輪廻から外されてしまった俺は、死ぬことすらできません

BrokenWing

第1話 スケープゴート

     輪廻から外されてしまった俺は、死ぬことすらできません




         スケープゴート



 俺の名前は近衛新このえ・あらた。22歳。


 格安アパートの3階で、目下、寂しい青春を謳歌している、彼女いない歴=年齢のフリーターだ。

 身寄りもない。両親は、俺が高校を卒業する直前に、旅行中に他界してしまった。

 とはいえ、特に金には困っている訳でもない。それなりに生命保険とかを残してくれていたからだ。

 だが、そんなもの、すぐに底を尽くのは目に見えている。なので、とある大学の政治学科に進学が決まっていたのだが、それは諦め、卒業してすぐにバイトを始めた。


 安定した収入が欲しいので、何度も求人に応募し、面接とかにも行っているのだが、高卒で身寄りもなく、何か突出したスキルもないこの俺を雇ってくれるところなど、そうそうない。せめて、専門学校とかだったら話は違ったのだろうが。



「ん? 中国内陸部で大規模な地震、数十万人が死亡? なんだこれ? 地震にしては被害が酷過ぎないか? いくら人口が多いからと言っても、これはないだろ? 詳細は不明? しかし、気の毒だな。と言っても、俺に何かできる訳でもなし」


 俺が1DKの牙城で、PCでネットのニュースを見ていたら、思わず口から洩れた。

 しかし、我ながら本当に他人事だな。

 だが、正直、俺に出来る事と言っても、せいぜい、これからバイト先に設置されるであろう募金箱に、小銭をチャリンといわせるのが限度だ。


 でも、俺は少し気になって、色々と見てみる。

 しかし、どこも大々的にニュースは報じているのだが、どれも全く同じ内容で、最後に、中国当局の発表とだけ添えてある。


「う~ん、これだけの災害なのに、詳細不明って、おかしくないか? それに、普通なら写真とか添付されるのに、それも無い。しかも、全部中国当局発表ってだけだし。マスコミの限界か?」


 確かにあの国なら、情報統制が敷かれている可能性は高いだろう。

 でも、流石にこれだけの災害なら、普通はもう少し何かありそうなものなのだが?


「まあ、俺には関係ないか。それより、明日もバイトだ。今日は早く寝よう」



 翌朝、起きると、なんか、妙に身体が重い。

 う~ん、昨晩は早く寝たし、理由が思いつかないのだが、風邪でもひいたか?


 机に置いていたスマホが点滅しているので、見ると、緊急メールが入っていた。目をこすりながら内容を確認する。


「ふむ、1週間外に出るな? そんなの無理だろ! しかも、理由が書いてない。なんだこれ?」


 俺は首を傾げながら、今度はネットのニュースを見る。


「げ! これって……」


 そこには、巨大なきのこ雲の映像!


 そう、あれは地震ではなかったのだ!

 記事には、『中国内陸の大都市で核爆発! 詳細は不明。戦争か?! デマに惑わされないで!』と、これだけだ。


「う~ん、外に出るなの意味は分かったけど、原因は何だ? 何処のアホが撃った? 例の独裁国家か?」


 他のニュースも見ようとすると、チャイムが鳴った。

 今はまだ朝の8時。俺のバイトは10時からなので、別に慌てている訳ではないのだが、こんな時間に誰だ? 只でさえ調子が悪そうので、正直鬱陶しい。


「は~い、こんな時間に何ですか?」


 俺は渋々インターホンを取る。


「近衛新さんですね。我々は警察の者です。話がありますので、開けて頂けませんか?」


 え? 警察? 俺は全く身に覚えが無いのだが?

 それとも、この件に関する、地域の見回りと、外出禁止の勧告だろうか?

 ふむ、それなら理解できる。風向きとかにもよるだろうが、放射能物質が日本にも流れてくることは、想像に難くない。


 俺がそんなふうに考えていると、更に声が続き、扉まで叩かれる!


「朝早くからすみませんね。とにかく急ぎます! 至急、我々と一緒に避難してください!」

「あ~、分かりましたから! 今、開けますから!」


 俺が扉を開けると、グレーのスーツ姿の男が二人。菊の紋章の入った手帳を、俺の目の前に振り翳す。


「え? 避難って、理由は分かりますが、何処に? それに、外出禁止でしょ? しかも、何故俺だけ?」


 うん、クエスチョンマークが山盛りだ!


「理由は車の中で話します! あ、申し遅れました。私、公安の西田と申します。そして、こいつは東野です」


 ふむ、西と東ね。分かり易くていい。

 って、そこじゃなかった!


「いや、貴方達が何故、俺だけ避難させるのかが分からないです。俺、そんな大それたことしていませんよ?」


 うん、VIP扱いされるような事など当然していない。また、俺の犯罪歴だって、友人の車に乗ってした、スピード違反くらいなものだ。後は、捕まってはいないが、立ちションくらいなもんだろう。

 車の中でってのも引っかかる。新手の詐欺か? 乗ったら最後、監禁とかされるのかもしれない。


 等と考えると、こいつが振り翳す印籠、もとい、警察手帳が急に色あせて見えてきた。


 うん。なんか分からないけど、関わらないのが正解か?


