第8話 BRAVE 後編
「いやぁ佐藤さん、気を使わせてしまい申し訳ない。孫がどうしても観たいと言うのでな。いやははは」
「はぁ〜、まあいいです。そのうち招待するつもりでしたから。でも官房長官は知ってるんですか? 官房長官もお孫さん可愛がってましたよね? 」
「ん? あ、ああ。知ってるとも。もちろん話してあります」
絶対嘘だな。これは官房長官もそのうち来そうだ。
「……そうですか。それではこちらの入口からどうぞ」
俺は総理と総理の奥さんに地方議員でもある息子さんと、その奥さんに6歳の男の子のお孫さんをVIPルームへと誘導した。
それにしても一族全員で来たのかよ。一般人はチケットが取れなくて不満を抱えてるのに、マスコミにバラされたら職権濫用だとか野党に叩かれるぞ?
「おじいちゃん、ほんもののまものがいるってほんとなの? 」
「ああ、本当だよ。一番良い席で観れるからね。いい子にしてるんだよ? 」
「うん! いい子にしてる! 」
くっ……相変わらずかわいい子だな。
チッ、今回はマスコミに俺が家族全員で来てくれと言ったってことにしてやるよ。孫に免じてな。
俺がVIPルームに総理一家を誘導すると、既に応援の探索者たちによって連れてこられた防衛省の制服組とその秘書と、第一ダンジョン攻略連隊長の飯田二佐に警察庁長官とその取り巻きと秘書たちがVIPルームでくつろいでいた。
冒険者連合からも谷垣理事長を呼んでいるが、彼は今回招待した冒険者たちの控室にいる。普段コミュニケーションを取る機会がないから、この機会を利用して色々話をしたいそうだ。さすが現場に寄り添う冒険者連合理事長だなと思ったよ。
総理がVIPルームに入ると全員が立ち上がり敬礼をしたが、総理はプライベートなのでと皆に楽にするように言って全員を座らせていた。
そんな中、俺は連隊長のところへ言って挨拶をした。
「飯田さんご無沙汰してます。その後奥さんとは仲良くしてますか? 」
「いや〜佐藤さんご無沙汰してます。ははは、おかげさまで夫婦仲は良好ですよ」
「それは良かったです。あとで追加分をお渡ししますね。今日はよろしくお願いします」
「いやははは、助かります。玉田もそろそろと言ってましたので私から渡しておきます」
「ええ、前回より少し強めのを作りましたので楽しみにしておいてください」
「おお、それは楽しみですな」
俺は連隊長と握手をしながらボソボソといつもの挨拶をした。うん、俺の作った精力剤の話だ。
周囲の人たちは不思議そうな顔をして俺たちを見ているけどいいんだ。ここには女性もいるし大きな声では言えないからな。
それにしても……防衛省に警察庁のやつらめ美人の秘書を連れてきやがって……さっきから俺をニコニコと見ている2人の制服美女。イイ……制服姿ってのがまたそそる。
結界を張ってすぐに出ようと思ったけど、やっぱり警護は必要だよな。少し付いててやるか。
俺は政治力に長けた各省庁の幹部たちの罠にまんまとハマるのだった。
いや別に命は取られないし!
それから俺は美人秘書たちを連れてラウンジのドリンクバーの使い方を教えたり、コーヒーをいれるその後ろ姿を眺めたりしていた。
たまんないなあのお尻……沖田に頼めばこの制服も用意してもらえるだろうか?
