第38話 不義理





「勇者様すまねえ! 」


「お屋形様! 申し訳ございません」


「殿! 拙者たちの力及ばすこのような事態になり申し開きのしようもないでござる」


「光希様……ごめんなさい」


「よう! 大変だったな。まあ気にするな。コイツらはいつかやるつもりだったんだろう。早めに反乱分子が特定できてよかったくらいだ」


俺がドーラに恋人たちを残し帝都上空から転移で帝城前の広場に降りると、ゼルムに以蔵や静音。そして小太郎や紫音たちが駆け寄って詫びてきた。


俺は以蔵たちに気にする必要はないと伝え、落ち込む紫音と桜の頭を軽く撫でてから広場を見渡した。


そこには帝城前には勇光軍の獣人2千が蘭によって破壊された入口を守るかのように塞いでおり、その周囲を反乱軍の獣人2万が半包囲してる状態だった。


そう、だった。過去形だ。


今は魔銃を手から離し跪いて周囲の者と身を寄せ合い震えている。中央の最前列にいる10人ほどを除いてだが。


「ヴリトラで戦意喪失したのか? 」


「はっ! リム殿がヴリトラにて上空を旋回したところで戦意喪失した模様です」


以蔵が苦い表情でそう言う。

反乱軍からしたら、ドーラ以外にもドラゴンがいるってのは想定外だったんだろうな。

そしてトドメに俺がドーラに乗って現れた。さらには現在進行形で反乱軍を包囲するために、光魔王軍5万が帝都に展開している。


「情けねぇ……ドラゴンが現れたくらいで戦意喪失するくらいなら、最初から反乱なんかするんじゃねえってんだよ。獣人がここまで劣化しているとは……なんて恥さらしな奴らだ。勇者様……コイツらの処刑は俺が責任を持ってやる。許可してくれ」


「先祖代々何十年も戦ってきたお前たちと飼われていた者の差だ。こんなもんだろう。今後のこともあるからゼルムにやらせるがちょっと待ってろ。以蔵、首謀者はあそこにいる10人か? 」


「はっ! 中央のクグツという虎獣人がリーダーで、その両隣にいる狼と鼠の獣人が唆した者かと。後ろに控える犬と熊に狼たちはクグツの手下のようです」


「そうか。狼と鼠の両方が付いてたか」


悪巧み最強コンビだな。狼と鼠は同族嫌悪で仲が悪いんだけどな。さすがにムーアン大陸という特大の報酬を前にしては手を組むことにしたか。

この大陸を支配していたオルガス帝国はもう存在しない。貴族もいない。これで皇族や貴族の女子供を殺せば兵を集める旗頭がいなくなる。そうなれば統率された獣人たちが、あっという間にこの大陸を支配できるだろう。アホでもできる引き算だな。



俺はクグツという虎獣人のもとへと、魔王の持っていた大剣である魔剣ヴェルムを肩に担いで歩いていった。

俺が近づくと狼と鼠獣人と手下たちは腰を抜かし、その場で尻もちをつきながら後ろへと下がろうとした。

クグツはというと、全身を震わせ怯えながらもギリギリ立っていた。


『影縛り』


「あひっ! な、なんですかこれは! 」


「うっ……動けない……ゆ、勇者様お許しを! お、俺は止めたんです! 」


「黙れ! 帝国から解放してもらった恩を仇で返しやがって。俺の留守中に反乱を起こしたんだ。生きていられるなんて思ってないよな? そうだろ? クグツ? 」


「あ……お、俺は獣王国の復興のため……に……」


「獣王国復興のためなら恩人に牙を剥くと? お前人族より卑劣じゃねえか」


「くっ……て、帝国の奴らは……な、長年俺たちを苦しめたんだ……そ、そいつらを生かしておくなんて……お、俺たちには復讐をする権利がある……ゆ、勇者様には感謝してる……だ、だがこれは俺たち獣人の問題だ……お、俺たちはこのムーアン大陸に獣王国を再び建国し人族を滅ぼす。帝国に殺された家族や仲間の無念を晴らすためにやらなきゃなんねえんだ」


「だったらゼルムたちが勇光軍として戦っていた時に、なんで今まで合流しなかった? 強制労働エリアで反旗を翻さなかった? 」


コイツらの先祖はゼルムたちのように、帝国からムーアン大陸からアトラン大陸に逃げなかった。そして戦わずに帝国の奴隷となる身分を受け入れた。それはそれでいい。誰だって死にたくはない。同胞が戦っていることを知っても勇気を出せなかったのもいい。戦う意思のある奴だけ戦えばいいんだ。

しかしだ。その戦わない選択をした側の奴らが、今さら権利だの復讐だのとなにを言ってんだ?


