第167話 準備は良いですね?
「そうですよね……やっぱり別の方法を探したほうがいいですよね」
女神様はそう言ってちょっとさみしそうにしている。たぶんそこまで本気じゃなかったのもあるんだと思う。いくら俺が本気で了承したとはいえ俺にやらせるのはかわいそうみたいなこと言ってたし。土下座までしてくれたけど。
だけどここで断るならシオリの方もどうにかしなくちゃいけない。フラフィーと一緒に過ごすためにはたぶんあっちの方が障害になってくるだろう。というか何度でもやり直せる以上、俺が断って逃げたとしても俺を基準にせずにもう一度別にやり直せばいいだけだからな。
そう考えるとどうしたって世界は一度巻き戻る結果になるだろう。それなら俺の知っているところ、俺を基準にして戻してもらったほうが都合がいい。そして俺はシオリの事を全面的に信用は出来ていない。
つまり、俺は戻るなら女神様の力を使うぜって事だ。女神様の頼みであるならば、俺は世界だって救える。土台無理な話だと思ったが女神様が力を貸してくれるならおれはどこまでだって突き進もう。
「女神様。私は貴女に幸せになってもらいたいと思っています。そのためならばどんなことでもいたしましょう。私は女神様の信者一号なのですから」
「いや重いですって言ってるでしょ? 感謝は嬉しいけど……どうしてそこまでしてくれるのか最近では恐怖すら感じますよ」
「ヤンデレみたいに思ってくれてるんですね。嬉しいです」
若干女神様を引かせてしまっているけど正直な気持ちを受け止めてほしい。ヤンデレがこんな気持ちで色々しているのだとしたら俺はヤンデレの気持ちを理解出来てしまったぞ。
たぶん違うと思うけど。
「過去に戻ってくれるんですか?」
「ええ」
「そうするとこっちの世界はどうなるかわかりませんよ?」
「ええ」
「迷える猫娘はどうするんですか?」
「てきとう言っておけば納得するんで」
「最低ですね」
てきとう言うのは嘘だけどここまで来たならフラフィーを説得しよう。世界崩壊まで待つと言うのも手ではあるが、シオリが強硬手段にでも訴えてきたら危ないと思い始めてもいる。
呪いから解き放たれているとはいえ勇者は勇者。特にシオリは呪われてるのと遜色ないくらいの壊れっぷりを俺に披露してくれたから今更ながらにビビり始めている。謎の使命感に燃えている人って言うのはとてつもなく厄介だ。人の話を全然聞いてくれない。
よく考えたら世界を救うためなら何を犠牲にしてもいいって思ってそうなんだもん。じゃなきゃあ俺に無理やり会わせるためとはいえロリ二人を捕まえて盗賊にうっぱらったりしないだろ。
直接会わせてくれと。なんでワンクッションおいたんだよまじで。
俺にも脅しかけてきたしこのまま逃げたら俺だけでなくフラフィーにまで手を出しかねない。それだったら大人しく過去に戻ってシオリの言うとおりにしてやろうじゃねえか。女神様経由だけどな。
あれ、となるとシオリの能力はどうなるんだ? シオリは自分の能力だから途中で記憶が戻るみたいな事言ってたけど、女神様の力で過去に戻るならその結果は存在しないはずだ。
ってことはだ、本当の一週目に戻されるのかな? わからん。っていうか女神様は俺しか戻せないのだろうか。
「思ったんですけどフラフィーも一緒に戻せないんですか?」
「言いにくいんですが……これぶっちゃけ不祥事なんですけど上に隠してるんですよね。それで二人とも戻すとなると結構な力を使わなくちゃならなくてばれる可能性が跳ね上がるんですよ。なので一人が限界です」
「すがすがしいほどの言いにくい理由ですね」
この女神様の雑さ加減は流石だよ。だけどそれなら仕方ないな。出来ることとできないことをはっきりと伝えてくる女神様はある意味でとても誠意溢れている。
となると俺もフラフィーに誠意を見せなくちゃあならないな。一緒にいるって言った直後に過去に戻ると言う暴挙に出るのだから。すまんなフラフィー、だがちゃんと説明していくからゆるせ。
「ちょっと猫娘連れてくるので待っていてください」
「お手数かけます」
ダッシュで宿屋に戻り、寝ているフラフィーをおんぶしてもう一度教会へ。良く起きないなこいつは。仕方ないので軽く揺さぶって起こす。
「おいフラフィー、起きろ」
「おはようございます。ってここどこですか?」
寝ぼけ眼をこすりながらあたりをきょろきょろしている。寝ている間に移動されるなんて普通考えないからな。移動してから起こすくらいなら移動する前に起こして一緒に移動したほうが効率的なのは間違いないし。サプライズでもないのに謎の行動だと思っているだろう。
「教会だ。いつか言っていただろう、結婚式しようって」
「え……? えっ!?」
俺の発言にフラフィーは一気に目が覚めたようで何故か居住まいを正したり髪を撫でつけたりと身だしなみを整え始めた。
「いやほんといきなりで悪いんだけどさ、俺の世界ではこんな感じのドレス着て結婚式するんだよね。着てくれるか?」
「え? え!? は、はいもちろん!」
日本で扱われていたような着方が良くわからない感じの物じゃなく、上からすっぽり被って良い感じに見えるドレスもこの世界にはあった。この世界と言うかミカのお店の奴だけど。
あのお店のラインナップは本当に謎だがあるのだから買っておいて良かった。そのままフラフィーに着せてみると、かなり良い感じに仕上がっている。
