Knock?

またたび

Knock?

 扉を叩く音がした。


「開けてもいいですか?」


 当然僕は答える。


「ダメです。開けれません」


「分かりました……」


 しかしとりとめもなくおしゃべりは続く。


「外は晴れてるんでしょうか……」


「ええ、晴天でしょうね。春晴れでしょうし」


「そうでしたか、もう春ですか……。暖かくなってきたと思ったら……」


「眠くなりそうな日差しでしたよ」


「外に出てみたいですね、久しぶりに空気を吸ってみたいです」


「そうですか」


 申し訳ないとは思うが、冷たい態度をとる。


「ところで好きな食べ物はなんですか?」


「何です、お腹でも空いたんですか」


「そういうわけじゃないですけど……」


「僕はベジタリアンなので、野菜なら大量にあります。いただきましょうか」


「じゃあ私が取りに行きましょうか」


「冗談を。僕が自分で後で取りに行くので」


 また扉を叩く音がした。もう一度彼女は僕に言う。


「開けていいですか? 海里かいりさん」


 海里……僕の名前だ。


「いえ、ダメです。僕は忙しい、僕の手を煩わせないでください」


「分かりました……」


 彼女は明莉めいり。寂しい綺麗な人だ。


「どうして部屋から出ない日々を過ごすのだろう……」


 彼女は、ぼそっと呟いた。しかし


「聞こえてますよ」


「あっ」


「理由など教えませんよ? 気になる気持ちは分かりますが」


「そうですか……」


 ポツポツ


 ポツポツ


 * *


 雨のやまない話


 かつて一人の科学者がいました。その科学者は砂漠の国からの出身で、雨不足を解決するため科学者になったのです。


 ポツポツ


 彼は天才でした。あっという間に革命的な発明をしました。ところで、彼には大切な恋人がいました。家族が若い時にいなくなってしまった彼にとって、彼女だけが心の支えでした。


 その彼女の名前は明莉と言います。


 * *


「あの、海里さん」


「……何ですか」


 ちょっとした沈黙。そしてまたもや扉を叩く強い音! それはもはやKnockと呼ぶには大きすぎる音だった。


「お願いです、海里さん。この扉を開けてください!! あなたに会いたいです!」


「明莉さん……お願いですから無茶を言わないでください。理由は言えません。言えませんが、この扉を開けることはできないのです」


 しばらくして扉を叩く音は止まる。


「海里さん、私はあなたを信頼しています。だからきっとあなたは、私のためを思って行動してるのだと思います。ですが、ですが……それでもやはり不安になるのです。この気持ち、分かりますよね……? 分かってくださいよ……」


 しばらくしてその声も止まった。疲れてしまったのだろう。


 ポツポツ


 ポツポツ


 * *


 彼の発明は悪魔の発明でした。すぐにとある国に目をつけられ、挙句には盗まれてしまったのです。どうやら雨を降らす代わりに毒を降らそうとしたらしいです。敵対国の上で。


 ポツポツ


 狙い通り、その国は滅びましたが、やはり物事は不運なもので……機械は暴走しやがては世界全体を包みました。


 人類はほとんどが死にました。


 * *


「ところで海里さん……」


 彼女は枯れていた声を絞り出して僕に問う。


「山井さんは元気なのでしょうか……。海里さんならご存知なんでしょう?」


 山井……彼のことは正直知らない。もしかしたら生きてるかもしれないな。しかし、僕は他の人類をあれ以来見たことがない。


「山井さんは元気ですよ。相変わらず研究熱心です。良き同僚です」


「そうですか……」


 ポツポツ


 ポツポツ


「不思議ですね……」


 寂しそうな声で明莉は呟く。


「何がです?」


「外は晴れてるんですよね……?」


 仮にこの話が小説だったとしよう。ならここが正念場、驚愕のネタバラシだろう。まあ文章力が拙い人間が書いたのなら、あまりに微妙な叙述トリックは成功しないのだろうが……成功してると信じてネタバラシだ。


「もう一度無理を承知でお願いします、海里さん。この扉を開けてください、あなたに会いたいです!」


「無理ですよ、明莉さん」


「海里さん!!」


「……無理です。あなたをここから出せません、出すわけにはいきません」


 Knock?


 いえいえ、これはKnockではありません。叩く音の大きさ関係なしに、元々これはノックではなかったのです。


 ノックとは、部屋に入る時に中にいる人間に入ることを知らせる、もしくは許可を求めるための手段です。決して、閉じ込められている人間が「出して欲しい」と扉を叩くことを示すものではないのです。


「……ここまで来たら全てを隠すことはできません、必要最低限なことだけ言います。あなたを監禁してるのは、あなたのためなんです。それだけは信じてください。決してあなたを苦しめたくてしてることではないのです」


 ポツポツ


 ポツポツ


 * *


 その機械はあっという間に使われました。世界に知らせる時間もなく……。しかし、その科学者、つまり海里は知っていました。この世界がこれから迎える運命を。


 ポツポツ


 雨が降り出した。


 一生この雨は止むことはないだろう。


 蒸発して広がるこの雨は、たとえ屋内にいても逃げられない。


 彼はまず明莉に会いに行きました……。


 * *


 明莉は泣き声とともに、強い意志を持って喋る。


「知っています……海里さん、あなたが本当に優しい人なのは知っています。私のためなのも分かっています……でもお願いです、海里さん。教えてください!! 何故私を閉じ込めるんですか! そして何故、雨の音がするのに晴れているなんて嘘をつくんですか!! お願いです……私のワガママなのは分かっています……ですが……海里さん……お願い……教えて……!」


 僕はバカだ。そして弱い。


 決意した。彼女を毒の雨から守ると。彼女にこんな世界を見せたくないと。


 そんな決意すら、ブレてしまったようだ。


「……分かりました。すべて話しましょう。かつて僕と山井が共同開発した発明を覚えていますか?」


「……ええ、なんとなくは。でもそれが一体なんの関係が……?」


 あれから僕は、毒の雨から身を防ぐ発明をした。閉じ込めた彼女の部屋は、その発明の恩恵で一切毒の雨の影響を受けない。だから本来は彼女に言う必要はなかった……この醜い物語を……。


 でも言わなくちゃいけなかった。


 彼女の部屋に僕はKnockした。これは正真正銘のKnockだ。


「今から真実を、長い時間をかけてじっくりと話します……。明莉さん、この扉を開けてもいいですか?」


 扉がゆっくり開く。


 少しずつ


 長い間見ていなかった


 僕の大好きな笑顔が見えてきた……。


 悲しい現実から少し逃げた僕は


 久しぶりの再会を不謹慎にも喜んでいた。


 そして彼女も


 この些細な幸せを噛み締めて


 笑顔で僕を迎えたのだった……。



「海里さん……どうぞ!!」

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Knock? またたび @Ryuto52

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