選ばれなかった社会不適合系ダウナーヒロインのその後っぽい話

KIA

1話

通信制の灯火学院本校はとあるビルの8階に居を構えている。


コンビニ、事務所、牛丼屋、企業のいくつかが一緒くたにされたこの建物は、23区内のとりわけビジネス街と称される地域の駅前にあった。


 芹沢杷瑠(あしざわ はる)はそのことを思い出して深くため息をついた。

本日の講習が終わり、事務所の応接室を無理やり改造して作った講義室から、年齢に統一感のない学院生が次々と退室していく。


 芹沢は長机につっぷしたまま、視線だけで彼らの動向を伺う。


 
(ボクみたいに地方からやってきた学院生はいないのか。)



 彼女がまず思い浮かべたことはそれだった。


芹沢は今まで自宅のあるN県で灯火学院の通信制の授業を受けていた。

毎週送られてくる課題のほかに、パソコンとネットを使用した講義動画を見て授業をうけることもある。


 外に出ることが億劫だと感じている芹沢にとっては灯火学院の授業はピッタリだといえた。


 しかし、学院には授業をうける3年間の間に、毎年2回開催される本校での講義に出席しなければいけなかった。


新学期講習と名づけられたそれは、なんと期間が1週間にも及ぶ。
 

地方在住の生徒専用宿泊施設は用意されていたが、その場所までいくのに山手野線電車に乗り込む必要があった。


現在の時刻は午後6時前。本校から締め出されるのが午後6時半。


このまま電車に乗ってしまえば帰宅ラッシュに巻き込まれてしまう。


芹沢はそれがたまらなく嫌だった。

元々他人が苦手で外出嫌いになった口だというのに、満員電車なんてレベルが高すぎる。


人が押し合いへし合いを繰りかえし、熱気で社内は蒸し暑くなる。


なにより、疲れた顔をしている人々が怖かった。
 げっそりとした表情と虚ろな瞳、威圧的な真っ黒いスーツや抜け殻を思わせる灰色のスーツ、手には世話しなく画面を光らせているスマートフォン。


 どれもこれも攻撃的に見えて仕方がない。



 
かといって帰宅ラッシュが終わるまで電車に乗らず、付近を探索するという選択肢を、芹沢は持ち合わせていない。


外に出たら出たで、本日の仕事を終えた開放感で、高笑いをする中年方と愛想笑いをする若い人が目に付くので単純に行きたくない。


ならこの講義室の窓から見える向かいのマンガ喫茶でお世話になるのはどうか、無理だ。


飲み屋とお水っぽいお店が併設されたペナントビルにあるので入りづらい。


 もしマンガ喫茶ではないフロアの入り口から入ってしまったらどうしようかと不安になってしまうからだ。



 ……この街は正しい。

自分が欠けているだけである。


 
 結局、芹沢はそう答えを出して安堵の宛てもなく動き出した。

講義2日目である昨日も同じようなことを熟考したが、結局意味はなかったからだ。


 彼女は渋々講義室から出て、エレベーターがある廊下まで歩を進める。
 

けれどエレベーターを待たずに彼女はその逆方向にある階段室へのドアノブを握った。

 妙に重い扉を開くと、弱々しい蛍光灯に照らされた階段が現れる。

本来クリーム色であるはずの壁が白光によって白く見える。


 芹沢が一歩を踏み出すと、階上から階下まで足音が響き渡っていくのがわかった。
 

その音は芹沢の気持ちをわずかに穏やかにさせた。


一昨日から昨日まで、この非常階段には誰も着ていない。

ビルの大きさのわりに三つも用意されているエレベーターがあるのだから、わざわざ階段を下りようとする人はいないのも当然だった。


宿泊施設の個部屋を開くのためのカギをポケットから取り出して、階段の手すりにそれを打ち付けると、等間隔のリズムで小気味のよい金属音を奏でた。


音に合わせて階段を下り始める。
 

芹沢には踊り場を仕切りにして階層分に分けられた非常階段が無限に続くもののように思えた。




 しかしその発想は、時代錯誤な折りたたみのケータイから放たれた電子音で、あえなく消えうせた。



「もしもし」



『や、調子はどう? 初めての都内は結構疲れるんじゃない?』



「なんとかやってる。要件は?」




 ケータイの画面には“アキ”とだけ素っ気無く表示されている。




『そこの近くで、ゲーム制作部の皆で飲むの。ハルもどう?』



「いい。ボクは未成年だし」
 


ふと前の方をみると、ビルの3階を示したフォントが大きく描かれているのがわかった。




『部活のメンツがくるだけ。他に誰も来させたりしないし、個室とってあるから、他の客に変に絡まれることも絶対ない』




「ん……」



 
人嫌い、人見知り、それが来ない原因だと決めてかかってくる電話主に、芹沢はわずかな憤りを感じた。


「アキ、」




『皆、会えるのを楽しみにしてるよ。ハルがこっち来るって言ったら、じゃあ色々企画しようって話になって。』




 芹沢は電話口でもわかるように、露骨な溜息をついた。アキと呼ばれた相手もようやく嫌な空気を察してくれたようで、わずかに言葉が留まった。




「人の話を聞いてほしい。

 大体ね、“皆”ってなに? ボクがゲーム制作部に協力したのは、アキがいたからだ。他の奴らのことなんて一切どうでもいい。 

ボクの“皆”にあいつらは含まれない。

……アキだけ」

 


電話口からは僅かな息遣いだけが聞えた。何を切り出すべきか、考えあぐねているようだった。




『でも、ハルのために皆……』




 口火を切ってもアキは不明瞭に言葉を濁す。


 (ああ、もう。いっそこんな社会不適合者なんて切り捨ててくれれば楽なんだけど……。)
 


芹沢の斜に構えた内心が自身に向けてそう呟く。
 

それでもこのアキという人物はそうしない。それが分かってて、自分は幼い気持ちをぶつけてる。


独善的で強引で、頼りにはなる。芹沢にとってはどこまでもいっても“厄介な善人”だ。


芹沢は意識して呼吸した。そして平静さを繕って言った。




「アキは、どう?」



『……?』




(茶番だ。最初からいくと言えばいいのに……)




「…………アキは、来てほしい?」



『あ、当たり前じゃん!あたしが一番そう思ってる!』




 間髪ない返事は、芹沢のケータイが音割れするほどに大きい。
その一言で何もかもが救われた気がした。




「……ん。なら、いく。どこいけばいい?」



 
虚をつかれたアキがしどろもどろに飲み屋の場所を説明していく。


 
しかしながら、正直なところ芹沢は別の理由で、不安で仕方がなかった。


この大きなコンクリートの森で、一軒の飲み屋を探すということが、彼女にはどっかの砂丘から米粒を見つけるくらいの苦行に思えた。


非常階段を降り終え、ビルの一階フロアへ繋ぐ重いドアを開く。




『実を言うと、今近くまで――』「迎えにきてる……」




 開いた隙間から見知った顔が現れた。




「久しぶり、ハル」




 
それを見てホッとする自分も、果てしなく腹立たしい……。
芹沢は笑みを浮かべた。


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