貧魂歌
間辺萌子
自由人 カッスー(前)
五月十八日、埼玉県所山市の五叉路で七十九歳の男性が運転する乗用車にはねられ、二十歳の女性が死亡した。男性は事故当時のことについて「女性がいきなり飛び込んできた」と説明した。
警察の調べによると、男性は赤信号を停止せずに侵入し、八十メートル先の横断歩道上を歩く女性をはねた。さらに速度をあげながら左脇の元・フランス料理店の空き店舗に突っ込んで停止した。ブレーキをかけた痕は確認されていない。
この交差点は、過去三年で交通事故が十件以上発生している場所であり、地元の人からは“死の交差点”と呼ばれていた。
十八日から二十日までの三日間、逮捕された男性と死亡した女性、両者ともに実名で報道されていた。しかし、二十一日の報道からは女性の名前が完全に伏せられ、翌二十二日以降、メディアは一切この事故について触れなくなった。
メディアがそれを報じなくなったのは、事故の写真や動画が、フェイスブックやツイッターに拡散されたことにより、女性が六年前の“所山中二女子教師刺殺事件”の犯人“少女A”であるという噂が流れたからだろう。老人が若者を轢き殺したという構図──、それだけだったら報道を続けることに問題はなかったのかもしれないけれど、自体が複雑だと判明して、面倒くさいからお蔵入りにしたってことだろうね。
まあそりゃあ──、テレビ局からしたらやりづらいよね!(爆)
亡くなった人が少女Aかどうかだなんて、真実は定かではないけれど、拡散されている写真を見比べた限り、この噂は本当だろうとボクは思った。だってホクロの位置とか背格好とか、そっくりそのままソレだったもの。ゾッとしたよ、ほんと、マジで。しばらく震えが止まらなかった。ぶるぶるぶる──。
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事故当日、SNSでは女性への同情の声が多かった。多かったというか、そればかりだった。と同時に、容疑者男性が認知症にも関わらず車を運転していたという“可能性”に対して、義憤の念を吐き出す書き込みもすごかった。
“赤信号で突っ込んだくせに女性が飛び込んできたって意味わかんなくね? 二十歳の女の子、人生まだまだこれからだったのに、老害に命を奪われるなんてただただ悲しいし、悔やまれる”
“生産性のない年金生活の呆けた爺が若者を殺しただと? 死ぬならお前が死ねよ。ていうか、まじで老人全員死んでくれ。この世代のクズさは異常”
“なんで認知症なのに免許返納しないの? 家族は何やってんの?”
“亡くなった子、娘と同い年だ。考えたくはないけれど、もし自分の娘が老人に轢き殺されたら私だったらどうするだろう。恐ろしいことだけど私も殺しに行ってしまうと思う。それぐらい腹立たしい事件”
上の四つの引用は、事故当日に書き込まれていたツイッターの引用。かなりバズっていたものをピックアップして並べたよ。
最初はみんなめっちゃ被害者女性に同情していた。そして加害者男性に激怒していた。
だけど今、事故から数日経ったわけだけど、女性への同情の声はSNSからほとんど消えている。もちろん中には、“少女A、これから更生して頑張って生きていくところだっただろうに”とツイートしている人もいたよ。けれど、数時間後に見に行ったらそのつぶやきは削除されていた。なぜかは知らない。でも、とにかく消えていた。
そして今日はこの事故を面白がってSNSに書き込んでいる人ばかりだね。以下の引用は、今日ツイートされたものの中で“いいね”が千件以上ついていたもの。
“極悪殺人鬼を老害が駆除して牢屋とは万々歳では? 一生現役がお望みなら老害は暴走運転で犯罪者やニートを殺すマシンとなれ”
“やば。あの事故の現場のところを通ったら、献花に紛れてカッターナイフが十本ぐらい供えられてる!【画像】”
“◯◯◯◯(少女Aの実名)、死にぞこなえばよかったのに。一生苦しめよ”
“少女Aの家族は引っ越したんじゃないの? なんで本人はまだこの町にいるんだよ。サイコパスかよ。ちなみに写真は少女Aが中学時代まで住んでいた家【画像】”
“少女Aの死に顔を加工したらむっちゃ美人になった!これはヌケる!→【URL】”
ええと、その──、みんな、ひどすぎじゃない?
