月下鬼人

七坂 子雨

第1話 私

 この世に生を受けて、生まれ落ちるまでは良かった。

ただ泣いて初めて呼吸をした。

 母親とつながっていたへその緒。ただ一つの親子の繋がりは断ち切られ、人生の感動の瞬間は幕を閉じた。


 初めて自分が片親としか血が繋がっていないと知ったのは五歳。理解したのは七歳。

 両親と全く似ていない顔立ち、髪の色、目の色だったことから違和感は感じていたし、本当の子の兄が私に意地悪をするときによく言っていたから、気になって母に尋ねたら泣かれた。兄には殴られ父には存在を認知してもらえなくなった。


 気が弱く自己主張が苦手な母は父によく愛されていたが、どこか顔色を伺っているようにも見えて、私に会うとよそよそしく接してくる。それでも父と兄のことは大切にしていて、笑顔を見せている所を見かけたことがある。

 家族として憧れたことはあったけれど、私に微笑みかけてくれることは一生無いのだと悟ると、全てに諦めがつくものだ。


 だから一つ年上の兄が先に手を回していれば、学校では友達どころか仲良くしてくれる人さえいなくなったのは当然のことで、仕方ないと思うようになっていた。

 寂しくても、苦しくても私の隣には誰もいてくれない。前世の私は一体どんな酷いことをしたんだろうと考えては諦めて、傷つけられた痛みも感じなくなっていく。





 朝に目覚ましアラームが静かに鳴り、側にあるサイドテーブルに手探りで携帯を見つける。

 低めの音量で鳴るアラームを止めていつも通りの時間だと確認し、暖かい布団からゆっくり出てスリッパを履く。


 部屋から出て出来るだけ音を立てないように階段を降りると真正面に玄関、右にリビング、左に洗面所がある。洗面所以外に今は用がないのでそのまま左側へ。


 洗面所の鏡を見て、昨日殴られた頬の腫れが引いて元どおりになっていることに安心して歯を磨いた。


 昔から傷が治りやすいことに感謝している。なぜかは知らないけれど、一ヶ月かけて治る傷が一週間で治ったりすることがあって、気味が悪いと思ったことも思われたことも何度もあった。でも、そのおかげで病院に行ったことは数えられるくらいで、治療費が浮くことはとても良いことだ。


 顔も洗って用も無くなったところでずっといる意味はないから、部屋へ戻って制服に着替え、勉強道具や財布が入ったバッグを持って家を出る為玄関の方へ行くと、リビングが少し賑やかになっていた。

 兄が起きてきっと食事を取っているんだろう。少し掠れた笑い声につられて父や母の笑い声も聞こえてきていた。これが本当の家族なんだろうと思うと心臓あたりに痛みが走る。


ーー早く出よう。


 いつまでもここにいたら可笑しなものを見た目で見られるし、話を聞かれているのは気分が悪いだろうと、靴箱からローファーを取り出してそっと履いて家を出る。

 しっかりと鍵を掛けてからもう一つの玄関を抜けて、数段の階段を降りた。降りた先の門扉を押して学校の道へと歩いていく。

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