「ど、どうですか?」
「似合ってる。可愛いよ」
唐突な俺の行動だと言うのにフラフィーはもう順応して楽しみ始めている。実際にいきなりこんなことをされたらキレられても文句は言えないと思う。準備があるだろうし寝たところを無理やり起こしたし。
しかし俺もフラフィーも辛い現実を受け入れたくないというのが心の奥にはまだある。ロンドに打ち明けてかなりすっきりしたし、五日の旅をして少しだけ落ち着いたがそんな簡単に割り切れるものじゃない。
常に感じている漠然とした不安感はぬぐいきれない。だからフラフィーは寝る前にあんなに不安がっていたし俺も意識して明るく振る舞うようにしている。
ただ、今は真面目に答えてやらなければならない。だからこれが俺なりの誠意。
「フラフィー、愛してる」
「わ、私もです!」
フラフィーを思い切り抱きしめ頭を撫でてやる。
「女神様、俺達に祝福の言葉をくれませんか?」
「はい。お二人の人生において最良のこの日を、女神の名において祝福します。二人の旅路に幸多く訪れますよう」
「え!? 女神様いたんですか!? でもありがとうございます!」
俺がお願いすると快く返事をしてくれた女神様。こんな頼みでも引き受けてくれる女神様ノリ良すぎるし、女神様に祝福されるとか相当な事な気がしてならない。
フラフィーはここに女神様がいる事今まで気づいてなかったみたいだしめちゃくちゃ驚いていた。
さて、茶番はここまでにしてちゃんと伝えないとな。
「フラフィー、俺は今女神様に誓った通りお前の事を愛しているよ。だから、もし過去に戻ったとしても、もう一度フラフィーを愛することも誓うよ」
「……それは、どういうことですか?」
俺の言葉にフラフィーは一度びくっと体をこわばらせ、少しだけ俺から距離を取る。お互いに手が届く範囲だが、それ以上に距離を感じる雰囲気だ。
「シオリの案に乗るわけじゃない。女神様が過去に送ってくれるみたいなんだ。シオリは信用できないが女神様なら信用できる。どっちにしろ記憶は残らないかもしれないけどな」
「そんな……いなくならないって……」
俺はゆっくりとさっきまでの説明をフラフィーに行った。女神様が過去に送ってくれること、逃げたとしてもシオリに追いかけまわされる未来が待っているだろうこと。
女神様の力では一人が限界だと言うこと。そして何より。
「俺はやっぱり、みんなを助けられるなら助けたいんだよ」
これに尽きた。あかね、クロエ、イリス。いなくなってしまったみんなともう一度会いたい。俺の行動原理なんてそれだけなんだよ。
「ずるいですよ……それは」
わかってる。これを言い出したらフラフィーが強く出られないことも、どんなにフラフィーがここで言ったとしても俺の決意はもう変わらないだろうと言うことも。いや、最初から過去に行く決意は固まっていたのかもしれない。
なんだかんだと理由をつけてはいたけれど、やり直せるのなら何度だってやり直してハッピーエンドを迎えたい。俺はロリを愛でるためにこうして異世界まで来たのだから。
違うわ。異世界に来たならロリを愛でると決めたのだから。ロリを愛でるために異世界転生出来ていたならもうとっくの昔にやってたな。
「あの、女神様に質問があります。キミヒトさんが過去に行ったら、この世界はどうなるんですか?」
「誰にも観測することは出来ません。ただ、そこにこの世界があったという事実だけが記録され、巻き戻されます。私たち神くらいしかその事実を認識することは出来ません」
女神様さっきどうなるかわかりませんとか言ってたけど正確に把握してるやん。俺の覚悟を俺の口からききたかったとかそういうことなんだろうな。なんだかんだで優しい女神様だし。
シオリがやってるループはちゃんと認識していましたか女神様? 絶対気にしてないからこんなんなってるんだろうけど。
「この結婚式も、忘れちゃうんですか……?」
フラフィーは涙声で訴えている。それに対して女神様は、うつむいているフラフィーの顔を優しくはさみ正面から見つめる。
「私が覚えています。あなたと信者一号が愛し合っていたという事実を。ずっと」
「じゃあ過去の世界のキミヒトさんにその事実を植え付けてください」
「おい」
さらっと怖い事言い出したんだけどこの子。思わず突っ込みを入れてしまうほどだわ。
「ふふ、冗談ですよ。そんなことしなくても、きっとキミヒトさんは私を見つけてくれますし、私もキミヒトさんを好きになるんじゃないかと思います」
「任せておけ」
俺がそう答えるとフラフィーは後ろを向いてそのまま話し出す。泣いているのだろう。でも先ほどの暗い涙ではなく、前を向いているそんな涙混じりの声だった。
「これ以上話してると、また引き留めたくなっちゃいます。すいません。女神様、キミヒトさんをお願いします」
「承りました。では信者一号、準備は良いですね?」
「はい。それじゃフラフィー、またな」
「キミヒトさんも、お元気で」
こうして俺はシオリのスキルを無視して女神様に身をゆだねる。視界がどんどん白く染まっていき完全に真っ白になった時、俺の意識は完全に途絶えた。
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