ボクはこの一週間で、亡くなった女性の命の価値の大暴落を見てしまったよ。報道があってすぐ、彼女の命はまるで高値であり、生きるべき未来あった存在であり、死は悲しく痛ましいものだった。だけど今では、少なくともSNS上の評価では、彼女の命に価値はなく、未来ある存在でもなくなった。
彼女の死は茶化されて、よく死んでくれたと賞賛されて、あるいはもっと苦しんでから死ねばよかったと強烈に難詰されて、しまいには性的な道具にまでされてしまっている。
一方で、ついこの間まで、加害者男性の命は軽視され「死ぬのはお前のほうだろ」といった声が驚くほど多くあがっていた。だけど日が経つにつれ、それについて書き込むツイートは減っていった。もうみんな、加害者のことはどうでもよくなっちゃったんだね。当初の熱量はどこへやら──。
事故の当日、彼こそが死ぬべき存在で、彼らの世代はまるごと死ねみたいな、そんな過激な書き込みがたくさんあった。だけど今、そんなのは消えた。誰も書き込みしなくなったわけじゃないけれど、少なくとも拡散はされなくなったよね。
ボクはこの一週間で、恐ろしいものを見てしまったよ。
もし仮に、これが高齢者同士の事故があったら、どう報道され、国民感情はどういった方向に向かっていただろう。おそらくほとんどの人が怒ったり悲しんだりしないと思う。加害者がどうとか、被害者がどうとか、今回ほどに興味を持たないだろうね。
せいぜい「あちゃー」と思うぐらいか、あるいは「やり合えやり合え」とちょっと茶化される程度かな。もしかしたら実際に事故は起きているけれど、報道すらされていないのかもしれない。だって、そんなの報道したってつまらないから。死にゆくだけの高齢者が未来ある若者を殺した、そういうインパクトが大事なわけでしょ。それでマスコミはバカを釣るわけですな。
老人が「年金二十万円じゃ少なすぎる」と言って炎上とか、「優先席を譲ってほしい」で大炎上とか、最近そんなのばかりでお腹いっぱい。みんな、もっと自由に生きればそんなにイライラせずに済むのにね。お年寄りに対して感情を消耗しすぎだよ。どうせもう十年もすればネットで炎上させんでも、火葬される人たちなんだ。いちいち目くじら立てなくてもいいのにってボクは思う。
あれ? 話がズレちゃった?(まあ、いつものことだけど)
ということで、戻します。ええと──。
そうそう、少女Aね。
たしかに少女Aは──、被害者女性が本当に少女Aだとしたのなら──、殺人の罪を背負っていたわけだ。だけど、更生したと判断された上で少年院から出てきている。それは無罪になったというわけでもなければ、過去が帳消しになったというわけではないけれど──、なんていうのかな。
十四歳の頃に犯した失敗を、事故で亡くなった後にほじくられ、叩かれ、なんなら「死んでよかった」とまで言っていじるのは、ボクはちょっと違うと思いました。
とにかく今日言いたかったのは、「おまえらこわすぎー!」ってこと。それを長々と書いてしまいました。
ということで、そろそろオフ会に出かける時間になりました。もうちょっとちゃんと書こうと思っていたけれど、ボクは自由人だから気が向いたら続きを書くかもしれないよ。書かないかもしれないけれど、どうかしら?
ということで、ホイジャーニー!
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『自由人カッスー☆無職一人暮らしのゆるゆる日記☆』〜五月二十五日更新のブログ〜
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