そして開幕20分前になり、ダークエルフが開幕の挨拶をする飯田二佐を迎えにきた。
俺は飯田二佐にお願いしますと言って見送り、秘書の子たちを連れてグラウンドが見える窓際に移動するのだった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
『谷垣理事長ありがとうございました。以上でBRAVEの開幕式を終了致します』
グラウンドでは開幕の挨拶を終えた飯田二佐と谷垣理事長が、ホームベースのある場所に設置した台座から降りて退場していくところだった。
そしてグラウンドに人がいなくなるとグラウンドを照らす照明が一気に落とされ、コロシアム全体が薄暗くなった。観客席ではいったい何が起こったのかと皆がざわついていた。
次にグラウンドのあちこちでスモークが上空へ向けて勢いよく噴射し、紫色のライトがそれを照らした。
スモークはグラウンド上にも充満するように流され、薄暗いコロシアム内を異様な雰囲気にしていった。
するとコロシアムのあちこちに設置してある大型モニターに、角と牙を生やし変装した半蔵が現れた。
『ククククク……愚かな人間どもよ、魔王城へようこそ。私は魔王軍十二魔将の一人、ハンゾーだ。ここに捕らえた三万五千人の人間を助けたくば私の配下と戦い勝ってみせよ』
半蔵はそう言って画面から消えた。そしてグラウンドには白い照明にライトアップされた6人の男女が現れた。
『これより捕らえられた皆さんを救出するために戦う勇者たちをご紹介します。まずはAランク冒険者パーティ『竜滅の剣』のリーダーで大剣使いである高杉 真一さん。彼は福岡上級ダンジョンで下層へ到達し、地竜と飛竜の討伐に成功。そして昨年の桜島奪還作戦の指揮を執り、多くの飛竜を討伐。さらには友人でもあるLight mareの佐藤さんと共に見事に桜島のドラゴンを撃退しました。そして昨年の暮れに発生した上海の大氾濫でも活躍し、デスナイト5体の討伐とリッチの討伐にも成功。現在日本でLight mareに次ぐパーティとして活躍しております』
コロシアム内に高杉を紹介するアナウンスが流れるとともに、大型モニターに高杉の全身写真とプロフィールが映し出された。そして紹介を受けた高杉はめちゃくちゃ恥ずかしそうにして、一歩前に出て観客席に向かって一礼した。その瞬間観客席からは大歓声と拍手が沸き起こった。冒険者学園の生徒たちなんて立ち上がって拍手していて、大興奮だ。
しかし高杉には事前に言っておいたけど、これは恥ずかしい。しかも少し内容を盛っているしな。俺だったら絶対あそこに立ちたくないわ。
『次に副リーダーの魔導師 坂本 涼子さん。彼女はパーティの火力担当として…………』
こういった感じで次々とパーティメンバーが紹介され、その輝かしい戦績とプロフィールが紹介される度に観客席から惜しみない拍手が沸き起こった。
高杉たちはめちゃくちゃ恥ずかしそうだけど、その顔はどこか誇らしげだ。弓使いの唯は泣いてるよ。
報われたな。今まで人知れず戦ってきたお前らが、こうして多くの人に称えられて俺は嬉しいよ。
『あっ! 魔物がこちらへ向かってくるようです! 勇者様! どうか私たちをお救いください! 』
このKSTテレビのアナウンサーの女性なかなかいいな。
当初は本物の魔物が出るからレイにやらせようかと畑中プロデューサーが言っていたんだけど、アナウンサー部の人から是非やらせて欲しいと要望があったみたいなんだよな。それでじゃあやらせてみるかってなったんだけど、1週間前にここで練習していた時に魔物を見て言葉に詰まったらしいんだ。そりゃそうだ。普通は生では目にすることはないからな。それから彼女はレイに色々相談したらしい。レイからその後乗り越えたと聞いたんだけど、短期間によく乗り越えられたなと思ったよ。プロ根性だな。
アナウンサーの声に高杉たちはそれぞれの武器を構え隊形を組んだ。その淀みない動きに観客席からは感心する声が聞こえてきた。
そして審判役のダークエルフの朱雀がグラウンド中央に現れた後に、外野席の下のゲートが開いてそこから10体のハイオーガが飛び出してきた。
《 げっ! 佐藤さんオーガじゃなくてBランクのハイオーガかよ! しかも10体とか聞いてないぞ! 》
《 きゃー! 多いわよ! ワンランク弱いオーガと聞いて安心してたのに! これじゃあランクが下がってもDじゃなくてCじゃない! やっぱり佐藤さんは甘くなかったわ……『竜巻刃』 》
《 とりあえずいつも通り弓で牽制するわ! 全世界に放映されてるのよ! 家族も見てるの! 》
《 おいおい……佐藤さん容赦ねえな。しかも殺したらダメとかマジかよ…… 》
