狐な彼女

あらや

序章 あめときつね

「やめてーーー!」

 山道に少女の声が響き渡る。

「子供は置いていけ!」

 両親は男二人に車で連れ去られていった。

 力いっぱい追いかけるが、幼き少女は成す術もなく見失った。

 そのうち、道がなくなり山の中を彷徨(さまよ)い続けた。

 眠気、空腹は限界を超え、少女は意識を失い山道で倒れこんでしまった。


 それから数日後・・・。

 山の天気は急変する。

 先ほどまで晴天だったが、雨の降りしきる中、男は家路を急いでいた。

「降るなんて聞いてないぞ。」

 このままでは身体が冷えて動けなくなってしまう。

 男は一秒でも早く着くために少々危険だが近道である獣道を進むことにした。

「獣か?とことん運がないな。」

 十分くらい進んだだろうか・・・。

 進行方向の先に影を見つけた。

 幸いにもまだこちらには気付いていないらしい。

「せっかくの雨だ。小さければ狩ってくか・・・。」

 音も臭いも雨で掻き消され好都合であった。

 頭の位置を確認し背後と思われる方向へ回り、姿勢を低くして忍び寄る。

 徐々に大きくなる影。

 不意に雷が落ちて山中が照らされた。

 露わになる影の正体・・・。

「人!?」

 急いで男は駆け寄った!

