一狐 変化

荒川 秀耶(あらかわ しゅうや)は相変わらず山で過ごしていた。

彼は元々、街に住んでいた。

移り住んだのには理由があった。街の人付き合いに精魂疲れ果てたからであった。

人との関わりを絶った山奥は静かで彼を落ち着かせた。

しかし、惠末と出会ったことで変化があらわれ関わりが欲しくなっていた。

そんな彼は一人で生きていく術に長けていた。

惠末が一人でも生きていけるように時間をかけて教えた。

三年の歳月をかけて惠末を山へ返えれるよう育てた。

嫌な記憶が残る場所にはいたくないだろうと思ったが、まだうまく変化しきれず耳と尻尾が飛び出している少女のためでもあった。

「狐にも人間の姿にもなりきれずか・・・。」

彼の住むこの場所は神の宿る地、『神地』と言われていて許可を得ず侵入すると謎の死を遂げ『死の山』とも語り継がれており近づく人はいなかった。

そのようなわけで滅多に人は来ないが念のためフード付きパーカーを渡して身を包ませ不測の事態には備えさせていた。

それからというもの少女が進むべき道を迷っている間は極力関わらないように気を付けていた。

少女が人間を恐れたように男も少女の正体は分からずじまいで恐れもあったが、本来あるべき姿でいるべきだ。なにより引き留めて人間の生活を押しつけるのもよくないと思っていた。

たまに惠末が会いに来て同じ時間を共有していることもあるわけだが、自分の道は選ばせてあげたいという気持ちがあった。


それから月日は流れ、秀耶は平穏な日々を過ごしていた。

少女が定期的に訪れてくること以外は・・・。

あいかわらず惠末が遊びにきていて月一回だったのが毎週遊びにくるようになった。

一緒に過ごすうちにどうやら懐かれてしまいこう思うようになっていた。

「恩人、家族、友達・・・、私は(彼女にとって)どんな存在なのかな。」

今では少女から立派な女性に成長し頼もしくなっていた。

だが、相変わらず耳と尻尾は出ていた・・・。

この頃になると彼にも少しずつ変化が表れていた。

そんな惠末が最近楽しみにやっていることがあった。

それは気付かれないように近づき秀耶を驚かせて色々な反応を見て楽しむことであった。

子供のような遊びであったが悪い気はしていなかった。


そんなある日のことである。

「(今日は遅いな、十一時か・・・。)」

秀耶はウトウトしはじめ、ついに寝てしまった。

やっとそこへ惠末がやっと家までやってきた。

こっそりドアに近づき目を瞑(つぶ)った。

ボソッと何かを呟いて中の気配を確認している。

「今日は静かね・・・」


ドアノブに手をかけてそっと回してみた。

この日は鍵がかかっていなかった。

「(不用心ね。おじゃましま~す)」

鍵がかかってなくても訪れる人は滅多にいなく、獣がくるだけなので問題はなかった。

玄関にあがるとソワソワしはじめた。

クローゼットを見つめる。

(うずうず)

