にゃんこと旅する異世界転生
あきら
プロローグ
正直、毎日がつまらない。学校では勉強、家に帰っても勉強。毎日、勉強、勉強ばっかり言われて本当に毎日がつまらない。
一年前は全然違った。好きな本を読んで、友達と遊んで、お菓子を作ったり、手芸をしてた。それなのに、急にママが今年から受験勉強のため塾に行きなさいと言い出した。
私は地元の中学校に通いたかったのに、ママもパパも学校の先生も受験したほうがいいなんて言い出して、気づいた時には受験することになっていた。
週に三回の塾は夕方から夜まで勉強で、それ以外の日はきちんと塾の復習と予習をしないと追いつかない。
だから友達とも遊べないし、好きなことは何もする余裕なんてない。気づけば毎日、勉強、勉強。もう本当にこんな毎日はうんざりする。
しかもこれだけ勉強しているのに全国平均で上位に入るのは難しい。受験勉強のために睡眠時間を削って頑張る人もいるみたいだけど、そこまでする意味がわからない。何より楽しくない。
今日の勉強が終わったのもあってベッドに転がると、さきまで出窓にいたネコのきなこがベッドへと上がってくると、私の顔の横に座り込む。
「いいなー、きなこは。毎日がお休みみたいで。私ももっと楽しいことがしたい‘。受験とかない場所に行きたい。もう本当にヤダ」
ネコのきなこにそんなことをボヤいても意味がないことなんて小学六年生になるからわかってる。それでもボヤきたい今がある。
きなこは私が幼稚園の時に拾ってきたネコで、毎日私がご飯をあげるからなのか私が家にいる時は一緒にいることが多い。茶トラでお風呂が大好きな変わったネコだ。
でもお風呂が好きだからいつでもフワフワのモフモフで触り心地がいい。だからつい近くにくると撫でてしまう。
いつものように手を伸ばしてきなこを撫でていれば、途端にきなこの喉元が満足そうにグルグルと鳴りだす。目を細めて満足そうな顔をするきなこに自然と口元を緩めたところで階下から声が聞こえた。
「琴葉、そろそろお風呂に入りなさーい」
「はーい」
返事をしつつきなこの頭をひと撫ですると、きなこから手を離す。
朝起きてから勉強して、学校行って、帰ってきて勉強して、ご飯食べて、勉強して、お風呂に入って寝る。こんな毎日が楽しい訳がない。
「もう、本当に受験なんてないところに行きたい」
ため息混じりに着替えを持って部屋の扉を開ければ、途端に眩い光に目を瞑る。そして目を開けた時には、私は草原の中に立ち尽くしていた。
※ ※ ※
一瞬の出来事に呆然と立ち尽くしていれば、足元にするりと触れるものがありビクリと一歩引いてから足元に視線を向けた。そこにいたのは見慣れたきなこの姿だった。
「琴葉、大丈夫?」
聞きなれない子どもみたいな声に辺りを見回すけど、そこに人影は見当たらない。
「琴葉?」
聞こえてくる声は足元から。怖々と足元に視線を向ければ、そこにいるのはやっぱりきなこだ。
「えっと、きなこ?」
「どうかした?」
「きなこがしゃべった!」
思わず一歩、二歩と下がれば少しだけしょんぼりした顔を見せるきなこがいる。いやネコの表情なんてわからないから、そう見えるだけかもしれない。
「ここの世界なら琴葉とも話せるよ。あたしは元々精霊だから」
「は? 精霊? 私、夢でも見てる?」
「琴葉はきちんと起きてるよ。ついでだから琴葉の夢も叶えてみた」
ただでさえ混乱しているのに混乱に拍車がかかる。そもそもきなこの言う意味が理解できない。
「夢?」
「違う世界に行きたいとか、女の子らしく暮らしたいとか、お姫様になりたいとか」
「ぎゃーっ!!」
そんなのは叶わぬ夢というやつで、小六になってそんなことを本気で夢見ている訳じゃない。俗に言う妄想というやつで、口に出されたら恥ずか死ぬ。
恥ずかしさマックスで思わず耳を塞いで座り込んだところでふと気づく。
足元にふわりと広がったのは幾重にもなるレースの裾。少なくとも私
持っている服にこんなフリフリなものはない。
改めて見ればふわりとしたスカートの上に広がるのは金糸。
「……え?」
怖々と髪に触れてみれば、普段とは違う長さの髪がそこにある。髪の長さどころか普段の黒髪とも違う髪がそこにあり、困惑しながらフワフワとした柔らかい髪を指先で梳いてみる。
でもその指先が普段の丸い指とは違い、細く白い手をしていて困惑を通り越えて軽いパニックだ。
「き、きなこ。なんか色々いつもと違う!」
「うん、だから琴葉はお姫様になったから」
「服だけじゃなくて、髪とか違うし! ……もしかして顔も」
「うん、全然違うよ。少しお姉さんになってるし」
果たして一体どんな顔になったのか気になるところだが、ここには確認できる鏡もない。
アワアワしながら服やら髪やら見て、自分の顔に触れてみる。でも目があって鼻があって口がある。うん、普通に人間でしかなくてその美醜なんてわからない。
葉擦れの音がして振り返れば、そこにいるのはゲームの中でしか見ないような生き物がいた。
「ひっ! き、き、きなこ、なにかきた」
「うん、ゴブリンだね」
「刃物持ってる! こっち見てる!」
「見てるねー」
まるで他人事のようなきなこの言い分に色々と言いたいことはある。でも、ここにいるのは私ときなこだけで、きなこを守れるのは私しかいない。
走って逃げる? こんなフワフワな服で? でも逃げなかったら……。
大陽に照らされた刃物が鈍く光り、その先端についているのは血だ。
いやだ、死にたくない!!
そんな思いと共にきなこに手を伸ばせば、きなこはするりと私の手を躱す。
「きなこ!」
私の前に一歩踏み出したきなこへ手が届かない。恐怖で足腰立たないし、這うようにしてきなこに近づこうと手を地面についた瞬間、辺りが赤く染まった。
数瞬遅れて熱風が吹き付けてきて、思わず手を翳して熱風を避けると一瞬目を瞑る。
風の吹き荒れるような音がすぐに止み、怖々と目を開ければそこにあった筈の何もかもがなくなっていた。
背の高い草花も、そこにいたはずのゴブリンも……。
「…………え?」
「琴葉、終わったよ」
そう声をかけてきたのは一歩先にいるきなこで、呆然と土だけになった場所を見るしかない私にきなこはするりと頭を撫でつけてくる。
改めて手元で喉元を鳴らすきなこを見下ろし、それから目の前の煙が上がる何も無くなった空間を眺める。
「なにこれ怖い……」
私はただ呆然とその一言を呟くことしかできなかった。
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