第11話 憑く物、闇に吠える
「あの日は彼がひと足先にお店を出て、私はステージが終わった十一時頃に出ました」
ニュースの映像に映った首から下だけの女性は、加工された声でそう語った。
「N駅の前で待ちあわせてたんですけど、お店を出てすぐ警察から電話があって……そうです、彼が通り魔に襲われたって」
声を変えてあるにも関わらず、私は口調から女性が京子・アンダーソンであることをすぐに察した。通り魔に襲われた彼というのは同居しているナイトクラブのオーナー、佐田賢次のことと思われた。
インタビュー映像はほんの一、二分で終了し、次のトピックに移っていった。私は画面から目を離すと、乱れた思考を整理し始めた。
仮に佐田が襲われたのが偶然ではなく京子絡みだとしたら、やはり他の「人狼」事件同様、聖人と繋がっていることになる。
これまでに得た情報で私が立てた仮説は、こうだ。アメリカ時代、可愛がっていた狼を京子の父親に殺された聖人は、最後の標的として京子を選んだ。京子の同棲相手を含めて三度にわたる「前哨戦」を行ったのは、京子の心理的な恐怖をあおるため――これが私が思いつく「人狼」事件の真相だ。
今、もっとも知りたいのは京子がこれらの事実をどこまで把握しているか、ということだ。自分が狙われていると気づいたら、当然、何がしかの対策を講じたに違いない。
――ケン坊、私に内緒で聖人の足取りを追っているのは、ひょっとすると聖人が最後の標的を襲う前に、自分一人で説得しようと考えているから?
ケヴィンの足取りを追えば追うほど、私は自分のしていることが果たして正しいのかどうか、わからなくなってくるのだった。
※
「すみません、前回お越しいただいた時にはあえて申し上げなかったのですが、おっしゃる通り私は聖人さんが「人狼」ではないかと思っていました」
私をリビングに招じ入れるなり、京子はあたりをはばかるような小声で切りだした。
「なにかそう確信させる出来事があったのですか」
私が尋ねると、京子はきっぱりと頷いた。前回の時にはなかった強い意思表示だった。
「実は、アメリカで父が聖人さんの可愛がっていた狼――ハウラーというのですが――を撃った一週間後、今度は父が狼のような獣に襲われ、命を落としているのです」
「なんですって。……まさか、それって」
「おっしゃりたいことはわかります。当時、周囲の人は口々に、聖人さんが自分の狼を殺された腹いせに別の狼を使って襲わせたに違いないと言いました。もちろん、聖人さん本人は否定していました。が、方々から責め立てられれば否定くらいはするだろうと言う人もいて、恥ずかしながら私も彼のことを百パーセント信じ切ることができずにいました」
「わかります。状況的にはそれが最も自然ですよね。疑いを拭えないのは当たり前です」
「ただ、父が襲われたそもそもの原因、私がハウラーに噛まれたという出来事それ自体が、聖人さんの中でわだかまりとなっていたことは事実なんです」
「……というと?」
「聖人さん、ケヴィンさんと共同生活をしていた頃、私も狼たちやコヨーテを家族同様に思っていました。……ですが父に撃たれた狼、ハウラーはなぜか私に懐かなかったのです。ある日、私はハウラーにちょっとした意地悪をしました。彼の一番のお気に入りである狼に私の存在を誇示したくなったのです。
私はハウラーの子供たちの声を録音し、檻から離れたところで再生したのです。声がどこから聞こえるのかわからないハウラーは狂ったように吠えたてました。しばらくするとさすがに罪悪感を覚え、私はラジカセを止めて聖人に真相を打ち明けました。私は檻の前に連れていかれ「ちゃんとハウラーに謝るんだ」と促されました。
ハウラーが私に噛みついたのはそれから数日後のことでした。ハウラーにしてみれば、ちょっとした「警告」程度のことだったに違いありません。なぜならその時の噛み痕はうっすら血が滲む程度のものだったからです。狼が本気で噛んだらそんな物では済まないことくらい、私にもすぐわかりました。ところがその「警告」を、父は私への「仕返し」と取ったのです。
父を襲った狼は結局、特定されずじまいでしたが、狼の害を恐れる地元のハンター達によってハウラーは撃ち殺されてしまったのです。皆、表向きは誤射を装っていましたが、故意に射殺したことは誰の目にも明らかでした。ハウラーは「人間に牙を剥く凶暴な獣」として狼を恐れる人たちの標的にされたのです」
「つまり「人狼」事件は、一番の「親友」を殺された聖人の復讐だというのですか」
「はい。……でも、必ずしも彼が悪いわけではないのです。私はたとえ一連の事件の犯人が聖人さんだったとしても、彼を憎む気にはなれません」
「それはどうしてです?」
「この話は、ひょっとしたら本気にしていただけないかもしれませんが……聖人さんは、ハウラーの霊に憑りつかれているのです」
「霊ですって?」
私は唐突な展開に目を瞠った。……だが、正直に言えばこの手の話に関しては、彼女が思っているほど抵抗はない。カロンと共に関わった一連の事件には、常にオカルトの匂いが付きまとっていたからだ。私が仮にオカルトアレルギーだったとしても、あれだけ次から次へと「この世ならぬ者」たちの姿を見せつけられては、否応なしに免疫ができようというものだ。
「……頭がおかしいと思われたかもしれませんね」
「いえ、大丈夫です。あなたはその、狼の霊を見たのですか?」
私が尋ねると京子はいいえ、と首を横に振った。
「ハウラーが射殺されてしばらくしたころ、聖人さんの周囲の人たちから最近、彼の様子がおかしいという話を聞くようになったのです。夜、特に満月の夜になると人間の物とは思えない唸り声を上げ、四つん這いになってうろつくことがあると。私はハウラーの無念が、もっとも親しかった聖人さんに憑りついたのだと思いました。そしてきっといつか、ハウラーは私に復讐しに来るだろうと」
長い話を終えると、京子はぐったりとソファーに凭れかかった。私はかける言葉もなく、礼だけを述べて京子のマンションを後にした。彼女と同じ事件を目撃しているケヴィンが、同様のことを考えている可能性は極めて高いといえた。だとしたら、どうするだろうか。
――ケン坊、間違っても「ハウラーの霊」を相手にしようなんてことは、考えないで。
私は立ち止まって空を仰ぎ、雲間にうっすら見える昼の月を祈るような思いで眺めた。
〈第十二話に続く〉
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