第1話 優しい詐欺師 ―5―
具体的にはどうするのか、と夏月に聞いた。雅子さんと文果が帰った後だ。
夏月は「内緒」といたずらっぽく笑った。
「なんだよ。夏兄、いつもの秘密主義かよ」
「だけどほんと、どうやって見つけるつもりなのかな」
家に戻った私と春海は、夏月の考えを推理しようと知恵を絞った。
この家は父が時季子さんと再婚したときに購入した家で、二人が留守の今は私と春海、そして夏月が住んでいる。冬真と秋実は独立してそれぞれマンション暮らしだ。
「あのさ、こういうのはやっぱり現場検証が必要じゃねえかな」
春海はキッチンのテーブルに両肘をついてわたしを見上げた。目の前には秋実のつくったケーキが二個置いてある。売れ残ったケーキはいつもわたしと春海でかたづけるのだ。
「現場検証って?」
「だから最初に――最後でもあるけど、雅子さんが牧野に会ったファミレスだよ。もしかしたらあの牧野ってやつ、他にも来てるかもしんねえじゃん?」
私はフォークをケーキに刺した。スポンジの中からごろりとイチゴが出てくる。
「そっか、もしかしたら常連かもしれないよね。でも刑事みたいに写真もって聞き込みできないよ?」
「あそこで何度か話をしてるんならさ、店員の誰かがマキノって名前聞いたことあるかもしれねえじゃん?」
春海のアイデアをもとに、私たちは雅子さんが牧野に会ったというファミレスに行ってみた。
何種類ものカレーが売りのファミリーレストランで、店の規模はそう大きくない。
ここならもしかしたら客同士の話が聞こえていてもおかしくない。
わたしも春海も学校の帰りにしか寄れないので、必然的に夕方の忙しい時間になってしまう。しかし、高額な英会話教材を売りつけられ、困っている被害者という設定で話をしたら、店長さんに同情してもらえた。
おかげで何人かの店員さんに話を聞くことができたけど、「牧野」という名前を聞いたという人はいなかった。
「シフトで来ていない人もいるから、あとで聞いておいてあげるよ」
人のよさそうな店長はそう言ってくれた。私たちは何度も頭を下げ、ファミレスをあとにした。
「次はどうする?」
「ハンドメイドサイトを運営している会社で話を聞いてみない?」
ふたたび家のキッチンで、わたしと春海は作戦を立てた。
だいたいうちにくるお嬢様たちの悩みを解決するのは夏月や冬真だ。私や春海、秋実は彼らの指示にしたがって調べたり、情報を集めたりする。
今回は夏月からなんの指示もなく、私たちはヒマと正義感をもてあましていた。
「私、調べてみたの。雅子さんの登録しているハンドメイドサイトの本社って渋谷にあるのよ」
「ちゃんとした会社なのか?」
「本社は通信システムを運営している会社らしいわ。だからネット上だけにあるうさんくさいところじゃないらしいの」
私たちは敢えてアポなしでその会社を尋ねた。会社は自社ビルではなく、大きな総合ビルだった。
三七階まであがると明るく近代的なオフィスがあった。受付には誰もいなくて、電話と内線番号を書いたボードが置かれていた。
「これで目当ての部署を呼び出すんだな」
ボードには「総務部」「人事部」「営業一課、営業二課、営業三課、技術部、広告部……と部署の名前が並んでいる。
その中の営業二課の下に小さくハンドメイドサイト「TETTE」の名前が書かれていた。
私は受話器をとって営業二課のボタンを押した。
ハンドメイドサイトに関する詐欺の問題の件できました、というと、アポイントを取っていないにも関わらず、部長さんが対応してくれることになった。
パーティションで仕切られた小さなブースで、紙コップに入ったコーヒーを前に待つこと二〇分。
やがて若い長身の男の人が入ってきた。私たちはあわてて立ち上がった。
「どうも、初めまして。ハンドメイドサイト「TETTE」の牧野の言います」
牧野?!
私と春海は顔を見合わせた。
「牧野って……まさか大当たりか?」
「あなたが雅子さんの作品を持っていった人?」
「はあ?」
牧野は怪訝そうな顔をして、腰掛けようとしていた動作をやめた。
「はあ、じゃないわよ! ファミレスで雅子さんから作品を奪ったでしょう!」
「まさかサイトの運営者が詐欺に関わっていたとは思わなかったぜ!」
「なにを言っているのかわからないがーーー」
「あんた牧野さんでしょう?」
「そうだが……」
「サイトに作品乗せている雅子さんに電話して、作品を販売したいからって雅子さんの作ったアクセサリー、もっていったんでしょう!?」
牧野は両手を振り回した。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。まったくわけがわからない」
「うそつくなよ! 詐欺商法だって訴えるぞ!」
「ちょっと待ってくれ」
牧野は私たちをとりあえず席に着かせると、雅子さんのことや、その被害の話を聞いた。
「それは人違いだ。だいたい、」
牧野は自分の名刺と私たちが持ってきた牧野の名刺を左右に並べて見せた。
「下の名前が違うだろう?」
「あ、」
確かに違う。雅子さんが渡された名刺には「牧野雄一」。目の前の牧野が出した名刺は「牧野悟」。
「それにその早瀬雅子さんが牧野という男にファミレスで会った日、私は大阪に出張にいって、現地の会議にでている」
「ええーっ?」
「信じられないなら大阪支社に聞いてもいい」
牧野はポケットから携帯を出すと、アドレス帳の「大阪」というところを見せた。
「……ただの偶然だってこと?」
私たちはがっかりした。せっかく目の前に詐欺の犯人が現れたと思ったのに。
「ところでその早瀬雅子さんあての最初のメールというのは、うちのサイトのメールフォームから届いたものなのかな」
「え?」
「もしメールフォームからなら、うちの記録の中に登録の記録があると思う。メールフォームを使えるのは登録した会員同士だけだからね」
「あ、……」
私は首を振った。
「確かふつうにアウトルックエクスプレスだったと聞いてます」
「そうか。じゃあわからないな」
牧野さんは肩を下げた。
「その早瀬雅子さんにはお気の毒だった。うちのサイトに作品を出品してそういう被害にあったんだからね。だけど、うちのシステム上、個人間でのトラブルには関与出来ないんだ。申し訳ないけど」
「いいえ」
牧野さんは私たちに詐欺呼ばわりされたのにメールフォームを調べてくれようとした。いい人だ。それだけでも十分だ。
「すみませんでした、お騒がせして」
「いや、こんなトラブルがあるってことも想定して置いた方がいいと、こっちも勉強になったよ。うちのサイトに作品を寄せてくれる作家さんたちは、なにより大切な人たちだ。そういう人たちを守るシステムを強化することを考えてみる」
「ありがとうございます」
肩を落として立ち上がった私たちを、牧野さんは出口まで送ってくれた。
「……でも、」
ドアのところでふと牧野さんは呟いた。
「どうしてその詐欺犯は雅子さんのメルアドがわかったんだろう……?」
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