《 これはCランクになったとしても、上位種ですから通常のオーガより強いですね。全力で行きますよ……『氷壁』 》
《 マジで逃げてえ……ハァ〜、俺が撹乱するから各個撃破で頼むぞ 》
ん? なんか動揺しているな。オーガって事前に言ってあったんだけどな。ハイオーガも似たようなもんだし問題ないだろう。高杉たちならなんとか勝てるさ。
グラウンドでは後衛が魔法と弓で牽制し、足止めしたところを高杉ほか前衛二人で斬り伏せていった。盗賊職の加藤はグラウンド中を駆け回りハイオーガを牽制している。
いい連携だ。学園の子供たちも食い入るように見ている。一般の観客たちは本物の戦闘と飛び散る血しぶきと血の匂いに声も出ないようだ。何人か気分が悪くなった人が警備員に連れ出されているな。
チケット購入の際に注意事項にしつこく書いておいたが、やっぱり実際に見るとこうなる人もいるよな。
だが、これが探索者や冒険者たちの日常だ。魔物がダンジョンから溢れ出ないように、国民を守るために命を懸けて戦っている者たちの姿なんだ。
壁に囲まれたダンジョンの中では毎日こういう光景が繰り返されている。お前たちが享受している平和は探索者と冒険者たちの命によって維持されているんだ。だからしっかりとその目に焼き付けてから帰ってくれ。
『 ハ、ハイオーガ6体撃破! 残り4体です! 勇者様頑張って! 』
《 が、頑張れ! 竜滅の剣頑張れ! 》
《 高杉さんがんばってー! 》
《 こ、これが冒険者と魔物の戦い……動画とは全然違う……》
《 ああ! 盗賊の人が捕まった! 危ない! 》
《 おおー! 風の刃がオーガの腕を切断して助けた! 》
《 こ、こんなギリギリの戦い……凄い…… 》
《 凄いぞ竜滅の剣! 頑張れあと2体だ! 》
当初高杉たちの戦いのリアルさに声を失っていた観客席が、にわかに騒がしくなってきた。高杉たちが本気で命を懸けて戦っているのが伝わったんだろう。ハイオーガには本気で戦えと命令してあるからな。
現に高杉は一度5mほど吹っ飛ばされてヘルムを壊され流血している。すかさず水魔法と回復魔法を使えるイケメン天草が、回復魔法で止血をしたから大事には至らなかったが、あのままだったら危なかっただろう。
そういう本気の戦いに観客も黙っていられなくなったんだろうな。あちこちから竜滅の剣コールが鳴り響いている。
《 ぐっ……これで最後だ! オラァ! 》
《 グガァァァ! 》
《 それまで! 戦闘不能を確認! 回収班! 》
高杉が最後の一体を斬り伏せると、審判の朱雀が止めに入りゲートで待機していた50名ほどの回収班を呼び、倒れているハイオーガを回収していった。なんとか生きているみたいだから、ポーションで回復させればまた使えるな。このハイオーガはこれからこうして戦闘経験を積んでいけばどんどん手強くなりそうだ。
次に使う時は6体でも良さそうだな。
『ハイオーガ討伐! ありがとうございます勇者様! 皆さん勇者様に盛大な拍手をお願いします! 』
パチパチパチ
《 うおおおおお! 》
《 凄かった! 凄い戦いだった! 》
《 よかった! 来てよかった! 》
《 ありがとう! 日本を守ってくれていてくれてありがとう! 》
《 かっこいい! ぼくもぼうけんしゃになる! 》
高杉たちは肩で息をしながらも、観客席からの歓声に手を振って応えていた。
戦闘時間は40分か……まあ2日で10戦やるつもりだからこんなもんかな。2戦やって休憩だから23時までには終わるだろう。
高杉たちが退場すると、グラウンドはまた暗くなりモニターに半蔵が映し出された。
『ククククク……そこそこできるようだな。次は数を増やすとしよう。果たして生き残れるかな? 』
『 皆さん大丈夫です! 新たな勇者様を召喚致しました! 次の勇者様はAランクパーティ『ファイヤーダンサーズ』の皆さんです! 』
半蔵がモニターから消えると新たなパーティがグラウンドに現れた。彼女たちは魔導師が4人もいる超攻撃型パーティだ。6人全員が女性で前衛はリーダーの剣士と大楯を持つ女性だけだ。
彼女たちは上海の氾濫の時に派手に暴れていた。普段は大阪の駅型上級ダンジョン下層に挑んでいて、もうすぐ最下層に到達するほどの実力の持ち主たちだ。
普段は男勝りな口調の彼女たちも、プロフィールを紹介されると顔を真っ赤にして照れているようだ。最初プロフィールを映し出すと言った時は、全員に年齢を絶対に伏せてくださいねって詰め寄られたっけ。そんな失礼なことしないのに。
まあリーダーは30過ぎだし、他のメンバーも20代後半だから気にするお年頃なのかもな。4人の魔導師なんて老化が遅いからみんな20歳にしか見えないし、結構綺麗な子が多いのにな。リーダーと盾職にはピチピチュの実でも一つやろうかね?
