多田一族の野望 前編
――オーストラリア大陸北部 クイーンズランド共和国 ケアンズ市 ジェミー・バーティ ――
「ママ! ママーー! 」
「マルク! やめてファルコ! マルクを連れて行かないで! 貴方の甥なのよ! 」
玄関で七つになったばかりの息子を抱きかかえ、外に連れて行こうとする革鎧姿の弟の足にすがりつき懇願した。
家の外では十数人はいる兵と輸送車両が弟が出てくるのを待っている。
「姉さん。甥とか家族とか関係ないんだ。7歳になった健康な男児は例外なく軍生活を送ってもらう。幼い頃から仲間と共に生活し、厳しい訓練を乗り越えることにより強力な兵士となる。それが敬愛すべき師であり、この国の救世主であるジュウベエ大統領のお考えだ。全てはこのオーストラリア大陸を魔物から人間の手に取り戻すためだ。たとえ血のつながりのある甥とはいえ特別扱いはできない」
弟は姉である私を冷たい目で見下ろしそう告げた。
ああ……ファルコ。いつから私にそんな目を向けるように……
「一昨年に国民投票でその法律ができたのはわかってるわ。でもマルクは争いごとが苦手な心優しい子なの。それは赤ん坊の頃から見ているファルコもよく知ってるでしょ? 魔物と戦うなんて無理よ。すぐに殺されてしまうわ」
幼い頃のファルコや夫に似て、マルクはとても心優しい子なの。そんなマルクが魔物と戦うなんて! 夫と同じ様にエンジニアになると思っていたのに……
全ては一昨年成立したスパルタ法のせい……もちろん私と夫は反対した。デモにだって参加したわ。けど僅差で成立してしまった。
その日から子供狩りが始まった。そして今年7歳になる私の息子もその対象に……しかも息子を迎えに来たのはタダ親衛隊に所属する弟。身内に徴兵に向かわせるなんて、軍部はなんて残酷な仕打ちをするの……
「大丈夫さ姉さん。タダ式スパルタ教育を受ければ俺みたいにすぐ強くなるさ。10年後には厳しい訓練を乗り越えたマルクはたくましく成長し、『3000《スリーサウザント》』軍の中隊長クラスになっているはずだ。そうなれるよう、親衛隊7番隊隊長の俺が叔父として全力でバックアップするから安心してくれ」
「安心できないわよ……」
13年前。私の可愛い弟はタダ道場に入門し変わってしまった。入門後ファルコは歳を重ねるごとに言動が荒くなっていった。そして今から6年前の15歳の時に軍に入隊してからは身体は筋骨隆々になり髪型までモヒカンにして、どこからどう見ても世紀末にヒャッハーしている人になってしまった。火魔法を覚えさせてもらったとはしゃいでいた時は、ついに揃ってしまったと軽く絶望したのを覚えている。
そんな弟に安心しろなどと言われて安心できるわけがない。
「ファルコ。適正がないとか何かで免除できないだろうか? 」
私の後ろにいた夫が恐る恐るといった感じで弟にそう提案した。
夫とは8年前に結婚した。過去に付き合っていた男性同様、夫もファルコにボコボコにされたが、それでも私を諦めなかったことから弟に認められた。ヒョロヒョロの身体なのに、ゾンビみたいに弟にしがみついていたあの姿はカッコよかった。当時13歳だった弟相手だったけど。
「義兄さん。なぜ親族が迎えに来るようになっているかわかるか? そうやって身内を優遇する兵なのか試すためだ。身内のためにルールを破るやつは、いずれ身内のために国を裏切る。そうやって俺の忠誠心が問われているんだ。義兄さんは俺にタダ一族を、国を裏切れと言うのか? 親心から出た言葉だと聞かなかったことにするからもう黙っていてくれ」
「うっ……すまない」
「あなた……ファルコ。それでもお願いよ。私の可愛いマルクを連れて行かないで」
「駄目だ。これはマルクのためでもあるんだ。最初は母親から離されて辛いだろうけど、大きくなったらわかってくれるさ。この世界は力がなくては生きていけないんだってことをな。じゃあな姉さん」
ファルコはそう言って足にしがみつく私を振りほどき背を向けた。
「あっ……マルク! マルクウゥゥゥ! 」
「ママー! ママァァァァ! 」
私は弟に抱きかかえられ泣き叫ぶ息子に対し、地面に伏せながら名を叫び見送ることしかできなかった。
ああ……私の可愛いマルク。どうしてこんなことに……タダ一族は救世主じゃなかったの? なぜ幼い子供を無理やり親元から離して軍生活をさせるなんてことをするの?