 俺が扉を閉めようとすると、東野が足をかけて閉めさせない。そして、西田が食い下がってきた。


「待って下さい! 我々は本当に警察の者です! そうですね、理由を説明したら、大人しく同行してくれますか? と言っても、ここでは無理ですね」

「仕方無いですね。狭いですが、上がって下さい」


 俺がそう答えると、西田と名乗った男の方が、部屋に押し入ってくる。東野は扉の外のままだ。何やら、辺りをきょろきょろと見廻している。


 全く迷惑な話だ。なんだってこんな朝っぱらから。


「すみません、そこの椅子にでも座って下さい。何分、彼女も居ない、一人暮らしなもので」


 俺はベッドに腰掛け、PCの置いてある机の椅子を指さす。


「いえ、立ったままでいいです。とにかく急ぎますから」


 う~ん、それじゃ、こっちが落ち着かないのだが。

 しかし、何をそんなに焦っている?

 放射能が来るにしても、喰らった事が無いから分からないが、即死とかのレベルでもあるまい。

 そして、何故俺だけなんだ?


「とにかく、これを見て下さい」


 西田は鞄から、クリアファイルを取り出し、そこから一枚の写真を俺に見せる。


「ん? 何ですか? ニュース番組の写真みたいですが。しかし、この字幕、中国語ですよね?」

「読めなくて当然ですね。その字幕の内容はこうです。『昨日内陸部で起こった核爆発の原因は、テロリストによるのもで、犯人は日本人の、近衛新という男の仕業と判明した』と、書いてあります! 更に、この隅の顔写真、貴方ですよね!」


 げ! 何それ?!

 良く見ると、確かに俺の名前が書いてあり、右上の方に俺の写真が張り付いていやがる!


 しかし、俺、中国なんか行った事も無いぞ?

 そもそも、不可能だろう。

 ふむ、これはあれだな。


「え~っと、それ、確かに俺の名前と顔みたいですけど、ただの同姓同名のよく似た他人では? 俺、中国に行った事もなければ、パスポートすら持っていませんよ? おまけに、中国語も話せません」


 すると、西田は一度うんうんと頷いてから、ファイルから、更にもう一枚の紙を取り出す。

 どうやら文書のようだ。しかし、これも中国語のようで、さっぱりだ。


「良く見て下さい。これが、中国側が昨晩、日本に送り付けて来た文書です。それで、ここです!」


 西田が文書の一部を指でなぞる。


「え? これって、うちの住所じゃないですか! しかも、俺の携帯番号まで!」

「ええ、完全に貴方を特定しています。内容は、核テロリストを引き渡せと」


 ぶはっ!


 しかし、これで俺はようやく理解できた。

 そう、俺は無実の罪を被せられたのだ!


「ですが、俺には核爆弾の知識とかも皆無ですよ? 勘違いにも程がある! すぐに俺の無実は証明されると思いますが?」

「まだ分かっていないようですね。彼等には、そんな事、どうでもいいんですよ。貴方は只のスケープゴートです! 取り敢えずは、日本人がやったことにしておいて、後は時間稼ぎです。そもそも、あの国に核をぶちこむ程、いかれた国はありませんよ! つまり、われわれの見解では、地震が原因の事故ですね。そして、あの爆発の結果、中国は今や各地で暴動です! 向こうは、誰でもいいから犯人が欲しいんですよ。身寄りの無い貴方を指定してきただけ、まだ良心的と言えます」


 ぐはっ!


 これは、日本人がやった事にして、民衆の怒りの矛先を、全て日本に向けさせる意図だ。

 確かに、暴動とかを治めるにはいい案なのかもしれないが、人柱にされた俺はどうなる?

 そして、日本の立場は?


 西田は更に続ける。


「中国では、もはや貴方が犯人です。そのうち、大規模な反日デモも起きるでしょう。ちなみに、日本のネット内でも、貴方はもはや有名人ですね。良識のある人はまだ半信半疑ですが、貴方を殺せという意見も多く、掲示板は荒れ捲っていますね」


 ぐはっ!