『魔物が来ました! こ、これは!? 10……いえ20体の反応があります! 勇者様気を付けて! 』
メンバーの紹介が終わったタイミングで魔物の接近がアナウンスされ、ゲートがゆっくりと開いた。
そしてそこから隊列を組んで出てきたのはオークキング率いるオークの群れだった。これには一部の男性が大興奮しているようだ。横に座って見ている美人秘書も、まあっ!って驚いている。どうやら知ってるようだ。
《 おおおおお! 女騎士にオークキターーーーー! 》
《 佐藤さん…… 》
《 まぢ? 》
《 女だらけのパーティにオークをあてるとか……》
《 これはわざと捕まって『くっ殺せ! 』ってやるべき? 》
《 なに言ってんのよ! こんな大観衆とテレビの前で剥かれろっての!? 》
《 興奮してきた…… 》
《 えっ!? 何に!? 》
誤解のないように言っておくが、今回の魔物の対戦カードを組んだのは朱雀だからな? 俺は高杉があたるカードしか聞いてないからあとは知らないんだよ。ちなみに朱雀はドSだ。
ん? その朱雀がマイクを持って何か喋る気だ。
《 どうした? ファイヤーダンサーズは弱体化したオークに剥かれる程度の実力なのか? 棄権するか? 》
《 なっ!? あたしたちが棄権? オーク如きに? 笑わせんじゃないよ! 数が多くても弱体化したオーク程度瞬殺してやるよ! みんな! オークキングはあたしがやる! あとは任せたよ! 》
《 一体もここを通さないから安心して 》
《 任せた! なら燃やし尽くしてやるわ! 》
《 先ずは間引くよ! 》
《《 灼熱の炎に灼かれ踊れ! 炎槍 ! 》》
朱雀に煽られた彼女たちは一気に戦闘態勢に入り、魔導師4人が一人5本の炎槍を頭上に出現させオークの群れに放った。
20本の炎の槍はその半分がカーブを描き、前衛と中衛のオークに突き刺さり燃やし尽くしていった。
あーあ……4体は消滅したな。明らかにオーバーキルなんだけど……まあオークの魔石ならいいか。
俺は次は半蔵にもっと耐久力のある魔物を出すように言おうと心に決め、彼女たちの戦いを見守った。
4人の火魔法使いの魔法によりオークは次々と殲滅され、最後に残ったオークキングは少しだけ粘ったがリーダーによって斬り伏せられその場に倒れた。トドメを刺そうと剣を振りかぶったところで朱雀の制止が入り、そこでやっと彼女は殺したらいけないルールを思い出したようで『ヤベッ』て顔を浮かべていた。
まあいいさ。これくらいは想定の範囲内だ。しかし戦いは10分もしないうちに終わっちゃったな。観客席は派手な魔法に大興奮しているからいいけど、もっと白熱した戦いが見たかったな。この辺は半蔵と相談だな。
それから回収班によってオークたちはゲートの奥に回収されていき、観客の拍手を受けてファイヤーダンサーズは退場していった。
『 連戦により勇者様は装備の点検のため一時撤退いたしました。それではここで1時間の休憩を挟みます。場内のお手洗いは混雑いたしますので、コロシアムの外に設置してありますお手洗いもご利用ください』
「いや〜佐藤さん! 昔を思い出しますなー! 私も久々にダンジョンに挑戦したくなりましたよ! 」
「総理がダンジョン潜ったら駄目でしょ。ほら、奥さんが睨んでますよ?」
「あ……いや、冗談だよ。冗談。はははは」
方舟の総理といいこの世界の総理といい、戦いたがる国のトップってなんなんだ? 自分の地位をわかってないのかね? そういえば米国の大統領も戦ってたな。
トップが変わるとうちもまためんどくさくなるから、軽率な発言はやめて欲しいんですけどね!
それから休憩の後に戦いは再開され、残りの3パーティも予定通り出すことができた。
トロール三体にゴーレム10体、最後に地竜まで出して会場は大盛り上がりだった。
総理のお孫さんも喜んでくれて、冒険者になる! ってずっと言っていた。まあ血筋的に探索者を少しやって政治家コースだろう。地方議員の父親もDランクみたいだし。
こうしてBRAVEの初日は大盛況で終わった。
俺は半蔵たちスタッフを労い、よく戦った魔物たちにも上等な肉を配ってやった。
そして消耗した魔物を補充してから、恋人たちと社員たちについでに学園の生徒たちを連れゲートで横浜へと帰ったのだった。
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