第16話 絶望
―― 正統オーストラリア共和国 首都シドニー リッチー・エドモンド・ホワイト大統領 ――
「防衛長官! いったいどうなっているというのだ! ダーリントン基地を魔物が襲撃してきたと思えば、Light mareが現れてそれを一掃したのではなかったのか? つまり我々の味方のはずだ! それがなぜロットネスト島基地を攻撃しているのだ! 司令官には徹底抗戦の命令はしたんだろうな! 」
「それがダーリントン基地とは音信不通でなんとも……ロットネスト島基地司令には援軍が到着するまで基地を死守せよと命令をしました。しかしダーリントン基地救援のために先行させた艦隊は、パース市の港で既にLight mareに拿捕されたと先ほど通信がありました。至急追加の援軍が必要です」
「何を勝手に援軍に行かせようなどとしてるのだ! しかも拿捕されただと!? 追加の艦隊など出せるわけがないだろう! 首都の防衛が手薄になってしまうではないか! クイーンズランドの反逆者どもが攻めてきたらどうするのだこの無能が! もういい! 外務長官! アメリカ艦隊への援軍の要請はどうなっているのだ! 空母艦隊が既にパース市にいるはずだろう! とっととロットネスト島の援軍に行かせろ! 」
このままではマズイ……正直我が国の軍でどうにかなる相手ではない。ドラゴンが9頭にグリフォンが5頭に水竜までいるなど、こんなものどうしろと言うのだ。そんなところへ艦隊を援軍に出すなど全滅しにいくようなものだ。アメリカ以外対応できるわけがない。
そう、魔法弾頭を配備しているアメリカしかドラゴンに対抗することは不可能だろう。あの弾頭はワイバーンを撃ち落としていた。あれがあればドラゴンを追い返しロットネスト島を防衛できるはずだ。
「そ、それがあの……米軍からは援軍の要請を断れられました」
「なっ!? 断られたただと! なぜだ! あの島はアメリカにとっても大事な島のはずだ! あの島を敵対勢力に奪われれば、パース市からあらゆる物資を持ち出すことができんのだぞ! ぼ、冒険者連合はなんと言っているのだ! 冒険者が勝手に他国の島を攻撃しているのだぞ! 抗議して止めさせろ! 」
「それが冒険者連合は、今回のLight mareの行動は正当な理由があるため関与はしないと。その……どうやら魔誘香を目的外使用したことが知られてしまっているようです。恐らく製作者であるLight mareが我が国に報復しているのではないかと……」
「ば、馬鹿な……そ、そんな証拠などないはずだ! 冒険者の暴走だと再度抗議しろ! 世界の平和を乱す冒険者は冒険者連合が責任を持って討伐するのが義務だと伝えろ! 」
そんなはずはない……証拠などあるわけがない。それに目的外使用だと? 確かに魔誘香を購入する際に、ダンジョンの攻略及び街の防衛以外での使用を禁止しているとは聞いた。だがそんなものは銃を防衛以外に撃つなと言っているのと同じだ。どこの世界に銃を防衛のみで使う国があるというのだ。
魔誘香も同じだ。製造者の保身の為に防衛以外には使うなと言っているだけに決まってるではないか。戦争で使われた時に、世界から非難されないよう禁止していると言っているだけだ。
現に南部鉱床から魔物を追い払うために使った時は、魔誘香の輸出を止められニホンとアメリカを怒らせたが物理的な報復など無かった。しばらくすればニホンもアメリカを通して再度魔誘香を手に入れることも可能だったはずだ。
「大統領、無駄かと思われます。Light mareのリーダーであるミスター・サトウは冒険者連合の創始者の一人です。我々がどう抗議しようが冒険者連合は動かないと思われます」
「そ、創始者だと!? な、ならどうしろと言うのだ! このままロットネスト島を奪われるのを黙って見ていろと言うのか! そ、そうだ! ニホン政府に抗議はしたのか? Light mareはニホンで会社を経営して住んでいるのだろう? 政治家に圧力を掛けさせろ! レアメタルが手に入らなくなって一番困るのはニホンだ。ニホンにLight mareを止めさせろ! 」
「それは一番最初に抗議しました。ですが解答を保留されている状態です。こんなことは初めてです。ニホン政府もどうも様子がおかしく、我が国から距離を置こうとしているようにも思えます」
「大統領、援軍を断られたのもそうですが、米軍も我々から急に距離を置いているような気がします。やはり戦争に魔誘香を使ったのはまずかったのではないかと……」
何を今更コイツらは言っているのだ! 魔誘香を使うことにはここにいる長官たちも賛成し、来週にはクイーンズランドのダーリントン基地へ2回目の襲撃をする予定だったではないか!
