第68話 フラフィー視点 その一

「キミヒトさん……私も熱くなりすぎました。ごめんなさい追いかけてきます」


 またやってしまった。キミヒトさんの事になるとどうしても頭に血が上ってしまいます。私はキミヒトさんが好きだし、キミヒトさんには幸せになってほしい。


 そこに私が混ざれればいいと思うけれど。


 でも本当に私の混ざれる余地はあるのでしょうか。クロエさんと一緒にいるのを見てショックを受けてしまったし、イリスさんとしてるのを想像するだけでもまたおかしくなりそうです。


 二人とも大好きだけど、だからと言って引く理由にはなりません。私も好きだから。一番になりたいと思ってしまいます。


 でも今回のイリスさんは少し怖かったです。あんなに感情をむき出しにしてくるのを見るのは初めての体験でした。やっぱりクロエさんに先を越されたのがショックだったのでしょうか。


 キミヒトさんはイリスさんの事気にかけてましたし、先にイリスさんと結ばれると思っていました。


 その前に割り込みたいとも思っていましたが。それは結局叶わなかったしこれからも叶う可能性はとても低いでしょう。


 ああ、なんだか悲しくなってきました。私はキミヒトさんに必要なのでしょうか。そんなことを考えながら走っているとイリスさんに追いつきました。


「巨乳、何しに来た」


「何って……寂しいので来ました」


 正直に白状する。私は卑怯者だ。イリスさんを追いかけるという名目で、あの二人から逃げてきてしまいました。一人ずつならお話出来るけど、二人そろってるとどうしても思い出して疎外感を覚えてしまいます。


「なら、良い」


 ちょっと意外そうな顔をしています。もしかしてイリスさんもそうなのかな? 寂しそうな顔をみるとそんなことを思ってしまいます。それなら私と話すことで少しは解消できないでしょうか。


「じゃあ私とお話ししましょう」


「それはいや」


「なんでですか!」


 イリスさんは私にとても冷たいです。というか扱いがぞんざいです。ペット扱いもするし初対面では身代わりにするとか言うし、いまだに名前で呼んでもらったこともありません。


 巨乳かケモミミって人を呼ぶときとしてどうなのでしょう。


「巨乳は、ずるい」


「何がですか?」


 なにかしたでしょうか。ずるいと思われるようなことをした覚えはありません。なんだかんだでキミヒトさんと二人きりで話したことなんてダンジョンの時くらいだしそれ以降はずっと二人きりになれていません。


 というかぼっちで放置されたことすらあるほどです。私を置いておいて三人で仲良くしている方がよっぽど多いです。私は訴えても勝てると思います。


「キミヒト、頼りにしてる」


「私をですか? そんなまさか」


「そんなこと、ある」


 キミヒトさんが私を頼りにしている? 戦闘面でも全然役に立てていないのにどうしてそうなるのでしょうか。私よりもイリスさんの方が頼りにされていると言うのに。


「私よりイリスさんの方が頼りにされてるじゃないですか」


 ちょっと語気が強くなったのは仕方ありません。だってキミヒトさんに頼りにされるのはとても羨ましい。ずっとそう思っていたのに、本人がそれを否定するようなことを言って来たらちょっと気に障ります。


「違う、日常。戦闘では巨乳強い。自覚をもて」


 エスパーだろうか? たまにイリスさんはこういう発言をするときがあります。まるで人の心を読んでいるかのような。精霊とエルフのハーフということだからそういう力があるのでしょうか。


 それにしても褒めてくれるのは珍しい。少し照れてしまう。イリスさんはお人形さんのように可愛らしいから抱きしめてなでなでしたい衝動に駆られる時があります。


 キミヒトさんがロリコンになった理由はこの辺にあるのかな?


