反省したと見せかけて、今回で最後にしようは流石に信用してもらえないとわかっているだろう。女神時代にも色々やってただろうしそういうラフな関係って素敵よね。
そして実際に最後になるかどうかはわからない。今後もこの後輩女神とは仲良くなっていきたい所存。元々人間味のあっためぐだけど、俺達と行動してより無茶苦茶な事を言うようになったかもしれない。
こちとら何か大きな問題を起こすのは得意なので逃がしませんよ。必要になったら呼ばせてもらいます。
「もう、無理ですよ」
後輩女神はそう言って上を見つめる。そこからは、天使の羽がまだ降って来ていた。後輩女神のよりも大きくて立派な、白色ではなく虹色に光っているとても綺麗な羽が。
まるで乱反射する光のシャワーを浴びているかのような美しい光景。ともすれば跪いて手を合わせてしまいたくなるような凶悪な信仰心を感じさせる代物。
俺がめぐ信者じゃなかったら間違いなく膝をついていただろう。そう思わせるほど、不屈も全く作用しない人智を超えた不思議な力が感じられる。これが本物の女神の威光か。
だがクロエは余裕の仁王立ち。漢らしい。
「こ、ここここ、これって」
「先輩、諦めてください」
めぐがあわあわしてて和むがかなりの非常事態っぽい。後輩女神が諦めの表情をしているのはどうやらこのことが原因だったらしい。新しい女神はどう考えても格上のやばそうな感じ。
後輩女神は目を閉じ立った状態でお祈りのポーズをする。殉教者を見送るが如く沈痛な面持ちだ。はっきり言ってもう逃げたい気持ちがいっぱいだが、今逃げた所で逃げ切るのは無理だろう。
逃げることも考えていたがこの気配から逃げるのは並大抵ではない。つまりここで取れる選択肢はめぐを守るために身を捧げ、めぐがしてくれたことを喚き散らし勢いで無罪を勝ち取ることだと思うんだ。
さあいつでも準備は出来ている来い! と思って声を出そうとしたら全く声が出せなかった。
「久しぶりですね。また悪さばかりしているんですか」
「お、お久しぶりです。悪さなんてしてないですよあはは……」
これが本物の女神の力だというのか? 俺の信仰心が足りないというのか? いや馬鹿な、そんなはずはない。
「さて、話を聞き現状を把握しました。何か言いたいことは?」
「人間らしく過ごしています」
俺の信仰心が足りないせいでめぐが困っている。そんな事あり得て良いわけがない。俺の気持ちは本物だ、何物にも負けない強さがある。そうだろう? めぐを信仰している自分を信じろ。
「そもそもその返答がおかしいのです。人間になったのなら女神であった頃の記憶はなくしているはずですし、私のこの手で記憶を消しました。そしてこの世界にはあなたの女神だった頃の力が感じられます。おかしいですね。人間らしく過ごしているならどうしてこんなことになっているんですか」
「……」
怒られている子どもみたいな顔をしているめぐを見るんだ。あの保護欲を掻き立てるかのような表情。守ってあげたくなるような落ち込んだ姿。別に悪い事はしていないからいいじゃんと言いたげなあの感じ。
信仰心の高まりを感じる。
「あなたは昔から他の女神たちとは違っていましたね。好き勝手やっては問題を起こし、異世界に送る人間を気分で選り分けたり。細かいルールはないとはいえそのうち大きなミスをやらかすのではないかとずっと見ていましたよ」
「えと……」
くどくどとお小言を言い続ける大女神に反論しようとするも勢いで押されているめぐ。ずっとこういう関係性だったのか、それとも相手の立場が上だから何も言えないでいるのか。
とにかくまごついているめぐが俺にとっての本物の女神様。
「そして今、あなたは刑である人間堕ちしたというのにその身体に女神の力を宿している。これでは何の罰にもなりません。良いですか、罰を楽しんでいるようでは罰になりえません。今のあなたからは幸せな気持ちばかりが感じ取れます」
「えへへ」
俺と一緒にいて幸せを感じてくれている女神様。大女神からのお墨付きをもらえて俺の信仰心はさらに高まり、体が動かないという認識の前にめぐを守らなければならないという使命を帯びる。
「笑いごとではありませんよ。これは教育が必要ですね」
「待て」
めぐに手を伸ばして何かをやろうとした大女神の前に移動し手を広げる。
今の俺に、怖いものなど何もない。
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