それにしてもアメリカとニホンともあろう大国が、たかだか
まさかLight mareとはそれほどの存在なのか? ニホンの産業にとって生命線であるレアメタルの供給が断たれるのかもしれないのだぞ? それでもLight mareにを抑えようとしないなど考えられん……
なぜこれほど国が気を使うのだ。いくら強いとはいえ所詮は一個人だ。ドラゴンがいようとも、自分が住む国に逆らうはずがない。個人は国には勝てないのだ。それは歴史が証明している。過去どれほど強い英雄も国に疎んじられ、そして逆らいその命を絶たれている。
弱腰な……あの大氾濫を生き抜いたニホンもこの40年で腑抜けたか。
このままでは私は失脚してしまう。メルボルンを掌握している最大野党が虎視眈々と政権交代を狙っているこの時期に、ロットネスト島を失うなどという失態は犯すことなどできないのだ。
プルルルル
プルルルル
「はい、会議室です……はい、お待ちください。 大統領、アメリカ大統領からホットラインが繋がっております」
「ポーカー大統領からだと!? これは丁度いい。私が話をつけてやる。お前たちはもう下がれ! 」
「はい、失礼します」
「失礼します」
どうやらアメリカ大統領まで話が上がったようだな。しかしホットラインを使って連絡しくるとは、ロットネスト島を失うのはアメリカにとって相当痛いということだな。
さすがのLight mareもアメリカを敵には回すまい。アメリカを敵に回すということは世界の半分を敵に回すということだからな。
しかしこの緊急時に、ドラゴンに臆して我が国の要請を断った艦隊の司令官を更迭するよう抗議はしなければなるまい。
私はアメリカ大統領から連絡があったことに安堵し受話器を取った。
「お待たせいたしましたポーカー大統領。なにぶん緊急事態でバタバタしておりまして」
《 いや、構わんさ。だが忙しいだろうから手短に話すとしよう。我が合衆国は貴国との国交を断絶しパース市と国交を結ぶことにした。長年友好国としてお互いに繁栄してきたが、このような結果となり残念だよホワイト大統領 》
「は? なっ!? そ、それはどういうことですか? 旧大オーストラリア連邦から続く我が国と断交し、よりにもよってパース市などと国交を結ぶなどあまりに突然ではありませんか? いったい我が国が合衆国になにをしたというのですか? 」
ど、どういうことだ? 断交? 我が国と合衆国が? そんなことになったらクイーンズランド都市連合とソヴェートにあっという間に滅ぼされてしまうではないか!
いったい何故だ! アメリカとはうまくやってきたはずだ。アメリカの製品も大量に買っている。いや、むしろアメリカからの輸入がなければ食糧難に陥るほどに依存している。アメリカにとっても付き合って損のない国のはずだ。
それにあのパース市と国交を結ぶ? あの奴隷どもになぜアメリカが加担するのだ?
《 わからんか? 確か南部の鉱床を貴国が手に入れた時に私は、二度と魔誘香を目的外で使うなと言ったはずだが? あの時に貴国が使用したおかげで我が国も輸出を一時止められてしまったのを忘れたとは言わせんぞ? 》
「そ、それは……しかしその分の賠償はさせて頂きました。それを蒸し返して断交などとはあまりにも酷い仕打ちではないですか? 」
《 ホワイト大統領。私を見くびるのもいい加減にしろ。クイーンズランド都市連合のダーリントン基地を魔誘香を使って攻撃したことを、私が知らないとでも思っているのか? だとしたら君は合衆国を舐めすぎだ 》
ぐっ……まさかアメリカにも知られているとは……我が国の防報組織はいったいなにをしているのだ!
