第168話 戻し過ぎ

 ざわざわと声が聴こえる。会話をしているというざわつきではなく、何が起こっているかわからずに困惑しているようなざわつきだ。そして俺も今自分がどこにいるかわからず同じように困惑していた。


「なんだ、ここ」


 端的に言えば謎の空間。意識がはっきりとしてきたので辺りを見回してみると、ただただ白い空間が広がりここに人が集められているのがわかる。ああ、なんかこういうのラノベで読んだな。


「皆様落ち着いてください。落ち着いてください。状況を説明させていただきますので話を聞いてください」


 立ち上がりその声をしたほうを見てみるが、人が殺到しているのかその声の人物を見る事は出来なかった。そりゃそうか、こんな場所で何か事情を知っていそうな人がいたら詰め寄る人もいるよな。


 状況を話すって言ってるんだから静かにして話を聞いた方が得策だと思うけどどうして詰め寄っていくのだろうか。案の定詰め寄られている人物が困っているような声が途切れ途切れに聴こえてくる。


 周りの人たちが怒声や罵声を浴びせているためちゃんと聞き取れなくなっている。


 スーツを着た大人たちが殆どで、次第にその人たちはその場から消えて行った。ちょっと聴こえた単語を合わせると転生とか転移とかそんな感じだった。


 やっぱりラノベ的な状況かこれ。


 騒いでいた人たちが軒並み消えていくと、質問攻めにされていた人物が姿を現した。


 凄く美人。しかしその表情には隠し切れない疲れが見て取れる。それなりに神聖な雰囲気をまとっているからテンプレ的に女神様なのだろうか。疲れた顔の女神様、いいじゃない。


 ……なんかデジャヴを感じるなこれ。なんだっけか。こんなデジャヴとかおかしいだろ常識的に考えて。俺、過去に転生した気がするんだとかどこの中二病なんだっていう。


 まあいいか。とりあえず流れに身を任せておけば順次転生させてくれるみたいだし。相手が疲れているとわかっているのに無駄な手間をかけさせるのはかわいそうだからちゃんと待って居よう。


 俺以外にも二十人くらい待機している奴らもいるし後でまとめて色々教えてください。


 そんなこんなで待っているとめちゃくちゃ疲れた顔してる女神様っぽい人がこっちに来る。


「お待たせして申し訳ありません。急ぎますのでどうか怒りを沈めてください」


「いや俺達だれも怒ってないです。見てましたから。転生ですか? 転移ですか?」


 なんかイケメン風の男が女神様に話しかけている。たぶんここにいる人たちのみんなが気になっていることだろうからとてもありがたい。ぱっと見ても誰も怒ってる感じじゃないしイケメンの言う通りだ。


 テンプレ的な異世界転生だとしたらこいつは間違いなくハーレム作って魔王討伐する系の勇者になれるね。酒場で絡んでやりたい。


「ええとですね、望めば転生も可能ですが転移だとスキルが与えられます。転生の場合はちょっと裕福程度ですね」


 女神様が軽く説明をしていくが、やっぱり俺は前にもこの感じを体験している気がする。デジャヴではなくほとんど確信に近い何かが俺の意識にはある。どうにか思い出そうとしてもなかなか思い出せない。


 全力疾走したいのに体がふわふわして走れない夢の中のようなもどかしさを感じる。そんな事をずっと考えていると転移の準備が整ったらしく、女神様は俺たち全員をまとめて同じ世界に送るという。


 俺たちの中に転生を選んだものは誰もいなかった。スキルという魅惑のワードの前に現代日本人は抗えなかったみたいだ。少なくともここにいる二十人程度はだけども。


 先に行った人たちの中で転生選んだ人もいるだろうな。


「あの、スキルとかはいつもらえるんですか?」


 女の子が聞いている。この子もどこかで会ったことがある気がするが思い出せない。これだけ可愛い子だったらそれなりに記憶に残ってそうなものだが、街ですれ違ったことがあるとかだろうか?


 それならもっと記憶に残らないものな気がするが……。なんとなく腐女子とかそういった方面のイメージを抱かせる。非常に失礼だけど思うだけだから許してほしい。


「この後、別の世界に移る時に自動であなたが心から願っているスキルが宿ります。選択できるとかいう制度はないんです。前の人たちにも質問されましたが私の所ではそうなっています。迷える子羊たちの旅路に幸多く訪れますよう」


 女神様がお祈りすると俺達は光に包まれて行く。自動でスキルが選択されて行くなら今はこのデジャヴの事は忘れてお祈りしておこう。


 いつもなら病気とかしても大丈夫な体、どんな些細な事も見逃さない観察眼とかが欲しいとか思う。


 幼女とおままごとして泥団子食べたとしても病気にならない体は必須。相手の状態を見て確認出来てしまえば気を使わなくても自然と優しく出来る便利な眼も欲しい。ついでに言えば面白く生きたい。


 こう思っていた。


 でも今は、それ以上に守らなければならない何かがある。そんな感情に支配されている。前世では平凡に暮らしていたはずだし、こんなに強い感情を持ったことは無い。これが新しいスキルが体に宿る感覚なのか?


 だから俺が願うスキルは……。




 そして俺は薄暗い地下牢のような場所で目を覚ました。多くの兵士達が俺達を囲み物音立てずこちらを監視している様は軽く恐怖を覚える。


「ようこそ勇者様方」


 すると奥から一人の女性が出てきた。きらびやかなドレスを着こみ、明らかにこの中で浮いていた。しかし声には不思議な魅力があり全員が女性を見る。これは間違いなく王女、言われなくてもわかる。


 そして案の定自己紹介を始める。


「私はこのグラン王国の王女、エリザベス・グランと申します。ではみなさん、あとはよろしく」


 自らを王女と名乗った少女はそれだけ告げると兵士たちに一礼してその場を後にする。その隙の無い所作、美しい姿は疑いなく王女であると確信させるほどの優雅さだった。


 そのあまりにも気品のある王女に今この場にいる全員が視線を送っている。当然兵士も、召喚された人達もみんなだ。


 だから俺はその瞬間スキルを発動させる。『ステルス』と『気配遮断』の二つを。


 なぁ女神様。時間戻し過ぎなんじゃないの。 

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