確かにタダ一族が政権を握ってからというもの、生活は見違えるほど豊かになった。世界中の物が港に届き景気が良くなり、男はダンジョンに潜らなくても稼ぐことができるようになった。今では大陸西の西オーストラリア連合国に追いつく勢いの成長を遂げている。大陸南の正統オーストラリア共和国に比べれば天と地の差があるほど豊かになった。
それもこれもタダ一族が率いる軍が、魔物に占領された領土を奪還したからだということはわかっている。そのために軍は常に強くないといけないことも。
でも子供を無理やり軍にいれるなんて……国民投票で決まったこととはいえあんまりだわ。
みんな国が強くなったことに酔っている。こんなこと続けさせたらいけない。このままでは国が間違った方向に向かってしまう。14年前にLight mareが旧クイーンズランド都市連合を滅ぼした時のように……
――オーストラリア大陸北部 クイーンズランド共和国 首都ブリスベン 大統領府 軍務大臣 多田 六郎――
「親父。『3000《スリーサウザント》計画の件だが、今年7歳になる子の徴兵は無事終了した。全部で200人てとこだな」
夕日に照らされた執務室で剣を磨いている親父に、俺は計画が順調に進んでいることを報告した。
「うむ。去年徴兵した子供たちも後輩ができて気持ちが引き締まるじゃろ」
「まあな。でも本当にこんなことをして大丈夫なのか? 光希君に知られたらと思うと気が気じゃないんだが……」
一昨年に7歳になった子供を徴兵することを決め、第一期生となる子どもたちを集めた。最初は泣きじゃくってばかりの子が多く大変だったが、去年第二期生が入ったことで今では歯を食いしばって厳しい訓練に耐えている。まだ甘えが残っている二期生も、今回徴兵した三期生が入れば一期生のようになるだろう。だからそこは心配していない。
俺が心配しているのは光希君にこのことがバレた時のことだ。俺がいうのも何だが訓練は厳しい。正直言って幼児虐待だと言われても反論できない。子供好きな光輝君が知れば恐らく激怒するだろう。俺はそれが恐ろしい……
「じゃから国民投票をしたんじゃろ。民意じゃ民意。国民が決めたことじゃ、婿殿も文句は言うまいて」
「民意ねぇ……」
確かに国民投票はした。したんだが、結果は賛成が42%で反対が58%だった。それを親父が集計担当部署に圧力をかけて賛成を51%、反対を49%という僅差にしたのを俺は知っている。
まあ知ったのは投票が終わって幼い子どもたちが集められ、その姿を見て良心が傷んだ集計担当の責任者が半年ほど経過してから俺に密告したからなんだが。
その時には既に一期生が訓練を開始していたから、俺も秋子も受け入れるしか無かった。お袋は激怒して親父を半殺しにしてた。しかし今さら国民に投票結果を操作したことを公表するわけにもいかず、お袋と話し合って集計を操作したことは闇に葬る事を決めた。
それを民意だと言い張るこの親父はいったいどういう神経をしてんだか。
「なんじゃその目は。ワシとてまだ幼い子供を親元から離すことには心が痛む。じゃが国のためには仕方ないことなんじゃ」
「映画を見て思いついた法案なくせによく言うよ」
古代ギリシャを舞台にした『3000《スリーサウザント》』という映画をそのままパクっただけじゃねえか。なにが絶対の忠誠心を持った人間を育てるだ。そこまでする必要があるか?
