第2話 不出来

 いつもと変わらない静かな道、私は携帯にイヤホンをさし、耳にイヤホンをつけて日課の音楽を聴く。

今日はパッヘルベルの「カノン」を聴きたい気分で、お気に入りの曲をまとめたリストの中から検索し、見つけてタップした。


 心地よい音色で曲の世界に吸い込まれ、嫌な日常を忘れられるくらいこの曲は素晴らしいと思う。落ち着かない時や気分が沈んでいる時に聴くと気持ちがリセットされて、また頑張ろうと思えるから、私はこの曲が本当に好きだ。


 そんな曲を聴きながらの足取りはとても軽い。地獄みたいな学校への道だとしても、大丈夫だと励まし背中を押してくれるみたいに気持ちいい。


 歩き慣れた道を暫く歩いて、通学で使うバス停へとたどり着いた。

 携帯の時間を確認し、時刻表通りなら今からあと五分程で着くが、実際は何分か遅れてくるから七、八分というところだろう。それまでは曲でも聞いてゆっくり待とう。

 いつも通りの時間とはいえ、バスの移動時間と朝ごはんを買う時間を入れても、学校のホームルームまでには結構時間がある。

 余裕を持って行動することを心掛けていると、焦らなくていいから気分が落ち着く。とてもいいことだと思う。


 曲が一周したところでバスがやってきた。手帳型のスマホケースから通学用定期券を取り出しICカードリーダへ翳す。乗車したら空いている席を確かめて、二人掛けの座席の窓側に腰を下ろし、膝の上にバッグを乗せる。

 誰も乗る人がいなくなったところでドアが閉まり、バスが発車すると、次のバス停のアナウンスが流れ、あと何回過ぎれば着くなと考えたり、次はどんな曲を聴こうなどを考えて流したりするのが乗車中の私の日課の一つでもあった。


 窓の外を見ながら今日は天気が良いなと思い、なんとなく携帯の最初から入っている天気予報のアプリを起動してみる。

 帰る時間の予報を見てみると、降水確率が八〇パーセントととても高く、折り畳み傘を入れておいて良かったとは思うが、その傘が無事なままでいられるかどうかは分からない。


 何はどうであれ今日の暴力の跡も、残らず消えてくれれば良いなと思うだけだ。



 やっと学校近くのバス停に着き、定期券で降りるとやはり憂鬱な気分になる。

 すぐに学校へ向かうわけではなく、今日の朝ごはんと昼ごはんを買うために近くのコンビニへ足を運ぶ。時間が早いため、同じ制服を着た学生はあまり見かけない。

 コンビニに着いてまずは飲み物の棚で普通の水を取ってからパンが並ぶ棚に向かい、いつものパンであるレーズンパンを手に取ってレジへ進む。


 五百円以内で済む買い物をして、学校に続く道を行く。本当は学校なんか嫌だ。でもお金を払ってもらっているのに行かないわけにはいかないし、外面が良い兄の情報網に引っ掛からずにいるのはとても難しい。

 学校内を歩きながら今まで考えていたことを思い出した。

 理不尽な扱いも、納得いかない暴力も、賑やかな教室も全部全部無くなってしまえと思った事は何度もあったけれど、考えに考えると、きっかけからやってきてくれないと困るという結果になった。


 そもそも私はこの現実から逃げたくて仕方がないんだろうとして片付け、着いた教室の自分の席で買ってきたレーズンパンをかじった。今日も変わらずレーズンパンは美味しいし、今日の私も変わらず暗いままだ。



 隣にいる男子達は飽きもせずに授業中も私を挟んでよく会話をしている。

 昨日の通話だのゲームだの芸能人だの話題が全く尽きないため、よく回る口だなとかその回転力を脳に生かした方が良いとか内心で突っ込んだりするのもとうに飽きて、暇な時間を教科書を読むか人間観察に四時間も費やすなんてつまらない人間だなと自虐した。


 周りは机をくっつけたり椅子持ってきたりして家族とご飯を食べるみたいに囲んで食事をしている。私は買っておいたレーズンパンと水で昼休みを一人で過ごし、家でも学校でも何も変わらないなと心の中で呟いて、レーズンの美味しさを一人感じながら昼休みを終えた。


 午後の授業も終わって帰る時間になる。


「如月さーん! 今日も掃除やっといてね」


「……うん」


 言った瞬間に何処かへ行くものだから、嫌だとも言えずまた一人で掃除だ。

 なぜ一人なのかというと、あの子は掃除サボりの常習犯だから、先生は他のメンバー抜きでちゃんと掃除しろと言われていたが、私という反抗しない良いカモを見つけたせいで、当番が回ってきたらいつも私に言って男子と腕を組んで教室を出て行く。


 どうせ放課後は特にやることもないし、家に帰れるにはあと三時間くらいしないと帰れないし、結局私が適任だった。


 でも、これだけのことならまだ優しい地獄の入り口だ。その入り口から、自分で熱湯の釜に入るような行為をしている私はやっぱり人間としてできていないんだなと改めて思う。

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