第1章 指―1

「鳴海さんが、本を読むことなんてあるんですね」




真代橋署捜査一課のデスクで、ソフトカバーの


本を読んでいた鳴海徹也の背後から、


そう声を掛けたのは、新米の刑事、河合聡史だ。




「オレが本を読んでたら変か?」




鳴海はページに視線を落したまま、無粋に言った。




「いや、そういうわけじゃないんですけど、


 新聞を読んでるとこしか見たことないので」




河合はそう言いながら、鳴海の手にしている


本の表紙をのぞき見た。




その本は、最近地上波のテレビでよく見かける、


若くてイケメンのメンタリストの書いたものだった。


タイトルには『あなたにもわかる!相手の心理』とある。






「鳴海さん、その本、もしかしてユングの娘に


 影響されたんですか?」




河合の声音には、わずかに揶揄するような


色が滲んでいた。




「おい、河合。オレの指のどれかを


 引っ張ってみろ」




鳴海は河合の問いを無視して、チェアをくるりと回すと、


河合聡史へ向き直った。




「なんですか?いきなり?」




「いいから引っ張ってみろ。


 どの指でもいい。一本だけだぞ」




鳴海の言葉は、少し愉快そうだった。




「じゃあ・・・」




河合は鳴海の指を掴んだ。それは親指だった。




「なるほど。お前はオレのことを


 そう思ってるのか」




鳴海は満足そうな笑みを浮かべて言った。




「何なんですか、これ。


 何かの心理テストかなんかですか?」




「ああ。掴んだ指によって、相手が自分のことを


 どう思ってるのかわかる心理テストだ」




「はあ、それで僕が鳴海さんのことを


 どう思っているのか、わかったんですか?」




「説明してやろう。まず相手が同性の場合、


 人差し指を掴んだら好意を示してるんだ。


 中指だったら、友人や同僚、薬指だったら嫌悪の


 感情、小指だったら相手のことに無関心ってわけだ」




「僕が掴んだ親指にはどういう意味があるんです?」




「それはオレを尊敬しているって意味になる」




鳴海はそう言って、再びニンマリとした。




河合聡史は少し不服そうな顔をしながら、


また尋ねた。




「もし、相手が異性・・・女性だったら


 どうなんです?掴んだ指によって意味が


 変わるんですか?」




「ああ。親指だったら嫌われてる。


 人差し指だったら同僚や仕事のパートナー、


 中指は単なる友達。そして薬指だったら


 結婚もありえる相手だ。小指だったら


 理想の恋人を意味する」




「当たるんですか、それ?」




「何だお前、オレを尊敬してないのか?」




「い、いや、そういうわけじゃないですけど・・・」




河合はバツが悪そうに頭を掻いた。




そのタイミングで、捜査一課が急に騒がしくなった。


鳴海も何事かと頭を上げた。




「テツさん、こっちきてよ」




鏑木課長の声が飛んできた。




鳴海は立ち上がり、河合と共に3人の捜査官が、


鏑木課長のデスクを取り囲んだ。




「何か事件ですか?」




捜査官の一人が、そう口にすると、


鏑木課長は少し強張った顔で答えた。




「内神田尾嶋公園で変死体が見つかった。


 鑑識の見立てによると、コロシだということだ」

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