「おい、大丈夫か。」

 身体揺さぶりながら声をかけた。

 少し変わった少女は雨に打たれて冷たくなっていた。

 反応がない。唇も真っ青で呼吸も途絶え途絶えだった。

「くそっ!!」

 男は着ていたコートを脱ぎ、少女を包みこむと抱きかかえて家へと急いだ。


 息を切らしながらも、男はやっと家にたどり着いた。

 少女の体温はさらに下がっているようだった。

 乾いたタオルに包み変えて暖炉前のソファーに横にさせた。

「よかった。まだ(火は)ついてる」

 男は薪を焚(く)べ火を大きくしていく。

「何かあったかな。というより何を食べるんだろう・・・。」

 そう、連れてきた少女は狐の耳と尻尾が生えていたのだった。

 台所へ向かい冷蔵庫をのぞいてみる。

「目覚めたてに食べ物もあれか。牛乳にしておくか。」

 男は人肌に温めはじめた。

 その間に少女の濡れた服を着替えさせ、耳と尻尾は丁寧にタオルで水気を取り、暖炉の前で毛という毛を乾かしてあげた。

 じきに呼吸も脈拍も落ち着き血色が戻り少女の顔が穏やかになってきた。

「しまった。床が水浸しだ。(自分も)着替えるか。」

 男は自分も濡れていたことも忘れ介抱に夢中になっていた。


 着替えて戻り、床を拭くと男はソファーに寄りかかりながら一緒に暖(だん)をとった。

 なんとなく少女の頭を撫でたくなった。そんな顔をしていた。

 髪の毛の艶も良く触り心地はとてもよく指を絡め感触を楽しんでいた。

 そのうちに少女の意識が戻り声が漏れる。

「ん・・・」

「お、気づいたな。もう大丈夫だ。」

 少女は男の手をおもいっきり噛むと飛び降りてソファーへ隠れた。

 そして、こちらの様子を伺っている。なにやら酷く怯えているようだった。

「んーー!!」

 男はこんなに痛い思いをしたのは久々だった。声にならない声が部屋に響き渡った。

 救急箱を取りに行き手当をはじめると男は少女に声をかけた。

「落ち着け、とりあえず牛乳でもどうだ。」

 暖炉近くで人肌に温めておいた牛乳をマグカップに移し、灰かき棒を使って少女の前に差しだした。

「飲めるか?」

「・・・」

 少女は口をつけようとしなかった。

 男はなぜ倒れていたのか聞くことにした。

「どうして、山で倒れてたんだい?」

「・・・」

「んー、名前だけでも教えてくれないかな。」

「・・・」

「んー、どうしたものか・・・」

 何度話しかけるも返事は返ってこなかった。

 男は噛み傷の手当てを終えると牛乳を口にした。

 すると、少女は男の顔を見つめはじめ動作の一つ、一つ、飲み込んだ後の様子までを監視するように見つめはじめた。

 ふと男から漏れる小さな声。

「飲みにくいな・・・。」

 自分に差し出されたカップと私の顔を交互に見て様子を伺っているようだった。

「なるほど。大丈夫か確認してるのか。」

 男は灰かき棒で少女の元へ飲みかけのカップ届けると手に取り少しずつ舐めはじめた。

 大丈夫だとわかったのだろう。一息ついて飲み始め飲み干し始めた。

 やっと口を開く少女。

「あたたかい・・・。」

 安心したのか部屋に響く腹の虫の音。

「そっか、それで倒れてたのか。」

 男は戸棚からお菓子を取り出す。

「お菓子でいいか?雨が止んだら送っていくよ。」

 するとビクッとし涙を溢れさせながら話しだした。

「ぱぱ・・・、まま・・・」

 少女からパッとそれは生えた。

 いつの間にか消えていたので男はすっかり忘れていた。

「そうそう、その耳と尻尾って?」

 少女は更にびっくりしてお菓子を落とし、またソファーに隠れてしまった。

「あー、また隠れんでも。」

 少女のか細い声が聞こえてくる。

「嫌・・・。」

 ふと、男は『人に化けて紛れて生活をしている物の怪(もののけ)がいる』という噂を思い出した。

 男は優しく声をかけた。

「話には聞いたことがあるけど、はじめて見たものでね。驚かせてしまったね。」

 なんとなく想像はついていた。

「何があったんだい?」

「・・・」

 少女は沈黙してしまった。

 目線をわざと斜め上に逸らし呟くように話しはじめた。

「喋らなくてもいい。合ってたら首を縦に、違ってたら横に振ってくれ。」

「いいかい?」

 少女は小さく縦に振った。

「まずはじめに御両親は連れさられたんだね。」

 首を縦の振った。

「見世物のためだね・・・」

 首を縦に振った。

「やはりそうか。」

「なぜ君が連れて行かれなかったかわかるかい?」

 横に振った。

「いま出ている耳と尻尾のせいだよ。」

「んー?」

 少女は首を傾げた。

「中途半端なものを見せられてもお客は納得しないだろうからね。だから置いてかれたのさ。」

 異形の者達を見世物にしているサーカスが存在していた。


 ここまで話すと男は難しい顔をした。

「とはいえ、両親を取り返すのは難しいしいな。どこにいるかもわからない。誰にも相談できないしな・・・。」

 男はその昔、興味半分で調べたことがあった。

 しかし、訪れた人の記憶から場所が抜け落ち、急に催されるためか詳細は何も出てこなかった。

「そう・・・。」

 少女は落胆した。

「倒れてたところをみると食べ物にも困っているよね。」

「うん・・・。」

「なら、独り立ちできるようになるまでここにいるといいさ。」

 お腹の空いていた男は再びミルクを口にし、お菓子を口に運ぶ。

 なにもされないと悟った少女は再び一緒にお菓子を食べはじめた。

「さて、これからどうしようか。」

 男は悟られないように俯きながら呟いた。

「ところで、名前と歳は幾つだい?」

「名前?歳?」

「なぜ疑問形なんだ?」

「名前はなくて番号で呼ばれたし、歳っていう概念がないから・・・。ここの時間で数えると十六歳。」

「じゃあ、十六歳ってことで。」

「私は『荒川 秀耶(あらかわ しゅうや)』」

「よろしくな、『惠末(えま)』」

「惠末(えま)?」

 男は話しながら名前を考えていた。

 紙に書きながら説明をはじめる。

「雨(あめ)と狐。雨の日に出会ったからその雨。そして、狐色って表現があるんだけど飴(あめ)色とも表現するんだ。その『あめ』。」

「ローマ字にすると『AME』。福を逆さまにして運を招くようにする習慣があるんだけど、それになぞらえて、逆から読んで『EMA』。」

「惠末なのは。これからの先に惠まれた未来、結末が待ってますようにって意味を込めた。」


「惠末。自分だけの名前・・・。」

 自分で口にした瞬間、無表情だった顔が少しほころんだ。そんな気がした。

「そう、惠末。君だけの名前だよ。」

 これが彼女との出会いだった。

 新たな物語の歯車が噛み合った瞬間であり、これからの運命を左右する出会いでもあった。

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