後悔

九重工

いつもの朝

 トーストの上に乗せたクリームチーズに振りかけられた蜂蜜の繊細な輝きに見とれて、一口パクリと口に入れてみる。それは見た目に反して爽やかに口の中に広がった。よく見てみるとチーズの中に細かくレモンピールが混ざっているのが見えた。トーストの隣に置かれた、俺の体を気遣ったサラダはみずみずしく美味しい。

「今日も美味しいよ。」

「それはよかった。」

 いつもと変わらない短い感謝を伝える。毎朝、ここまで手の込んだ朝食を出す家庭はそう多くないだろう。なぜなら俺が実家に住んでいた頃はこんな手の込んだものは滅多に出なかったし、作ろうとも思わなかった。


 調理師を目指していた彼女は、俺の仕事が忙しく、家事を全く手伝えないであろうことを察して専業主婦になった。彼女の作る料理は全て美味しいし、何より本当に料理が好きなのだと知っている。わかっていても彼女の夢のために自分を変えることができない不甲斐ない俺は、それを時折思い出しては、ひどい自責の念にかられることがある。今がそうだ。俺が彼女に感謝を伝えるとき、彼女は決まって薄く微笑みながら、「よかった」という。本当に彼女はこれでよかったのだろうか。俺と結婚して幸せなのだろうか。




「佐伯ー、今日飲みに行くだろ?」

飲みに誘うことが多い坪野係長は今日も今日とて、居酒屋に飲みに行こうと部下に声をかけている。大声で話す声がこちらにまで聞こえてきた。坪野係長は豪快でざっくばらんな性格で誰にでも気さくに接する人だ。俺もそのさっぱりした性格は嫌いではないのだが、すぐに仕事にかこつけて飲みに誘うのは彼の悪癖だと思っている。そのうち俺のところにも来るだろう。参加すれば確実に21時が過ぎることはわかっている。さらにいうと断ればノリが悪いと言われるし、行きたくもないのに強制参加させられている同期に申し訳ないとも思う。しかし今日は彼女に渡したいものがある。日頃から彼女には迷惑をかけてばかりいることは自分でもよくわかっていた。彼女の幸せを思うなら俺は決断しなければならない。

「すみません坪野係長、今日は外せない用があるので飲み会行けないです。」

「水樹〜ノリ悪いなぁ。まぁ、無理なもんはしょうがねぇか。きーつけて帰んな。」

想像したよりも、あっさりした言葉が返ってきて俺は拍子抜けした。もちろん佐伯には恨めしそうに睨まれたが。




家に帰ると美味しそうな匂いが漂ってきた。

「ただいま。」と言いつつ、リビングに入ると、

彼女はキッチンから顔を覗かせながら、「おかえり。もう少しでできるから。」と言って調理に戻る。俺は上着をハンガーに掛けながら、彼女になんて切り出そうか、という思いが頭の中でグルグルと、永久に答えの出ない問いのように回っていた。あの紙はバックの中で眠っている。俺は机に皿を並べている彼女を振り返ると、勤めて平静を装い、

「ちょっと話したいことがあるんだけど、食べ終わった後に聞いてほしい。」と切り出した。


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