第65話 もう一度言ってみろ

 みんなでご飯を食べていた場所は宿屋併設の食事処。というか看板娘のティティがいるので俺はここ以外に行く気はない。


 ほかに幼女がお店回してるおいしい料理屋があるなら考えてもいいが、そんな都合の良い場所はないだろう。正直ここは神がかっている。


 フラフィーがやばかったのでダンジョンの顛末を話し、あとは和やかに食事をしていた。俺が死にかけた話やアトラクション壊して出禁になった話をしたのにだ。


 この子たちドライすぎる。でもそんな反応されるのも嫌いじゃないからたまりませんね。心配されるのもいいけどスルーされるのも癖になるわ。


「さてじゃあ明日からまたダンジョンに行こうと思うんだがどうだろう?」


「私は構わないわよ」


 クロエは即答してくれる。俺が強くなりたいという気持ちを抱えているのをわかっているのかもしれない。


 まだクロエの武器は完成していないが、ただ待っているだけというのももったいない。クロエもそれがわかっているし、そもそも武器が必ず必要というわけでもない。


「私も賛成です」


 フラフィーも賛成してくれる。目にはやる気に満ちた光が宿っていてまぶしい。成長するという気持ちが強く出ている。こっちも特注した防具がまだ見たいだが、深い所に行かなければ問題ないだろう。


 フラフィーも強くなりたいと言っていたし、断る理由はないもんな。一番伸びしろがあるのはうちのパーティでフラフィーだろう。


 スキルが強化されたことで早く体を動かしたいとかそういう感じもあるに違いない。フラフィーは結構実感しているようだったしあり得る。


「キミヒト、少し待ってほしい」


 しかしイリスからは待ったがかかる。何か問題があるのだろうか。イリスがこういう反対意見を出すのはとても珍しい。


「何か問題がありそうか?」


「キミヒト、行く前に私にも何かしてほしい」


 ぴりっとその場に電気のような緊張が走る。クロエは何も言わないしフラフィーもこの場は何も言わないが警戒度合いが上がる。


 クロエはそもそも余裕だし、フラフィーは指輪をもらっている。そしてイリスが何もないという状況を考えて誰も口を出さないが、イリスが牽制したような形になっている。


「ええと、まだ決めてなかったけど、具体的に何が欲しいとかある?」


 考えておくと言ってから一日も経ってませんぜイリスさん。いやもうこれクロエと同じことしてほしいって言ってるようなもんなんだけど。


「夜、部屋、行く」


「何故カタコト」


「キミヒト、いいよね」


 今日のイリスは圧がすごい。絶対に反論は認めない力強さを感じてこっちが何かを言っても無駄だろうという気持ちにさせてくれるぜ。


「イリスさん、今日一日一緒にいたんですからまた今度にしたらどうですか?」


 しかしフラフィーはその圧をものともせずイリスに意見をした。バチバチと火花が散っているのが見えるようだ。


「巨乳、聴こえなかった。もう一度言ってみろ」


 イリスが魔力を少し解放してフラフィーを脅している。おいおいめちゃくちゃ怖いんですけどこの幼女。


「明日はダンジョンなのでまた今度にしたらと言ったんです。ねえキミヒトさん? 今日はゆっくり休むんですよね?」


 そこで俺に振らないでくれまじで。


「ええと別に明日じゃなくても」


「え? 聞こえませんなんですか?」


 もうやだこわいよここ。というわけで助けを求めるしかない。


「な、なぁ、クロエはどう思う?」


「自分で考えなさいな」


 クロエは助けてくれないらしい。よく見るとスライムフィッシュのフライ食べる手が少し震えてる。そうだよな怖いよなこいつら。


 というか震えながらよく食べようという気持ちになるな。食いしん坊か。


 俺なんか胃がきりきりして死にそうだっていうのに。不屈でごまかそうにも状態異常と認めてくれないよこれなんで。


「キミヒト、いくから」


「ダメです。今日したら明日に影響します」


 影響しないから今日イリスとするよって言いたい。すごく言いたい。でももう包丁抜いてるんだよなぁ。最近のフラフィーはキレた若者かよってくらい手が早いからなぁ。


 でもここでイリスの事放っておくのもなんだかなという気持ちもある。ものすごい寂しい思いさせたみたいだし、絆を深めるためにもたくさん話しておきたい。するしないは置いておいてもだ。


