元法務教官 ゴミ(1)

 このたびは『元少女A〜医療少年院で描いた世界〜』を手にとっていただき、ありがとうございます。元少女Aの生活指導を担当していた元法務教官の五味と申します。

 この小説は、彼女が関南医療少年院に入所していた頃、治療の一環として執筆していたものです。入所した当初、元少女Aは両手を怪我していたため、他の収容者らと同様の運動療法や裁縫などの作業療法を行うことができませんでした。

 そのため最初の二ヶ月は、他の収容者が運動や作業をしている時間、心理療法と行動観察を進めておりました。その中で、彼女には以下の特徴がみられました。


 ・家族や友人を信頼したという記憶がない

 ・女子収容者らとのコミュニケーションが薄い

 ・人への関心が弱いようにみえる

 ・感情表現に乏しい一方で、敏感な話題に触れると途端に大声で泣き喚く

 ・教師や同級生から「明るく活発な性格」だと思われるように振舞っていた

 ・人間観察力と分析力に優れている(収容者の罪名や家庭環境を当てるなど)

 ・痩せ型で常に身体が緊張状態にある


 これらの特徴に基づき、元少女Aを“スキゾイドパーソナリティ”と、クレッチマー性格分類の“分裂気質”を併せ持ったタイプ(※1)と見立て、カウンセリングや矯正指導を進めていくこととしました。

 元少女Aは、一見すると感受性が弱いように思われました。生活態度に一切の問題はありませんでしたが、表情の乏しさ、受け答えの当たり障りのなさにしばらくのあいだ、引っかかりを感じておりました。

 彼女が入所して一ヶ月が過ぎた頃、学校での自身の振る舞いにおいて、他者からどう見られていたと思うか質問した際、「学校でも家でも明るいと思われるようにしていました」と返事が返ってきました。それを聞いて私は、感受性の敏感部分(主に不安や恐怖)を隠すために少年院では無表情の仮面を、他者と協調して本来の自身を隠すために学校では明るい性格の仮面をつけていたと判断しました。そういった流れで、上記した気質であると結論づけるにいたりました。

 つまり私は、少女Aは「非社交的で冷酷(少年院での姿)」であると同時に「人への関心は強く共感力も高い(社会生活での姿)」という相反する感受性を併せ持っているタイプだったと判断したわけです。

 こういったタイプは、他者からの理解を得難い反面、文学や芸術によって自身を表現できるケースが多いとされています。彼女は手を怪我していたため、絵画を勧めることはできませんでした。指先の動きを見てタイピングは辛うじて出来そうだと思い、「詩や小説を書いてみたらどうか」と提案すると「やってみます」ということだったので進めました。

 最初のうち、元少女Aは何も書けず、白紙のままプリントアウトして提出するといったことを繰り返しましたが、だんだんに掌編小説のようなものを書けるようになっていきました。といっても、しばらくは起承転結やメッセージ性のようなものは全くなく、空想上の動物たちがただ花畑に向かって歩いていくなどといった、つかみどころのないものばかりを書いていました。それを読んで褒めたり貶したりしてみましたが、彼女は特に反応もせず、淡々と同じようなものばかり書いて提出しておりました。

 ただ、三、四ヶ月続けているうちに、登場人物に命を吹き込んだ作品を書いてくるようになりました。それがこの小説の登場人物“ナツコ”です。

 少女Aに「これは誰かをモデルにして書いたのか」と聞くと、「◯◯さん(女子棟の収容者で万引きの常習者)が大人になったときの姿を想像して書きました」と返事が返ってきました。それから彼女はこう続けました。

「ここに入った人は、大人になってもせいぜいこのぐらいの人生しか歩めないと思います。社会に適合できないから転職を繰り返して、罪を犯さず暮らせるとしても、結局は男に依存するかお酒に依存するか、あるいは逃げるために妊娠して母親になるか──。でも、母親になっても結局駄目なんです。逃げで出産した子供を、しっかり育てるなんてできるわけがありません」

 元少女Aは淡々とした口調でこう話しました。これまで「はい」か「いいえ」、あるいはせいぜい一言二言しか返事を返さなかったので驚きましたが、私は、

「そうですか。じゃあその気持ちをしっかり作品内に表現できるように続きを書いてください。私はナツコが仕事をしている姿を見たいです」

と返事しました。彼女は「はい」と返事し、また続きを執筆しました。途中、介護職がどんなものであるかわからないから調べないと書けそうにないと言ってきたため、図書室内に介護や障害に関する本を数冊足しました。

 二人目の登場人物“レイ”がなぜ東北の言葉を使っているのか聞いたところ「おばあちゃんの家が岩手なので、その喋り方を思い出して書きました」と元少女Aは言いました。また、レイも女子棟の収容者をモデルにして書いたとのことでしたが、私には元少女A自身の深層部分も描かれているように感じられました。そのため、

「これ、あなた自身も投影しているでしょう」

と聞いたところ、元少女Aは一瞬顔を歪ませて「いいえ」と答えました。私が彼女の目をじっと見て「本当に?」と聞くと、彼女はただ小さく首を横に振ったあと、しばらくして涙をポロポロと流し始めました。

 元少女Aはこの回を、実験的に書いたのだろうと思います。自分を投影して教官がそれに気づくかどうか──。おそらく気づかないだろうと思いながら書いたのだと思います。複雑な形での表出ですが、これは試し行動の一種であると判断しました。

 岩手での近所住民の声に妙なリアリティーを感じたため、私は「この近所の人たちは実際にモデルがいるのか」と質問しました。すると元少女Aはしばらく黙ったあと、「すみませんでした」と小声で謝り、「前に幼少期の環境を聞かれたとき、嘘をつきました。本当は七歳まで岩手のおばあちゃんの家に預けられていました」と答えました。これについて私は、彼女が嘘をついていたことはわかっていましたが、それを詰問はせず真に受けたふりをしてカウンセリングを行っていました。

「そうだったんですね。驚きました」

と答えると、彼女は黙ったままにうつむきました。私は、レイの回を読み終えたあと、大袈裟に褒めてみました。すると元少女Aはほんの少し微笑んだように私には見えました。


 次に書きあげたのは“アスミ”というキャラクターでした。これは元少女Aが、学校ないし社会全体に対して抱いていた違和感、嫌悪感、不安、恐怖といった心的状態が強く投影されていると感じました。彼女が起こした所謂「所山市中二女子教師刺殺事件」の真相がここに集約されている、少なくとも私はそう観照しながら読み進めました。

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