膝の上でおやすみ。
時任西瓜
膝の上でおやすみ。
「ねえ、マル、マルちゃん」
何度か名前を呼ばれて、ゆっくり振り向いた先にはあなたがいた、ソファに座って手招きをしている。まったく、しょうがないわね、私はソファに上ってから、揃えられた膝の上に乗ってあげた。丸くなって座れば、あなたは嬉しそうに私の頭を撫でる。
「随分ヨボヨボになっちゃったわよね」
そお?私はそうは思わないわ。あなたが気にしすぎなのよ、ほら、喉を撫ででちょうだい。私はちょっと顔をあげてアピールする。
……うん、そうそう、喉がごろごろ鳴っちゃうわ。この家でこれにすぐに気づいてくれるのはあなたくらいね、生まれた時から一緒だったからかしら、それとも性格の問題?
「だって、昔はお散歩とかしたじゃない」
ちょっと、急にびっくりさせるようなこと言わないで、それ、ずっと前の話よ、だってまだ小さい頃の話だもの。
「首輪もリードもして……最初の頃はご近所さんびっくりしてたわね」
私だってびっくりよ、猫の仕事は家を守ることだってお母さんから聞いていたのに、あなた達ったら私が散歩すると喜んで、四角い箱とか板を向けてパシャパシャってするじゃない、あれ眩しいから嫌いなのよ。外には犬やカラスだっているし、とっても危険なの、外からいつも無事に家に帰れていたのは私のおかげなんだからね。
「ふふ、猫なのに変わり者ねって、姉さんと話してたのよ」
そんなこと言って、もともとはあなたの姉さんが外に連れ出したのよ、ちょっと、懐かしいなあなんて笑ってないでよ。もう、人間は勝手なんだから。それに、私は猫だから、変わり者じゃなくて、変わり猫っていう方が正しいんじゃあないの。
「……今まで楽しかった、マルがいてくれたからよ」
そんな顔しないでよ、ほら、私を撫でると癒されるんでしょう、なら手を止めないで、好きなだけ撫でればいいじゃない。
「最期くらい家でって、私がお医者さんに無理言ったの」
知ってるわよ、姉さんがぼやいてたわ、見くびらないでね、猫の耳はとってもいいんだから、もちろん頭脳もよ。さよならが近付いてることだって分かっているの。
「ねえ、マル。一緒にいられて良かったね」
ちょっと、泣かないで、あなたばっかり悲しい訳じゃないのよ、私だって悲しいの。ほんとう、困っちゃう、あなたが私の言葉を分かってくれないからよ、ずっとにゃあにゃあとしか聞こえないんでしょ、私もあなたに伝えたいこと、たくさんあるのに。
ご飯をくれて、遊んでくれて、トイレだって綺麗にしてくれた。寒い日に布団に入れてくれたの、嬉しかった、そうそう、こっそりくれたあの赤いお魚の味、今でも覚えてるのよ、私。こういうのって、どんな言葉にすればいいのかしら。
「マル、ありがとう」
そうそう、ありがとうって言いたかったの、ほら、聞いて。
「にゃあお」
__そうして彼女は静かに眠りについた。暖かな膝の上を感じながら、ゆっくりと。
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