 ずっと二人でいちゃいちゃしながら夜を語り明かすと言ってもフラフィーは納得してくれるかどうか怪しい。イリスもそう言うと拗ねそうだ。


 しかしそうやって俺が長らくテンパっているとイリスが先に寂しそうな声で折れた。


「ごめんキミヒト、わがままだった。ごめんなさい。ちょっと頭冷やしてくる」


「イリス!」


 そういってイリスは足早に出て行ってしまった。追いかける暇もなく速効だった。


「キミヒトさん……私も熱くなりすぎました。ごめんなさい追いかけてきます」


 フラフィーもそういってイリスを追いかけていった。責任のほとんどは明らかに俺にあるが、フラフィーは責任を感じているような顔だった。


 俺が読んだラノベのハーレムって平和だったんだなぁとつくづく思う。普通は嫉妬とか羨望とかそういう感情があるだろう。たとえ一夫多妻制度が導入されていても感情を抑えることは難しい。


 俺なら無理だ。だからこそ最初は一対一でしたいと思ったわけだし複数人でするのをためらっていた。でも今回のはちょっとまずかったな。


 正直ふざけた感じでじゃあフラフィーもこいよって言って茶化す流れだったのにどうしてまともに答えてしまったのだろう。


 イリスの中にもフラフィーの中にも本気の色が見えたからだろうか。それとも俺の気持ちがどうにかなってしまったのだろうか。


「キミヒト」


 俺がもんもんと考えているとクロエが優しく声をかけてくれた。


「考え過ぎよ。それに今日はなんだかおかしいし。フラフィーの言葉じゃないけど本当に休んだ方がいいわよ」


「俺がおかしい……?」


 クロエにはそう見えたのだろうか。確かにフラフィーを茶化すこともしていないし対応の仕方が少しおかしかったか? そう見えたのならそうだけど、そこじゃないような言い方だ。


「ええ。普段ならイリスもフラフィーも外に行かせたりしないでしょう? 何に焦っているの」


 ……ああそうか。 


 そうか、焦りか。


 ああそうだな、この感情は焦りだ。


 クロエとイリスの強さを目の当たりにして、努力してこれからも強くなっていくだろうフラフィーを見て、そして何も変わらない自分を見て。


 強くなりたいと願いながらも、スキルが強くならなかった。それなのにフラフィーはしっかりと成長していく。置いて行かれる気がしていたんだ。


 焦っていたんだ俺は。クロエと一緒になったことでみんなを守りたいという気持ちが先行しすぎてしまっていたのかもしれない。


 なるほど、確かにその通りだな。流石クロエだ、よく見ている。


「ああ、そうだな。ありがとう。わかってきた」


「そう。ならいいわ。二人ともすぐ戻ってくるでしょうし、もう少し考えて二人に謝りなさい」


「そうする」


 二人のバチバチのやりあいにビビっていたとは思えないほど的確に慰められたわ。まじで頭上がらん。


 そうだな、二人とも戻ってきたら自分の主義を変えて二人をめちゃくちゃに可愛がって明日一日潰すつもりではっちゃけるか。


「キミヒトはそうやって無駄に自信満々でいたほうがいいわ。そこに惹かれて私もイリスも、たぶんフラフィーもついてきたんだから」


 柔らかく微笑むクロエに思わずドキドキしてしまう。ああまじで骨抜きにされてるな俺は。ロリだから好きになったけどクロエだから愛せる。そんな感じだ。


「じゃあクロエすまんが今日は二人と寝ることにする」


「私も混ざっても良いんでしょう?」


「それは……そうだな、うん」


 そうだな、いっそのこと全員で寝たほうが楽しいかもしれない。みんなでフラフィーめちゃくちゃにしてあとで怒られまくるのも楽しそうだ。


 フラフィーを散々みんなで可愛がったら次はイリスを二人で攻め続けるんだ。いつも無表情なイリスを可愛がるのが楽しみになってくるな。


「ほら、戻ってきたわよ」


 クロエが言うように宿屋の中にイリスが駆け込んできた。息を切らしているが、どうしたんだ。それにフラフィーがいない。なんで。追いかけていっただろう。


「キミヒト、大変」


 イリスはこちらに駆け込んでくる。食事処の人たちはただ事でない雰囲気を感じて静まり返る。おいなんでそんな深刻そうな表情なんだよ。無表情はどうしたんだよ。


 それにどうして傷を負って服も汚れてるんだよ。


「フラフィーが、さらわれた」


 俺はアトラクションのダンジョンで受けた衝撃の比ではない衝撃を受け、目の前が真っ暗になるような気がした。

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