「違う! 確かにヒントは得たが、この国に必要だと思ったことは本当じゃ! 六郎も正統オーストラリア共和国がキナ臭い動きをしているのを知っておるじゃろう」
「確かにそうだが……」
正統オーストラリア共和国。
このシドニーを首都とする国は14年前にこのクイーンズランドと同様に光輝君たちに制圧され、二度と戦争を起こさないことを条件に許された国だ。
しかしその後は光希君の光魔王国と同盟を結ぶ西オーストラリア連合国と、俺たちが政権を取ったクイーンズランド共和国だけが繁栄した。今じゃ領地内のダンジョンは全て壁で囲み、国民は壁で囲んでいた都市から出て生活している。ここまでするのは大変だった。だがこの二国ではもう魔物に怯えて暮らす必要はない。
そのことに未だに壁に囲まれた都市から出れない正統オーストラリアの国民は嫉妬している。
気持ちはわかる。西オーストラリア連合には光希君から貸し出されたゴーレムがおり、うちにはドラゴンがいる。そりゃ魔物に奪われた領土を奪還する速度に違いが出るのは当然だ。
だがそれにしたって正統オーストラリアは領土奪還の速度が遅すぎる。いや、する気がないんだろう。あそこの国は相変わらず権力者たちが腐敗しているしな。国民は貧困に喘ぎ、軍の士気も低いと聞く。
うちの農家や鉱山に略奪にやってきているのは、すべて正統オーストラリアの国の人間だ。その討伐に何度駆り出されたことか。あれだけ経済状態も治安も悪いと、いずれ昔のように戦争を仕掛けてくる可能性がある。光希君から借りているロックドラゴンやグリフォンを持つ俺たちの敵ではないが、心配なのはこの国の国民は俺たちに頼りすぎていることだ。
その原因は俺たちにもある。あまりにも俺たちが前線で戦い続けたことで、この国の兵は魔物に楽に勝つことに慣れすぎてしまった。そして景気が良いこともあり、ダンジョンを壁で囲んでからは誰も潜ろうとはしない。親衛隊と一部の精鋭部隊が間引きに入るくらいだ。
このままでは駄目だ。50年100年先の事を考えたら強い愛国心を持ち、自分の国は自分で守ると強い意志と力を持った人間の育成は必須だ。そのためには子供の頃から教育をすることが大事なのはわかるんだが、幼い子供を親元から離してひたすら強さだけを追い求めさせることが本当に良いことなのか自信がない。
でも俺たちがいることで魔物に怯える必要がなくなり、若い世代の男たちが軟弱になっているのは事実だ。幼児虐待と責められようが、この国の未来のためには必要なことなのかもしれないな……
「そういうことじゃ。為政者たるもの百年先を見据えて行動しなければならんのじゃ。婿殿もわかってくれるはずじゃ」
「そうだといいんだけどな。しかし光希君はいつ帰ってくるんだ? もう2年以上留守にしてるよな? 」
子供がなかなかできないことから、一昨年に夏海たちを半神にするために並行世界に行き、世界を救ってくると言ったきり全然帰ってこない。光希君に限ってもしものことはないとは思うが、時間がかかりすぎてる気がする。
「婿殿はもう少し掛かるそうじゃ。どうもかなり末期の世界に行ったらしくての。天照大神様から光一君経由でこの間連絡があったところじゃ」
「そういうのは早く言えよ。秋子も俺も夏海のことを心配してんだからよ」
なんだ連絡があったのか。そういえばこの間、光一君が光魔王国に来てると聞いたな。その時に留守を任されている以蔵さんから親父に連絡があったのかもしれない。
光一君も大変だよな。あっちの世界の夏海との間にできた子供の世話もしなきゃなんないのに、光希君に頼まれたとはいえ影武者として王宮に顔を出さないといけないんだからな。
しかし光一君はほんと光希君にそっくりになったな。俺たちくらいのランクになれば光希君からにじみ出る神力による圧力を感じれるからわかるが、他国の首脳じゃもう見分けがつかないだろうな。
「ワハハ、すまん。忘れておった。さて、今日の仕事はもう終わりじゃ。六郎。ワシはちと出掛けてくるから千歳にうまく言っておいてくれ」
「また愛人のところか? お袋にバレても知らねえぞ? 」
俺は40歳くらいの見た目のままの親父に呆れた顔を向けそう言った。
光輝君に若返らせてもらってからというもの色気づきやがって。
「そこはお互い様じゃろが。裏切るなよ六郎? 」
「……わかってるよ」
いくら一夫多妻制が認められてるとはいえ、光希君の世代と違ってお袋も秋子も受け入れてくれねえからな。せいぜい隠れて遊ぶのが限界だ。門下生たちも若返らせてもらっているから誰も結婚しようとしないし。みんな重職に就いてるってのに、いったいいつまで青春を満喫するつもりなんだろうな。
そんな俺たちでも永遠に生きられるわけじゃない。
その時のために、俺たちを讃え受け入れてくれたこの国の人間を育てないといけない。
平和になれた大人では強い兵を育てることはできない。子供の頃から厳しい訓練を受け、常に命懸けの戦いをしてきた者にしか強兵を作り上げることは不可能だ。
やはり『3000』計画は仕方ないことなのかもな。
しかし子供を徴兵するとか、年々親父の思考が過激になってきてる気がする。ダンジョンから出てきた魔物をあらかた相当し終え、戦えなくなったことでストレスが溜まってるのかもな。かといって大統領の仕事は激務だ。他国に狩りになんて行く時間なんて無い。
そのことが変な方向に向かわなきゃいいんだが……
※※※※※※※※
作者より。
かなり間が空いてしまいましたがアフターの続編です。後編はできれば今週中に投稿したいと思っています。設定とか登場人物とか結構忘れていて、思っていた以上に書くのに時間が掛かってしまって( ˊᵕˋ ;)
一度エタった作品が復活しない理由がわかりましたw
気長にお待ちいただければ幸いです。
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