まずい……ここはなんとしてもとり成さなければ……確かアメリカは旧式の戦闘機を売りたがっていたな。ロットネスト島とシドニー沖の離島以外に配備できる場所が無く、正直いらないのだが仕方ない。この際言い値で買うしかあるまい。
「う……そ、その件は相談なく行ったことは大変申し訳なく思っております。しかしあの基地が無くなればダーリントンは我々で占有することができるのです。これは両国にとって利益のあることです。つ、つきましては先日の戦闘機の……」
《 いい加減にしろ! 》
「ヒッ!? 」
《 どうやら現状の深刻さを全く理解できていないようだ。ダーリントン鉱床などどうでもいいのだ。いや、今となってはオーストラリア大陸ですらどうでもよくなった。君たちのおかげでやっと関係を修復することができたLight mareに、我が合衆国がまた敵認定されるところだったのだ。貴国は既に合衆国にとって害以外なにものでも無い存在となった。だから断交することにした。それだけだ 》
「Lig……Light mareと敵対しないために我が国と? そ、そんな! たかだか一冒険者でニホンの一企業相手に合衆国が? 我が国よりもこの膨大な資源が眠るオーストラリア大陸よりも、Light mareと敵対しないことの方が重要だということですか! 」
馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 狂ってる! 一国よりも大陸よりも冒険者を選ぶなど狂ってるとしか思えん!アメリカがその気になれば、いくらドラゴンがいようとも冒険者如きに負けるはずがない。アメリカだぞ? この超大国アメリカがなぜこんなに弱気なのだ?
《 君は盛大な勘違いをしているようだ。合衆国を過大評価、いやLight mareを過小評価し過ぎているな。長年友好関係を築いてきたよしみだ、最後に教えてやろう。まずLight mareのペットのドラゴンだが、我が合衆国の全魔法弾頭付きのミサイルを使い、Aランクの者たちでレイドを組みやっと一頭倒せるかどうかだ。ニホンなら3頭はいけるかもしれんがな。そしてそのドラゴンに有効な魔法弾頭を作れるのは世界でただニ人、Light mareのリーダーであるミスター・サトウとその最愛の恋人であるミス・ランだけだ 》
「なっ!? そ、そんな……そ、それほどの力を!? 」
《 ああ、勘違いをまたしないように付け足しておくが、ドラゴンなどよりミスター・サトウとミス・ランの方が圧倒的に強い。当然だ。ドラゴンより弱い者がドラゴンを従わせることなどできはしないからな。彼はたった一人でこの世界を滅ぼすことができる力を持っている。そういう存在を貴国とクイーンズランド都市連合は敵に回したのだ 》
「ひ、一人で世界を!? と、とても信じられません……個人が国家を、世界を滅ぼすことができるなど……」
《信じられないなら信じなくていい。だがソヴェートは彼を怒らせ滅ぼされるところだった。我が国はLight mareとは敵対しない。幸いミスター・サトウには野心がないうえに交渉ができる。彼とその周囲にいる者たちに危害を加えなければこの世界の敵とはならない。いや、この魔物に満ちた世界では彼は世界の希望とも言える。貴国はそのような存在を敵に回したことをもっと自覚するのだな 》
「そ、そんな……我が国はこれからどうすれば……ど、どうか和解の仲介を! あれほど合衆国には尽くしてきたではありませんか! 」
《 それはできない。Light mareが作成した魔道具を悪用した者はその報復を受ける。まずは報復を受けることだな。その上で君が生き残っていたのなら貴国の国民のために仲介をしよう。まあ彼のことだから無闇に民間人には危害を加えないとは思うがな。私が貴国に忠告できるとしたら、国民の被害を最小限にしたいのであれば抵抗をしないことというだけだ。安心しろ、クイーンズランド都市連合も彼を怒らせたから滅ぶだろう。今後オーストラリア大陸はLight mareが支援しているパース市が国際的な窓口となる。我が国はそれに追従するだけだ。最後に貴国へ投資した物は資材以外は回収させてもらう。貴国の港からも我が国とニホン国の商船は撤退する。これが我が国からの報復だと思ってくれて構わない。それではもう二度と話すことはないだろう。さよならだ……」
「だ、大統領! ポーカー大統領! 」
なんということだ……私はあの世界最強の合衆国が尻尾を巻いて逃げ出すほどの存在を敵にしてしまったというのか?
ど、どうすれば……と、とにかくあの口ぶりでは、いまロットネスト島を攻撃しているLight mareは次に我が国に来るのは確実だ。ぼ、防衛の準備を至急させねば! しかし勝てるのか? いや、勝たなければこの国は滅ぶ……
と、とにかく軍の手配を……
そして翌日、ニホンからも断交の連絡があり我が国の海外資産を全て凍結され、国内の金融市場も壊滅した。
急ぎこれまで貯蓄していたドルを担保に食糧を調達するべく中華広東共和国と台湾、南アメリカに中東諸国へと掛け合っていたその時、我が国に絶望を与える悪魔の軍団が現れたのだった。
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