第149話 あっけなく

「おいあかね……しっかりしろ」


「……」


 結界が解かれたそこはいつも通りの宿屋の廊下で。人の通りも誰もいない場所で、静かなのが当たり前の場所で、静かなのが異様に感じるほど目の前の光景が信じられなくて。


「あかね、聴こえるか?」


「……」


 殴られた頬はかなり傷むが今はそんなことよりあかねが生きているか確認しなくてはならない。いや、どうみても致命傷なのに何を確認しようって言うんだ?


 生きているなら死ぬまでの残り時間でも確認しようって? 死んでいるなら死んでいることを確認しようって?


 わからない。


「おい、起きろ」


「……」


 なんとか体を起こしあかねに近づきながら声をかけていく。いつもはそれっぽい皮肉だったりサボる言い訳だったりを色々と言ってくれるが今は何も言わずうつぶせに倒れている。


 こんなにあっけなくやられるなんて嘘だろう? あかねの事だからまた俺をからかって遊んでいるだけなんだろう?


「目を覚ませって言ってるだろ!」


 体を引きずるように動かしてなんとかあかねのところまでたどり着き怒鳴るように叫ぶ。それでもあかねはなんの反応も見せず倒れたまま喋らない。


 いい加減自分でもわかってきていた。散々好き勝手やって敵になる相手は容赦なく殺してきたつけが回ってきたんじゃないかって。呪いの本当の怖さは、仲間同士での殺し合いなんじゃないのかって。


 廊下には少しずつ赤い染みが広がっていきそれがあかねの命が漏れているのだと嫌でも認識させられる。どうしてこうなった。


 怒りに身を任せて他の勇者たちを皆殺しにしたいという衝動に駆られ始める。手始めに一番を殺して、そのまま手当り次第に旅をして順番に殺していく。無理とか関係ない、やりたいようにやる。


 それもありかもしれない。仲間が死ぬのなら俺はこの旅を続けることは出来ない。平和でそれなりに楽しみながら旅がしたいと思っていたんだ。


 魔王なんて実際のところはどうでもよかった。クロエとイリスにとって障害になるなら他の勇者を正気に戻してぶつけようってくらいしか考えてなかった。


 だから第一グループの勇者に会ってすべてを丸投げしてしまおうと思っていたんだ。魔王が活発化していくら強くとも第一グループの連中全員で囲めばやれるだろうと。


 攻め込ませればこっちに構う暇なんてないだろうと。


 人任せの作戦を考えていた罰でもあたったのだろうか。


 他の勇者なんて放って置けばよかった。


「なぁ、何か言ってくれよ」


 血まみれのあかねを起こし、仰向けにして抱きかかえる。口からも少し血を流して穏やかな表情で黙っている。いきなり殺されたというのに死の間際に何を思ったのだろうか。


 抱き上げたあかねの体は冷たくなっていて、人の体温というものをほとんど感じることが出来なかった。


 これが命を奪われるって事なのか。


「キミヒト! 帰ってきてたの!? 心配したのよ、いきなり連絡が届かなくなって……ってあかね?」


「ああ、クロエか……」


 俺たちの部屋の前だったなそういえば。クロエだけが出てきたところを見ると手分けして俺達を探してくれていたのだろう。残りの二人は外でまだ探し回っているんだろうか。


「根源なる生命、命の源、肉体に奇跡を起こしたまえ。ヒール!」


 クロエはあかねの惨状を見て回復魔法を唱えてくれる。今までは無詠唱でヒールをかけてくれていたが、詠唱を挟むことによってその効果は絶大に跳ね上がる。


 そしてあかねの傷口はみるみるふさがり、見た目は普通になっていった。


「キミヒト」


 だがあかねからは体温を感じることが出来ない。手首を持って脈を測るのがこわかった。いや抱きしめるようにあかねを抱えている今、あかねから命の鼓動は何も感じ取れないことはわかっている。


 それでもちゃんと確認すると本当にあかねが死んでしまったことを実感させられそうで出来なかった。それ以上に確認なんてする必要が無いほどの出血だったのに。


「キミヒト……」


「クロエ。俺、あかねを守れなかったよ」


 穴の開いていた部分は心臓部分だった。血の流れ方もかなりの物だったし、ユウキが使っていた剣もそれなりに大きいサイズだった。骨ごと突き刺すような勢いで放たれた突きを食らって無事なわけがないんだよ。


 実際に人が死ぬ時間がどのくらいの物かはわからないが、心臓含む体に穴をあけられて数分間も生きていられるとは思えない。ほぼ即死だろう。


 それを自覚してしまって思わず言葉がこぼれてしまう。


「なあクロエ、あかねを助ける事って出来ないかな」


「……死んでしまったら助けるも何もない。ただ、そこにあるだけなの」


「例えば眷属に……いやなんでもない」


 クロエは半分吸血鬼。吸血鬼と言えば血を吸った相手を不死の眷属にするというのがあるが、クロエはそれをできるのだろうかと思った。


 しかし今まで一人も作っていなかったことを見るに出来ない、もしくはやらない理由があるのだと察した。それなのに俺の勝手な都合でそれをお願いするのはダメだろう。


 あかねがやられて溜めこまれた殺意と、死んだことを実感した落ち込みでぐちゃぐちゃになりながらもそういった理性は戻ってくる。


 ああ、不屈の効果か。邪魔くせえな。今回ばかりは感傷に浸らせてくれてもいいだろうが。


「キミヒト、確かに眷属にすることは出来るわ。でもね、死んだ命を眷属にすることなんて出来ないの」


「ごめん……」


 思ったことをすぐに口にしてしまった恥ずかしさと、自分で何もせずに頼ってしまった情けなさからクロエの顔をまっすぐ見ることは出来なかった。


 そんな俺の心情を察したからか、クロエの声はとても優しかった。俺の感情が癒されていくくらいに。


「みんなを呼んでくれ……」


「わかったわ」


 俺は通信機を取り出しクロエに渡す。みんなは俺の事を探しているだろうし合流したほうがいいだろう。俺とあかねに危害を加えた勇者がまだ街にいるかもしれない。お互いのために不干渉でいようと言ったがそれが本当かもわからない。


 それなら合流してみんなに事情を一度説明したほうがいいだろう。今みんなとまともに会話する自信がなかったので連絡をクロエに任せた。


 俺のこんな声聞いたらみんな心配するし、あかねがこんな状態になっていることを知ったらきっとショックを受けるだろう。


 そしてショックを受けている俺をみんなが慰めてくれることだろう。だがそれは今はやめてほしい。ただただ辛い気持ちだけが残りそうだ。


「……みんなすぐ戻ってくるわ」


「そうか」


 傷は治り見た目はただ寝ているだけのあかねに浄化魔法をかけ綺麗にする。いつもは頼まれてもかけてやることは無かったが今回はこのままじゃ可愛そうだ。


 そのまま抱き上げて部屋のなかに入り定位置に戻す。こうすると本当に毎日サボっていた時みたいに寝ているだけに見える。


 ちくしょう。復讐したいっていうのにどうして俺の感情は落ち着いてしまうんだ。俺は仲間が殺されたら仲間のために報復すると思い込んでいた。だからユウキの行動にも少し納得できるところもあった。


 だけど実際は……ただただ悲しい気持ちしかない。殺された直後にあった燃えるような感情は完全に消えていた。これが不屈の効果だったのなら、俺は何の感情を持って行動すればいいんだろうか。

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