「き、機を伺っていたんだ。反乱を起こすタイミングを……」


「ふざけたことぬかしてんじゃねえ! 」


「ヒッ! 」


「機を伺ってただ? 以蔵たちがお前らの働かされている複数の施設に行った時は、そんな準備も計画の存在すら無かったと聞いてる! 願望を聞いてんじゃねえんだよ! 具体的に動いていたかどうかだ! 動いてねえだろ! 俺たちがリンデールを滅ぼし帝国と戦わなければ! 武器をお前たちに供与しなければ戦うことすらしなかっただろうが! そんな奴が獣王国を復興する? 死んでいった者たちの無念を晴らす? それを言っていいのは長年他種族と共に、絶望的な戦いをしてきた者たちだけだ! 何もしてこなかったお前たちが言っていい言葉じゃねえんだよ! 」


「お……俺たちも戦った! 死者も出している! じゅ、獣王国は俺が復興する! あ、あんた勇者なんだろ! 俺たちを助けてくれる存在なんだろ! だったら俺たちの自立を邪魔しないでくれよ! 」


「言いたいことはそれだけか? 俺が勇者? 残念だったな。勇者稼業は2代目に譲って今は光魔王を名乗ってんだ。サキュバスがいたのに気付かなかったのか? 周りを見ろ。オークにオーガ、吸血鬼にデビル。コイツらはみんな俺の配下だ」


俺は開き直ったクグツに周囲を確認させた。

国境から連れてきた魔族たちは既に展開を終えており、反乱軍を完全に包囲していた。


「なっ!? な……なぜ魔物が……光魔王? 魔王!? ゆ、勇者様じゃない? 」


クグツは側面から背後と見渡し、座り込み怯える反乱軍の者たちの頭越しに魔物たちの姿を確認し驚愕していた。


以蔵たちからコイツらには勇光軍のことしか話してない。魔物がいると言って怯えられても困るしな。

そしてこの帝都に着いた時も、少数のサキュバスとダークエルフに獣人しかいなかった。

だから俺が魔王をやってることを知らなかったんだろう。


クグツの言葉と表情を見て、地に押さえ付けられている狼と鼠獣人と手下たちは顔面蒼白だ。

甘い……甘過ぎるんだよお前らは。


「さて、俺の号令一つでお前たちは皆殺しになる。コイツらは5万で国境で待ち構えていた20万の帝国軍を蹂躙した者たちだ。その魔銃より強力な兵器を相手にな。ランク無しのお前らなんか瞬殺だろうな」


「うっ……お、俺はあんたに刃向かうつもりはない……こ、ここで起こったことは仲間を以蔵さんに殺されたことで……」


「あーもういいもういい。ビビって他人のせいにして逃げようとしてんじゃねえよ。何を言おうが首謀者のお前とその取り巻きが反乱を起こした事実は消えねえんだよ。おいっ! 鼠! お前俺がここに来なかったらこの後どうするつもりだった? 言ってみろ! 」


俺は完全にビビって尻尾を文字通り巻き、震えながら以蔵に責任転嫁しようとするクグツを見限った。

そしてその後ろで影縛りにより地面に押さえ付けられていた鼠獣人に問いただした。


「ヒッ! わ、私は暴動を治めようと苦心して……」


『隷属』


「あがっ! ぐぁぁぁ! うぐっ……ハァハァ……な、なにを今……」


「隷属の魔法だよ。お前が嘘つきだってのがわかったからな。いいか? これは警告だ。正直に答えなきゃ地獄の苦しみを味わったあとに魂が消滅するぞ? もう一度聞く。俺がここに来なかったらどうするつもりだった? 」