 まあ、そうなるわな。

 もし俺がやった事なら、死ねと言われて当然だ。正確に何人死んだかは分からないが、少なくとも、あの写真を見る限り、都市が丸ごと一つ壊滅したのは事実だろう。


「はい。やっと理解できました。それで、俺はこれからどうなるんです? ちなみに、10時からバイトなんですけど」


 あ、バイトどころじゃないか。

 中国人にでも見つかったら、下手したら殺されるかもしれない。

彼らが来た理由は、俺を避難という名目で、保護しに来てくれたのだろう。


「とにかく、我々と一緒に来て下さい。どうなるかは、私にだってわかりませんよ! しかし、ここにこのまま居れば、確実に貴方は危険に晒されます。この茶番に踊らされた人が、ここに押し掛けるかもしれません。マスコミも、そろそろここを嗅ぎつける頃でしょう」

「分かりました。えっと、何を持って行けば?」

「何も必要ありませんよ! 着替えとかもこちらで全て用意します! さあ、急いで!」


 ふむ、もっともだ。


 俺は慌てて、西田の目の前で室内着を脱ぎ捨て、普段着、ジーンズとパーカーに着替える。



 扉を開けると、東野が目の前に立っていて、俺達を後ろ手で制した。

 そして、小声で話す。


「何人か居ます。マスコミではないです。あちらさんのようですね。何があっても、私達から離れないで下さいね!」


 東野は、更にスーツの懐に手を入れる。


 ふむ、それって拳銃か?

 そして、あちらさんって?

 だが、ここは従うしかなさそうだ。俺には分からないが、どうやら、俺を狙っている奴が居るらしい。


 俺は、廊下の手すり越しに下を覗うが、誰も居るようには見えない。

 一台の、シルバーのワゴンタイプの車が止まっているだけだ。

 おそらく、あれが西田達の車だろう。


 俺達は、東野を先頭に、俺が真ん中になり、ボロアパートの廊下をそろそろと進み、下への階段を目指す。


「チッ! 走りますよ! ついてきて下さい!」


 いきなり東野が走り出す!

 俺も走ってついて行く!


 ところが、階段に差し掛かった瞬間、急に東野が止まりやがった!

 慌てて止まろうとするが、これが不味かった! 慣性の法則には逆らえない!

 咄嗟に、前の東野を躱せたのはいいが、そのまま、階段を転げ落ちてしまう!


 必死に側の手すりを掴むが、何と、あっさりと折れてしまった!

 流石は家賃2万のボロアパート!


「ぐっ! はっ!」


 痛い! 痛い! 痛い!


 身体のあちこちを、思いっきり段差にぶつけまくる!

 必死に受け身を取ろうとするが、思うように身体が動かない!

 おまけに、眼前には更なる段差!


 そして、いきなり頭の中に沢山の声が響く!


(ふん! いい気味だ!)

(まだ気が済まないわ!)

(もっと苦しめ!)


 何だ? この悪意の塊のような声は?


「近衛さん!」


 後ろから声がしたのが最期だった。




「仕方ありませんね。以前にも、何度か似たような件がありましたが、今回は違うという事ですね」


 ん? 何だろう?

 頭に声だけが響く。少し高い声だ。女か?

 目を開けようとするが、全く身体が反応しない。


「済まないね~。そう、今回は今までとは少し違うのよ~。彼は無実の、『人間』だからね~。それで、数が多すぎるのよ~。前も大変だったけど、今回も言う事聞かないし、纏めるのに苦労したよ~。あと、彼には耐性をつけておいたけど、これが精一杯だね~」


 今度は野太い男の声。

 何を話し合っているのだろう?

 おそらくだが、『彼』とは、俺の事を指しているはずだ。


「まあ、後は私が何とか押さえます。しかし、耐性までとは流石です。それで、結局、またあの世界ですか?」

「うんうん。なんか、ゴミ捨て場みたいになっちゃっているけど、現状、あそこしかないからね~」

「エンマさん、それを言ってはいけないですね! あそこに生きる命も、立派にリンネの一環として修業しているのです! 確かに、我々の力が及ぶ世界ではありませんが」

「あ~、これは失言だったね~。しかし、ここからだと、見る事しか出来ないのも事実。なので、宜しく頼むよ~」


 何の話だ?

 さっぱり分らん。

 相変わらず目は開かないし、身体も動かない。


 しかし、鍵になりそうな言葉があった。

 女の声は、男の声の奴を、『エンマ』と言っている。そして、リンネという言葉。

 リンネは輪廻か? 

 そして、エンマはひょっとして、閻魔?

 じゃあ、ここは地獄か?


ってことは、俺、死んだの?


「はい、エンマさん。しかし、私にとっては、これは都合がいいかもしれません。あの世界を何とかしたいとは思っていたのです。うまくすれば、何人かくらいは……」

「うんうん。少し引っかかるところもあるけれど、そこは思うようにやってくれていいはずだよ~。但し、分かっているよね~? このケース、本来ならば、僕自ら行きたいのだけど、流石にこう忙しくてはね~」

「はい、後の事はお任せ下さい。必ずや彼の憑き物を浄化し、再び輪廻させてみます。後、日本語が通じる地方にお願いしますね」

「う~ん、本当に大丈夫かな~? でも、なるようになるよね~。うんうん、だったらアベちゃんが行った辺りがいいか~。じゃあ、送るね~」

「はい、お願いします!」


 会話はそこまでだった。


 そして、いきなり身体が動くようになった!

 目を開けると、真っ青な空が広がっていた。

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