第284話 少し命が延びるだけ
「こ、こんにちは」
ものすごい圧を放つ猫獣人にとりあえず挨拶を返す。口許だけちょっと笑っているように見えるところが非常に怖いが、全く感情の窺えない目を見るとその恐怖心はまだまだ先があると思い知らされる。
俺は物理的に動けなくなっているし抱いているめぐはフラフィーの迫力に完全に固まってしまっている。この猫弱いわけないんだよなまじで。
「うーわ……キミヒト君まじか」
そんな状態で固まっているとあかねもこちらに顔を出して引き気味な声をだす。その声にはついにやっちまったかという感じと、はやくフラフィーを止めろという若干の呆れも混じっている。いや止められるものなら止めたいよ。
というかこの現状、俺が迂闊に発言しようものならこの首もとにある包丁が一気に引かれていつも以上に血を流すことになりかねない。クロエもいないこの状態でそんなことになったら下手したら死ぬ。
だがやらねばならない。
「フラフィー、今から話すから包丁をどけてくれると助かるんだが……」
「このままでも喋れますよねぇ? 今からなにしようとしてたんですか? 私には今からめぐさんをベッドに押し倒してえっちなことしようとしていたようにしか見えないんですけど? ほら、二人の匂いがいつもよりずっと近いんですよ。まるでお互いを求めあっている雄と雌の匂いですねぇ。私たちがいない間に本妻は決定ですか? 私のことは遊びだったんですね」
まばたきもせずに紡がれる怨嗟の声を聞きながら必死に活路を見いだそうとするがいけるかこれは。ハイライト消えてる癖に若干涙目になってるとかかなりの罪悪感を感じるんだが。
いやここで罪悪感を感じるのはハーレムとして間違っている、ならばここは毅然とした態度で接するのが一番良いのではなかろうか?
クズと言われようともなんだろうとすると決めたならやるしかない。幸いここに今イリスはいないから問答無用で魔法ぶっぱがないことだけが救いか。
最終的には全員に話すことになるから少し命が延びるだけと言えなくもないが、フラフィーとイリスを同時になだめるのはかなりの無茶が過ぎる。包丁刺されて血が流れないように炎で止血される拷問されるような光景が頭をよぎりますわ。
「なんでだんまりなんですか?」
「察した」
フラフィーは問い詰めモードだがあかねはあちゃーといった感じで片手で頭を押さえ天を仰いだ。俺も同じような気持ちだしあかねが問い詰め側に回らなかったのは嬉しい誤算ではある。あかねはハーレム完全に許容してたからめぐもそうなるかもって覚悟は出来ていたんだろうな……。
だがそれはつまりここで一切嘘を使うことは出来ないことと同義。もとから使う気はなかったとはいえ、はったりのようなことも出来ないと考えた方が良いだろう。あかねも責めはしないがそれくらいはちょっと怒ってる雰囲気を感じる。
「めぐもハーレムに加わりました」
「……」
「……? フ、フラフィー?」
発言した直後物理的なダメージを覚悟して不屈やら何やら色々と発動していたが、予想していたダメージは全く来なかった。それどころかフラフィーは包丁を消し力なくうなだれている。
俺が声をかけても反応はなく肩を落としたままとぼとぼとゆっくり扉に向かっていった。気配が消えるくらいフラフィーの存在感が薄まってこれ以上なく不安を呼び起こす感じだ。
やめろフラフィー、それは精神的にキく。
「フラフィーちゃん?」
「ちょっと一人になってきます……」
あかねが声をかけてもぼそぼそと小さい声で喋ってそのまま部屋を出て行ってしまった。こういういざこざが起きないようにそこそこの注意を払ってみんなに接してきたが、ついに起きてしまったか。
フラフィーは嫉妬深いし俺の好き勝手な行動にかなり妥協してくれていたと思う。というかぶっちゃけた話みんな心が広すぎて甘えてたというのが現状である。一番でありたいなんて普通の気持ちなのに平等に構えてるか怪しいもんな……。
フラフィーが俺の事殺そうとしてるのが一番の原因なんだけどな……。なんだかんだで一番常識人ではあるしああいうの無ければもっと構ってやりたいんだが調子に乗るし落差激しすぎなんだよね。もっとかわい子ぶってこいよ。
「なぁあかね。アレ追いかけたほうが良いか?」
「そこで私に聞くのもアレって言うのもかなりどうかと思うけど今はやめておいた方が良いと思う。フラフィーちゃんは今正直めちゃくちゃ不安定だからね」
追いかけたほうが良いだろうと思って聞いてみたが止められた。フラフィーがおかしいのはいつもの事だが、あかねに不安定とまで言わせるとは一体何が起きているのだろうか。
「もうここまで来たし話しておこうかな。私がフラフィーちゃんに同行したのはさ、いつもの通りあの子感情制御出来てないから気になってたんだよね。今までは半分ネタみたいな感じだったけど、最近は狂獣化の影響が大きすぎてちょっとしたことで爆発しやすくなっているというかなんというか。感情の振れ幅が吹っ飛んでるんだよね」
「それはイリスがどうにかしてくれたんじゃなかったのか?」
イリスが感情の扱い方をフラフィーに教えるためにあんなにバトっていたんじゃなかったか。微妙に抑制しているくらいなら一度全開にしてどれだけキツイかをはかる、そして女神様の加護でどうにかしてるみたいな感じだと思ったんだけど。
獣人族特有のヤバめの能力だとしても、女神様の加護の力には無限の可能性を感じているし抑えられるものだと思っていたけど違うのだろうか? もしくはイリスが暴れたい衝動をそれっぽい理屈でごまかしていたか。
……普通にあり得そうで怖いんだけど。
「どっちも正解かな。イリスちゃんのは合ってるのかもしれないけど、流石に何回もやらないと無理だと思う。だからフラフィーちゃん煽ってるっぽいところあるし。というか女神様の加護は確かに強いけど、誰もキミヒト君ほど強い効果発揮してないからね? フラフィーちゃんは元々信心深いし前の世界で色々あったから強めだけど、あんな自我を失うような危ないスキル普通抑えられないよ」
言われてみれば普通の強化よりも断然強いしイリスの魔法弾いてるんだよな……。そして獣人族の村での修行も中途半端なまま出てきたし使いこなせって言う方が酷な話かもしれんな。
それならどうしたもんかな。イリスに任せておけばそのうち解決するかもしれないけど、あのフラフィー見てる感じ完成までに人死にが出そう。主に俺がだけど。危なっかしいし負担がかかり過ぎるのは若干可哀想な気がするな。
フラフィーの精神が安定するまで甘やかすのは俺の主義に反するし、それをするのは絶対違う。それをしてしまえばただの依存だしその後の関係に響く。スキルのために腫れ物のように扱う方が失礼というものだろう。別に俺が死にたくないわけじゃあない。
時間はまだあるし全員揃ったら色々相談してみるか。一人で考えてても良い方法が浮かぶとも思えないしな。あとフラフィー包丁普通に消してたのめっちゃビビったんだけどあれなんなんだよ。
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