鼠は予想通り嘘で誤魔化そうとしていたので、俺は隷属の魔法をすかさず掛けて再度問いただした。


「なっ!? そ、そんな魔法聞いたことが……で、ですから私は暴動を……うぎゃあぁぁ! アガッ! グッ……」


俺の忠告を信じられなかった鼠は、また息を吐くように嘘を言おうとした。しかしその瞬間、隷属の魔法の効果で魂を絞められ胸を押さえて悶絶した。


「馬鹿が……正直に話さないと死ぬと言ったはずだ。ランク無しじゃ耐えられてもあと1回だな。まあお前が死んだら隣で失禁している狼に掛けるからいい」


「うぐっ……ハァハァハァ……ご、ごだえまず……て、帝城に入る時にゼルム殿をこ、殺し……クグツを獣王に……帝城の財宝を回収して……帝国軍の武器と装備も……各地にまだいる獣人たちをまとめ……ゆ、勇者様が戻られた時に獣王国復興の宣言をして認めてもらう計画……でした……獣人が20万もいれば……勇者様も認めてくれるだろうと……」


「なにもわかってねえなお前ら。ゼルムを殺した時点でお前たちは皆殺しだ。なんちゅうヌルい計画だ……お前俺を舐めすぎだろ。いや、勇者って看板がそう思わせるのか……勇者は奴隷だしな」


俺は余りにも穴だらけの計画に呆れていた。

俺が舐められたというよりも、勇者が無償で奉仕する存在かなにかだと伝わってるんだろう。

自分たちを助けて当然の存在だと。20万も獣人がいれば無下にはできないだろうと。


「ぜ、全部話しました……この魔法を……と、解いて……ください」


「ん? ああ。ご苦労さん。ならもう死ね! 『冥界の黒炎』」


「「へっ? ぎゃあぁぁぁ! 」」


俺は用済みとなった鼠と狼獣人へ冥界の黒炎を放ち一瞬で消し炭にした。


「「「「「 ………… 」」」」」


《 シルフィ 》


《 ええ。シルフ、コウの声を…… 》


俺はとうとう腰を抜かし声も出ないクグツとその配手下たちを見下ろし、上空へと飛翔した。

そしてシルフィに俺の声をここにいる反乱軍全てに届けるよう頼んだ。


『聞け! 俺たちにより帝国から救われたにもかかわらず牙を剥いた屑ども! 恩を仇で返し反乱を起こすような奴らは俺は必要としない! そんな奴らはヴェール大陸にはいらない! そして俺の配下の獣人の名誉のためもお前たちをこの大陸で野放しにもしない! つまりは全員ここで死んでもらう! 魔族を従えた俺に刃向かったことを悔やみながらドラゴンのブレスに焼かれて死ね! 』


《 ヴオオォ! 》


《 ルオォォォン! 》


俺が魔剣を掲げそう言ったところでヴリトラとドーラが俺の両隣にやってきて滞空し、広場を囲む反乱軍を睥睨しながら咆哮した。いや、ヴリトラだけ目線がドーラを向いているが……


反乱軍はもともと戦意喪失していたところで俺の処刑宣告を聞き、そしてドラゴン二頭による咆哮で完全に恐慌状態に陥った。

頭を抱え地に頭をつけひたすら怯え震えている者。

パニックになり這いずりながら逃げようとしてオーガに蹴り戻される者。


誰一人として魔銃を手にして刃向かうことも、逃げるために戦おうとする者もいなかった。


こりゃこんなことは不義理だとクグツたちに文句を言う奴がいないわけだ。

こいつらには自分の意思がない。というか長年帝国の奴隷でいたことで、誰かに従うのが当たり前だとすり込まれているんだろう。


家畜だな。牙を抜かれた獣のなんたる情けないことか……


もしもゼルムたちがドラゴンに囲まれたなら、幾人かで決死隊を組み仲間を逃すために戦っただろう。

これが自分たちの力で先祖代々戦ってきた者とそうでない者の差。

人族に抵抗した者と飼われた者の差。


俺はそんな反乱軍の情けなさを見て、脅すのもこれくらいにしてそろそろ話をまとめることにした。


『 だが俺も元勇者だ。お前らの先祖には俺と一緒に戦い、このムーアン大陸を魔王軍から取り戻した戦士たちもいるだろう。よってその勇敢なる戦士たちの末裔であるお前らにも、戦い生き残るチャンスをやろう。俺の配下である勇光軍の獣人部隊と戦え! こっちは千人にしてやる。しかも武器は木剣だけだ。お前たちは2万でいい。そしてその魔銃を使わせてやる。戦力差20倍だ。しかもお前らが勝てたならこの大陸での独立を認めてやろう。戦うか、ここで戦わずに死ぬか選べ! 』


