鬱とは何か
憂鬱な気分の時が多かったり長かったりすることを鬱(うつ病)と呼んでいるらしい。これは精神的症状を指したものであって、肉体としての脳に起こっていることは患者ごとに異なる可能性がある。セロトニンの放出量が少なすぎるとか、セロトニンの再取り込みが速過ぎるとか、なんか他にも色々あるらしい。薬の吸収率以外にも、この器質的に起こっていることが違うので、どの薬や治療法が効くかは色々試す必要がある。
鬱となった原因を取り除いても、既にストレスに対する感受性が変化していたり、
壊れたものが戻らないように、それだけでは足りない可能性がある。明確な線引きはないが、嫌なことに対して憂鬱な気分になるのは自然な反応なので、原因を取り除いてすぐ気分が晴れるなら病気でないと考えることもできるだろう。病気でないから対処しなくていいと言っているわけではない。
鬱と価値観の切り分けは難しい。価値観には、何に対してどれほどストレスを感じ、あるいは幸福を感じるかといった視点が含まれる。鬱にはストレスの増幅や幸福感の抑制が含まれることが多いので、価値観に影響を及ぼしている。
価値観と哲学的思想の区別も難しい。「どのようにして、良く生きるか」を扱う「生の哲学」と呼ばれるものは、何を「良い」とすべきかを決定しなければ話が進まないだろう。社会全体の幸福、個人の幸福、倫理的正しさなどの基準が考えられるが、その選択は価値観に委ねられるだろう。個人の幸福を良いとした場合にも、何を幸福と感じるかは個人の価値観によって異なる。こうして価値観を多分に含んだ上で、論理的に方法論などを構築することになる。価値観と論理の混合物を哲学と呼ぶのか、価値観を仮定として対象を限定した論理の部分を哲学と呼ぶのかは知らないが、こうした「合理的でない」部分を含むものを「学問としての哲学」に含めることに対する批判も実際あったらしい。
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