 って違う。今はイリスさんの発言の方です。日常的に頼りにされてるってどういうことでしょう。いじられてるだけなんですけど。


「キミヒトさんはいつもいじわるばかりですよ?」


 だから私は毎日包丁を研いでいます。最近はどうにも包丁が手元にないと落ち着かなくなってしまいました。一本だと心もとないので見えるところに二本、太ももに小さいのを三本、両足には見えないように一本仕ずつ込んでいます。


 いつかキミヒトさんがやらかした時に刺せるようにいっぱい工夫を凝らしておかないといけません。私の使命です。


「それがずるい。キミヒト、楽しそう」


 言われてみれば私をいじめているときにキミヒトさんは楽しそうかもしれません。意地悪な笑顔だけど確かにあの顔をお二人に向けていることはないかもしれない。


 あれ、なんか特別だったりするのかな私。指輪ももらったし……。


「で、でもイリスさんたちにはとっても優しいじゃないですか」


「私たちの事は、大切にしようとしすぎてる」


 ああ、言われてみればそうかもしれません。キミヒトさんは小さい子どもや好みの女の子を口説くのが趣味みたいな狂った変態ですが、悪い人ではありません。


 そしてロリコン変態野郎のキミヒトさんはロリコンゆえにロリを神聖視しているところがあります。二人はその対象だというのは間違いありませんね。


「だからあんなに焦っていたんですか?」


「……そう。お姉ちゃんにはそういう感じが、あんまり無くなってた」


 そっか。距離が開けられたって感じなのでしょう。言われてみれば二人の距離は明らかに縮まっていて態度がさらに軟化しているように見えました。


 感情を読み取れるような力があるならそういう疎外感を感じるのも無理ないかもしれません。ああ、可愛いですねイリスさん。


 慕っている両方の人物が、自分の知らないところで仲良くなっていく。それが今まで自分を支えてくれていた人っていうのがまた辛い。


 感情の行き場を失って、どうしようもなくなって。それでも二人を大切に思う気持ちを止められなくて、どうしようもなく好きで。


 恋愛感情の好きだけじゃなく、どうしようもなく相手を求めてしまう子どものような感情もあるのかもしれません。


 ただの嫉妬だけで包丁取り出してる自分が馬鹿みたいに思えてきます。止める気はないけど今回は譲ってもいいかもしれませんね。


「イリスさん、戻りましょう。今日だけは見なかったことにしてあげます」


「巨乳、生意気」


 ちょっとお姉さんっぽく微笑んでよしよししてあげました。憎まれ口もとても可愛らしく思えます。二人で戻ってキミヒトさんに謝って許してもらいましょう。


 でもまた包丁取り出しちゃうから二人に会うのは明日でしょうか。しっかり包丁手入れして明日に備えておかないと。またキミヒトさんの焦った顔見るの楽しみだな。


 その時突然私の野生の感が働き危険を察知する。


「イリスさん危ない!」


 それは私たちというよりもイリスさんを狙っているものでした。何かしらの魔法、束縛系統のものでしょう。当たった直後から体の自由がききません。とりあえずイリスさんが無事でよかったです。


「おっと外しましたか。獣人は反応が良すぎて困る。そこのエルフ、こいつを助けたければ大人しくしなさい」


 この何者かはこういっているが、この場合二人とも捕まるだけでしょう。イリスさんが狙われているなら最悪私をずっと閉じ込めておく可能性だってあります。


 獣人たちはそうやって今まで苦しめられてたくさん奴隷にされてきた経緯があります。


 だからここで二人で捕まらず、イリスさんにはどうにかして逃げてもらわないといけない。キミヒトさん達に助けを求めてきてほしい。


 体はまったく動かないが声を出すことは何とかできる。


「逃げてくださいイリスさん! 自分の事は自分で何とかします!」


「フラフィー……」


 こんな時だけ名前で呼ぶのはやめてほしいです。ちょっとうるっとくるじゃないですか。


「イリスさんが捕まっても二人とも助かる見込みはありません! 早く!」


「うるさいですね。それに大人しく投降する感じでもないですしこれ一匹だけで良いとしましょう。また来ますよ」


 私はもう一度魔法をかけられ視界が見えなくなり声を発することも出来なくなった。そして軽い炸裂音がしたと思ったら私の身体は浮遊感に見舞われた。


 どこかに連れ去られていることだけはわかる。しかし、飛んでるのかなこれ?

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