俺がそう言うとこれまで震えていた者たちが一斉に顔を上げた。その中にはクグツもおり、その目には力がこもっていた。まあ選択肢は無いようなもんだしな。それに千対2万なら余裕で勝てる気がしたんだろう。二千いたここの獣人に牙を剥いたくらいだしな。


《 ……た、戦う! お、俺が獣人を率いる!か、勝てば本当に独立を認めてくれるんだよな? こ、殺したりしないよな? 》


『 俺はお前たちと違い約束は守る! 光魔王軍よ命令だ! コイツらがゼルムたちに勝てば一切手出しをするな!手を出せばドラゴンの餌にする! いいな! 』


》》》


俺がそう宣言すると、反乱軍を包囲していた魔族や魔物が一斉に跪きこうべを垂れた。

それを見たクグツほか反乱軍たちは、俺の言葉が本当だと信じたようだ。

急に元気になったクグツとその手下の号令で魔銃を手に立ち上がり始めた。


『場所はこの帝都から2キロ北の草原だ。3時間後に戦闘を開始する。逃げようとする者は殺すからな? 無駄なことはするなよ? 』


俺はそう言ってバガスとサタールム、アジムに反乱軍の監視と移動中も包囲するように心話で伝えた。

そして帝城の前に降り、ゼルムに声を掛けた。


「ゼルム。クグツとその取り巻きは確実に殺せ。そのほかは骨を二、三本目折る程度にしとけ。後方に家族がいるからな。獣人らしく力で従えてみせろ」


「勇者様すまねえ……気を遣ってもらって……多くの同胞を殺さないでいてくれたのは本当にありがてえ……しっかりヤキを入れて二度と逆らわないように躾けてやる」


「罰は必要だ。2年は家族と離し労働させろ。2年を過ぎたら過去のことは水に流せ。差別はまあ……極力ないようにしろ」


「わかった! 本来なら不義理を働いた上に反乱を起こしたんだ。殺されても文句は言えねえ。開墾作業でもやらせるさ。差別はそうだな……次の世代には持ち越させねえようにはする」


ここに来るまでに多くの獣人たちを奴隷から解放した。その数は既に40万はいる。

俺たちに奴隷を解放してもらって恩に感じてる奴らの方が圧倒的に多い。そんな中に恩を仇で返したコイツらが合流すれば、そいつらからの風当たりが強くなるのは仕方ないか。


ゼルムとしても、当事者以外の家族が巻き添えにならないようにするのが精一杯かもな。

恩を仇で返した代償は一生掛けて払うことになりそうだな。不義理なんて働くからだ、馬鹿者どもが。


俺はゼルムと別れ、以蔵を労ったあとに紫音とリムたちを連れてドーラの背のテントで皆で昼食を食べた。

恋人たちは何分で決着が着くか皆で予想をして楽しそうに話していた。


なんたってランク無しとBランクの戦いだ。魔銃があろうが戦いにはならないだろう。

これはゼルムを獣王と認めさせるためのイベントだからな。この戦いのことは獣人たちにあっという間に広がるだろう。ヴェール大陸から非戦闘員の獣人たちを呼ぶのもいいな。


俺はなかなか良いタイミングで反乱を起こしてくれたなと、クグツたちに逆に感謝の念すら湧いてきていた。ヴェール大陸に移住して、俺がこの世界からいなくなった後じゃ大量の死人が出ただろう。

死んだ狼と鼠の愚かさとクグツの頭の悪さには感謝だな。




※※※※※※※※


作者より


次話から一気に話が進みます。そしての次のお話がエピローグとなります。



今作の次に連載する作品の投稿開始しました。

内容的になろうは完全アウトなのでとりあえずカクヨムだけです。


「世界を救えなかった勇者の世界を救う物語」


キャッチコピー


魔物に敗れ異世界を救えなかった勇者が、ハーフエルフの恋人と日本に戻ってきたら地球がエイリアンに侵略を受けていた。


【異世界帰りの勇者と、爆乳クールビューティヒロインが織りなす世界を救う物語】

【地球の地下には文明が存在する!? 】【地下世界の助けを借りてエイリアンと戦う地球国家】【ハーレムを作れるのは最初の恋人次第!? 】【パワードスーツで戦う人類の中で主人公とヒロインだけが生身! 】


こちらもよろしくお願いします。

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