第158話 本来の名前

 宿屋に戻った俺達は一泊してから出発しようという事になった。ロンドの所に泊まるという選択肢もあったにはあったが色々な意味で問題なのでその選択肢は無し。だってあいつら優しいんだもん。


 伝言の事も気になるが、流石にこんな夜に王都に向けて出発するというのは避けておきたいところ。数時間歩いてきてそれなりに体が疲れているというのもあるし、王都までは森を突っ切って数日かかる。少し待つのが正解だろう。


 ベッドで考えこんでいるとフラフィーが話しかけてきた。


「キミヒトさん、アオノ君ってキミヒトさんの事なんですか?」


 ロンドから伝言を聞いた時に俺の反応から察した、というよりは俺宛てというのもあり気になっているのだろう。自分の知っている人が違う呼び方されていたらそれは気になるよな。


 それに俺がかなり驚いていたし気にするなと言う方が無理だろう。


「ああ、俺が異世界から来たって話はしたよな。そっちの世界にいる時の名前がアオノキミヒト、俺の本来の名前だ」


「そうなんですか。どうして知っているんでしょうね?」


「わからん。だが、会えばわかるだろう」


 推測できる情報としては元から日本で知り合いだったという説。しかし召喚直後俺は全員の情報を見ているしその時に知り合いがいないことは確認済みだ。つまり同時に召喚された知り合いという説はない。


 次に考えられるのが時間差で召喚されたという説。しかしこれは女神さまが言っていたように召還は阻止されていたはずだ。あの女神さまは王都だけじゃなくたぶんこの世界全部見てるし勇者召還を軽々行える都市もそうそうないだろう。


 いや、そういえば宗教国家があったはずだな。だがそこで女神様に見つからないように召喚することは不可能だから可能性は否定しても問題なさそうではある。


 そして最後に、俺の存在を探知できるスキルを持っている人物。この線が一番高いと思っている。もしそうであれば何故王都に向かわなくてはならないのか不明だけども。


 こっちの存在を感知できるならわざわざ伝言を頼む必要もなければここまで待った意味もわからない。俺が行くよりもそっちから来た方が手っ取り早いだろうし確実だからね。


 勇者の中に心当たりのあるスキルを持っている人物はいないが、あかねの例があるようにスキルの使い方が文字から推測できない場合がある。それだったらわからないのも無理ないしもしかしたら能力の制限という事もありうると言えばありうる。


 もう一つ、可能性はあるが……どうだろうか。このケイブロットに来た時、あかねの引きこもっていた屑鉄のダンジョンにあった解呪の呪文が記されたメモを残した人物。


 とても生きているとは思えないが、可能性はゼロではないことを考えると一応心の準備はしておいた方が良いだろう。アオノ君っておじ様に呼ばれる心の準備を。そんな準備はいらないか。


 変な方向に脱線しそうなことをつらつらと考えているとフラフィーがこちらに近づいてきた。


「どうした?」


「いえ、凄く、不安で……」


 フラフィーは俺の前でしょぼんとして耳を伏せさせている。いつもはどんな時もロリ二人が俺の周りに陣取っていた。だからこそフラフィーは二人に妨害されてあまり甘えてくることは無かった。


 しかし今ここに二人は居ない。本当の意味で。いつもの日常は崩壊したった二人になってしまったことに不安を感じているのかもしれない。俺と一緒にいる事も出来なくなるのではないかと。


 それなら俺はいつも通りに接してやるのが良いだろう。ここで俺も一緒に不安がっていても仕方ないと、そうロンドに教えられたからな。次へ次へ、大切な人を守るためには立ち止まり続ける事は避けなければならない。


「一緒に寝るか」


「……はい!」


 俺もそうだ。ここでフラフィーがいなくなった場合確実に壊れる自信がある。不屈の効果とロンドと出会ったことでかなり落ち着いてきてはいるが伝言の事が無ければまた塞ぎこんでいたかもしれない。


 こんな時にもう一度襲撃を受けてフラフィーがいなくなったらと考えると不安感がやばい。なのでこれからはフラフィーが甘えてきたら存分に甘やかしてやろうと思う。


 ここは茶化す場面かと思ったがフラフィーの表情を見たら少し可哀想になってしまった。落ち込んでいる女の子の表情は色々なものを刺激し過ぎる。優しく抱きしめて頭をなでてからベッドで一緒に横になる。


 こんな時だから無いとは思うけど調子に乗りすぎない程度にな。


 その夜は、二人で不安感を押し流すようなお互いを求める行為をして寝た。


「キミヒトさんは、いなくなったりしませんよね……」


 お互い疲れてまどろんでいる時に聴こえた呟きに、俺は返答出来ずに睡魔に負けて落ちて行った。

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