薄暗くて狭い場所が好きな惠末は誘われるように半開きのクローゼットへ入っていった。


「(ん、玄関が開いたような・・・?)」

秀耶は物音を聞きこえたような気がして眠い目を擦りながら起きた。

「おーい、誰かいるのか?」

玄関を覗いてみるが誰もいないようだ。

「おかしいな、いま何か入ってきたような・・・?」

少女は半開きのクローゼットの中から静かに覗いていた。

「んー、気のせいだったかな・・・。」

男が部屋に戻ろうとしたその時、勢いよくクローゼットが開いた。

女性は飛び出して指をさしながら元気よく喋りはじめた。

「クローゼットが開いてることくらい気づけ!!」

今度は腰に両手を当てて胸を張り言い放った。

「今週も来てやったぞ!!」

「あ~、やっと来たか。好きだよなクローゼット。落ちつくもんな。」

いつも通り、軽く受け流した。

「うん、うん。なかなかの場所で落ちつく~♪」

頷きながら惠末は答えた。

「ってそうじゃなーい!!」

秀耶は笑ていった。

「こらっ、笑うな!」

「あれだな。今日も(耳と尻尾が)出てるのな(笑)」

笑いながら秀耶は呟いた。

「むーー!!」

惠末は少々拗ね気味に言い放つ。

「ついつい、すまん。」

手を合わせながら謝った。

「でも、いつ見ても不思議だよな。」

一週間ぶりに触れる耳と尻尾はつやつや、ふさふさして触り心地はとてもよかった。

恥ずかしがりながらも大人しくしており、たまに声が漏れる。

「んっ!そこはダメ。」


そこへ至福の時間をぶち壊すかのように男からお腹の音が鳴った。

「そうだ、触ってる場合じゃなかった。なかなか来ないから(お昼を食べないで)寝てしまったんだけか。」

「ならば好都合!!今日はお昼を作りにきたのだ!!」

「え?料理できたっけ?」

疑問をいだく荒川をよそに少女はおもむろに奥の台所へ歩き始めた。

「(台所を)かりるぞ~。」

ガキッ!ガキッ!っと金属音が部屋に響き渡る。

「あー、わるいな(冷蔵庫の)ドア(の鍵)が壊れててな~。」

ついでに言葉を付け足す。

「というか材料を勝手に使おうとするな~、持ってこいよ~。」

「冷蔵庫くらい、な・お・し・と・けーーー!!」

まだ唸りながら思いっきり引っ張っていた。

「やめとけ、けっこう頑丈なやつだからな。」

冬場は特にお腹を空かせた獣が寄ってくるので食料は自分で守らなければいけなかった。

「だめだ、開かない・・・。」

「ちょっと調達してくるのだ!!」

少女は勝手口のドアを開け裏庭に出た。

「少し待ってるのだ!!」

「料理か・・・。何を作る気だったのか?」

「さて、もう一寝入りして待つとするか。」

惠末は山をまるで自分の庭のように走り色々と収穫して回っているようだった。

「この辺は果物が豊富なのよね~」


一時間くらい経ったころであろうか・・・。

せわしなく動きまわる音が聞こえる目がさめる。

惠末が帰ってきていたようだ。

「ごはんだぞ~!!」

声と同時に顔が目の前に現れた。

惠末に手を引っ張られテーブルへ連れていかれた。

「おー、いっぱいあるな!」

「でも、これはデザートで調理もしてないな。」

「うん?水で洗ったよ?」

「料理じゃないぞ。」

秀耶は苦笑する。

「む~、私にとって果物はごちそうなのだ!」

「食べさせてあげるから許せ♪」

お遊びタイムがはじまった。

「いや、恥ずかしいから遠慮しておく。」

「ふふっ。あんな敏感な場所は平気で触るくせに。」

「早く食べろ、おやつになっちゃうぞ。」

すると、惠末は楽しそうに今週の出来事を話しながら食べはじめた。

たまにはだからなのか、惠末だからなのか話しているといつも心地よく、引き込まれ、あっという間に時が流れていった。


食べ終えるといつもの時間の始まりである。

「(部屋に)お邪魔するぞ~。ポカポカするぞ~♪」

ポカポカとは日向ぼっこのことである。

返事をするよりも早く部屋に入った。

「ん~~、ぬくい。」

気持ちよくなってきた惠末は満腹なせいもあり強烈な眠気に襲われた。

「ふぁぁ~、ちょっと横になろうかな。」

「私も一緒に横になるかな。」

おもむろに秀耶が尻尾を抱き抱えるとピチピチと尻尾で顔を叩いてきた。

「こら〜、抱き枕じゃないぞ〜」

「いいじゃないか、減るものじゃないし、抱き心地いいんだもの。」

秀耶は自信満々に言い放った。

言葉では嫌がる素振りは見せるものの、振り払うこともなく大人しくしていた。

ポカポカは眠気を加速させ、いつの間にか二人は眠りに落ちた・・・。


冷んやりとしてきて目が覚めると秀耶一人になっていた。

「おお、尻尾がない・・・。どうりで冷えるわけだ。」

「おーい、まだいるのかー?」

秀耶は叫んでみた。

「なんじゃ~?」

すると惠末の声がすぐに返ってきた。

「あー、風呂場か。」

「さっき、森に入ったから手入れをしててな~。かりてるぞ~。お風呂には入ってないけどな~。」


どうやら、過去に入ったことはあるようだが、身体が軽くなったような気がしてフワフワする感じが苦手らしい。

なにより、全身が濡れることはあの時のことを思い起こさせるらしい。


風呂場のドアが開いていた。

覗くと髪を弄っている最中だった。

「最近、どれが似合っているのかわからなくてな〜。」

「この髪型とかどうだ?好きか?」

鏡の前でツインテールにしたり、ポニーテールにしたり女性らしい悩みに更けていた。

「んー?どれも似合ってるぞ~。」

秀耶はそう言うものの、実はロングストレートがお気に入りで、風になびいている姿が美しかったのは内緒にしていた。


「さて、日も落ちてきたしそろそろ帰るね。」

色々されたし、していたが、『今日こそは言わなきゃ』と思っていたが秀耶には前々から言葉にできなかったことがあった。

惠末は帰ろうと階段を降りはじめた。

秀耶は拳を握り勇気を振り絞って声を発した。

「・・・ってけよ」

柄にもなく緊張してうまく声が出ない。

「ん?なんて?」

やはり、聞こえてなかったらしい。

もう一度、勇気を振り絞った。

「泊まっていきなよ。」

「!?」

今まで言われなかった言葉に少々戸惑う惠末。

「いいの?」

照れくさそうに秀耶は話した。

「なんだ、その、過ごす時間が長くなるにつれて関わり合いが欲しくなるだけじゃなく好きになっていってな・・・。」

それに呼応して狐耳がピクピクと反応している。

「嬉しいことを言ってくれるのぉ~。私の耳は聞き逃さんぞ~。」

「でもな。この気持ちなんだろう。さっきから熱いし嬉しさと恥ずかしさとドキドキが止まらない。」

大事なものを包み込むように両手を胸に当てた。

「これが・・・、その・・・、好きってことなのかな?」

言葉にして自分の気持ちに気付くと顔を真っ赤になり手で覆っていた。

だが、尻尾は激しく振られ気持ちが伝わってくる。

「その尻尾・・・。オッケーってことでいいかな?」

「うん。」

そう言うと秀耶は優しく両手で惠末を包み込み呟く。

「温もり、鼓動・・・。いつぶりかな・・・。」

この日はベットへ一緒に入り、互いの想いを語り合いながら眠りに落ちた。


翌朝、彼女は一足先に起きて顔を洗っていた。

足音に気づくと先に挨拶をしてきた。

「おはよう。」

「ああ、おはよう。」

まだ少し二人とも照れくさかった。

先に彼女が改めて想いを伝えてきた。

「好きになるってこんなに嬉しくて楽しいなんて思わなかった・・・。」

「私も少しずつ前に進めた気がするよ。惠末のおかげだ。ありがとう。」


目が合い二人同時に喋りだす。

「これからもよろしくね」

「これからもよろしくな」

言い終えると二人はクスッと笑い、おはようの口づけをした。

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