第23話 勇者の剣が抜かれるとき
「あれはお前の剣だ」
ルトロスはそう言うと、扉の側に立っていた側近をいきなり風の魔法で礼拝堂の外に吹き飛ばした。扉がひとりでに閉まり、五人だけが礼拝堂に取り残される。
「ルトロス!?」
サターンが困惑してルトロスの名を呼ぶが、ルトロスはサターンには目もくれず、呆然と立ち尽くすフェルシに命令した。
「フェルシ。お前は俺のための剣だろう? 今こそ、その力を振るう時だ。さあ、もう一度、あの剣を取れ」
フェルシは困惑した表情のまま、ゆっくりと礼拝堂の中心にある勇者の剣に近づいていく。その尋常ならざる雰囲気に、サターンもリリーもフェルシを止めようと駆け寄った。
「ちょっと待ってよ、フェルシ! ルトロスも! どうしてあの人を追い出したの? 二人ともなんか怖いよ!」
「おい、お前の剣ってどういうことだよ? フェルシが勇者なのか? なあ、ちゃんと説明しろって!」
しかし、フェルシはそんな二人を強く振り払う。尻餅をついた二人を悲しそうに見つめて首を振ると、静かに告げた。
「ごめん、みんな。そのときが来たんだ。ルトロスがそう決めたなら、俺には逆らえない」
フェルシは勇者の剣の前に立つ。正面の部屋の隅に、ショックのあまり崩れ落ちたロベリアの姿があった。今にも泣きそうに揺れるその紫の瞳が、フェルシの心を射抜く。それに気づいたのか、ルトロスがロベリアを隠すようにフェルシと彼女の間に立ちはだかった。
「フェルシ」
「分かってる。分かってるよ」
フェルシは迷いを振り払うように頷くと、勇者の剣の柄を握る。その瞬間、剣から真っ白な光が溢れ出した。剣から放たれた強力な魔力の奔流が、礼拝堂を満たしていくのをサターンは感じていた。それはとても優しくて温かい、母親の胸に抱かれたような感覚。ところが、それは瞬く間にフェルシの手から吹き出した闇に飲み込まれていった。
「なんだこれ……!?」
リリーが尻餅をついたまま叫ぶ。あまりに強い魔力の流れのせいで、フェルシとルトロス以外はみな立ち上がることができなかった。
「これは……あなたたち、何をしようとしているの!?」
ロベリアの問いかけに、フェルシだけを見つめていたルトロスがようやく三人を見る。その蒼い瞳は異様に輝いていて、サターンですら息を飲んだ。
「お前たちに、話をしたね。神の作ったスイッチの話、愚かな神の物語を。神とは俺たちの創造主であり、神の決めた理が俺たちを支配する。けれど、その決め事があまりに愚かで理不尽なものだとしたら? お前たちなら黙ってそれに従うかい?」
ゆっくりと、フェルシの両手が剣を引き抜いていく。勇者の剣は台座から抜かれるほどに闇を纏い、その形を変貌させていった。
「俺とフェルシは、受け入れられなかった」
勇者の剣の金色だった柄は真っ黒に染まり、鍔の真ん中の桃色の宝石は真っ赤に変貌する。
「だから、全部破壊することにした。神の創った世界の全てを破壊し尽くして、正しい世界を作る。そのためにこのときを待っていた」
その色はまさに、闇の黒と血の赤。フェルシの姿と同じ禁忌の色が、剣を禍々しく染め上げていた。
「かつて勇者だった俺の愛し子が、再びその力を手にするときを」
フェルシが勇者の剣を引き抜く。溢れる闇がフェルシとルトロスを包み込んだ。
「サターン、この世界はお前にふさわしい場所ではないよ。人は罪を犯し大切なものを見失う。おまけに、世界自体は使い回しの欠陥品だ! この勇者の剣がいい証拠だ。だから、早く消してしまわねば。愚かな神に、その愚かさの罪を理解させなければならないからね」
闇の中から再び現れた二人は、確かにフェルシとルトロスで、そしてそうではなかった。
ルトロスの背中には巨大な紫色の羽根が生えていた。それは蝶を思わせる羽根で、強大な闇の魔力を感じる。そしてフェルシはかつてサターンが一瞬見たような、白い髪に桃色の瞳に変わっていた。
「さあ、役割を交代しよう。今日からこの世界の魔王は君ではなく俺だ。そして勇者はフェルシになる。旅は、ここでおしまいだ」
サターンは変わり果てた姿のルトロスの、変わらない優しい笑顔に言葉を失うばかりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます