91 ──終わったな
『──グスタフ22世の娘、アドリアンネ・ソフィア・ルイゼの娘たる、わたくしエリン・ソフィア・ルイゼは、宇宙歴四七九年七月二十一日、ベイアトリス王家エストリスセンの家門を相続しました。もって帝政ミュローンの皇位の継承を宣言します──…
……いま
そしてその混乱は、すでに流血を伴う事態をさえ招いている。
この混乱を治め、秩序を回復することが〝ミュローン〟たるわたくしと〝
ミュローン皇帝たるわたくしが、
〝
……これを聞く〝ミュローン〟に
またこれを聞く
ベイアトリスが命じます──〝剣を収めよ〟
そして〝隣人の声を聞き、自らの真実を問うのです〟
わたくしは、真実を求めるその声と眼差しに必ず応え、差し伸べられた手を必ずとることでしょう──』
──ベイアトリス朝ミュローン帝政連合の皇位とアデイン連邦王国の王位を継承し、『エリン2世』となったエリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセンの就任の
エリン2世は七月二十一日に帝都の混乱を収めると、〝自らの声〟をその日のうちに発信していたが、
ここヴィスビュー星系へは、エリン2世が自ら送り出した〝
7月24日 1025時
【
艦橋の大型スクリーンの中で、〝新皇帝〟『エリン2世』が語っていた。
その映像の隣──スクリーンの半面には、
ポントゥス・トール・アルテアンの言うところの〝庶流の女〟──エリン・エストリスセンは〝
二つの映像を並べてみていた
だがアルテアン少将はその視線に気付くと、至って冷静に応えてみせた。
「〝剣を収めよ〟…… 〝隣人の声を聞き、自らの真実を問へ〟とは…──また随分と〝かわいらしい〟ことを言うものだ……そうじゃないか?」 アルテアン少将はあらためてヴィケーン大佐を見て訊いた。「──卿はどう思う?」
そんなアルテアン少将の冷静な様子に、ヴィケーン大佐はいよいよ慎重になって応える。
「一切の作戦行動を停止し母港へ戻るべきかと…──参謀本部より、すべての作戦行動の停止命令も一緒に届いております……」
自らの旗艦艦長のその言に、アルテアン少将は薄く笑って言った。
「……正気かね? 艦長」
「…………」
慎重な面差しのヴィケーン大佐を揶揄するように言う。
「
アルテアンの言っていることの意味は理解できた。しかし、すでに『国軍』は王党派が掌握し、青色艦隊の将兵はアルテアンの私兵ではない。
「しかし、大命は下されたのです。この上は…──」
アルテアンは重いヴィケーンの言葉尻を遮った。
「──随分と時間は掛かったが、ミュローンの〝二十一家〟は割れた。『
「…………」
ヴィケーンは、そのときになってようやく理解した。
彼は〝この状況〟を想定していた、というのだ。やや旧式化しているとはいえ3隻の主力艦が帝国の中枢から離れ〝反ベイアトリス派〟の手の中にある。
アルテアンのみならず〝反ベイアトリス派〟の諸家もまた、今回の〝この状況〟に際し同じように振舞うだろう…──アルテアンの目を見て、ヴィケーンにはそう思えた
アルテアンは、そんなヴィケーンの眼前で麾下の全艦へと回線を繋いだ。
「こちら旗艦〈ヘクトル〉……青色艦隊少将ポントゥス・アルテアンより命令を伝える──艦隊はこれよりスルプスカ星系へと帰投する。以上だ」
それでヴィケーンの直観は確信に変わった。
なるほど、スルプスカ星系は強引な併合から日が浅く基地化されたそこには『国軍』の戦力が集中している。〈ヘクトル〉もまた
表情に色を失ったヴィケーンに向き直ったアルテアンが言う。
「──スルプスカで他家と戦力を糾合し〝捲土重来〟を期すぞ、艦長」
事ここに至れば一蓮托生という訳であった。ヴィケーンは黙って肯いた。
* * *
ポントゥス・トール・アルテアン指揮下の『回廊北分遣隊』のうちの──〈セティス〉〈トリトン〉〈ヴィーザル〉を除いた──5隻の航宙艦がベイアトリス参謀本部の指揮統制を離脱し、スルプスカ星系を目指すこととなった。
この後、各地の〝反ベイアトリス派〟の艦隊から同様の動きが起こり、スルプスカ星系を中心にミュローン連合構成星系の約五分の二が反旗を翻し、新皇帝『エリン2世』のベイアトリスと対峙することとなる……。
7月24日 1350時
【H.M.S.カシハラ 装載艇/
ベイアトリス王立宇宙軍勅任艦長宙佐タカユキ・ツナミ以下〝
「…………」
〈カシハラ〉副長ユウ・ミシマは、スクリーンの中の
周囲では〈カシハラ〉の
そんな中でミシマが黙ってスクリーンに見入っていると、横から艦長のツナミが声を掛けてきた。
「──終わったな」
視線を上げたミシマに、こちらもまた新皇帝の
「…いや、これからだよ……」 そのミシマの声は呟くようだった。「──彼女にとっても、
覚悟を内に秘めたような寂しげな横顔の表情は、映像の中の新皇帝からも見て取れた。
なるほど、二人はよく似ているのだな……。
今更ながらそう思うツナミは、ミシマの使った〝気になる言い回し〟について、いまは敢えて考えないことにし、
装載艇はレーザ回線によってリンケージした〈カシハラ〉を遠隔操艦できるようユウイチ・マシバ技術長によって改造がなされ、航宙軍から──故障・遺棄した1基をハッキングしたという体裁で──提供された
……とは言え、航宙軍籍〈アカシ〉の同盟領宙への侵入を果たす直前まで、ミュローン艦隊の砲撃を受け続けた〈カシハラ〉がリンケージを維持し続けたことは奇跡と言えた。
とまれ奇跡に助けられながらも『エリン2世』より預かった〝
* * *
その後〈カシハラ〉の
ビダル・クストディオ・ララ=ゴドィ勅任艦長宙佐の指揮する〝
その航宙の間、タカユキ・ツナミ、ユウ・ミシマ、イツキ・ハヤミの幹部三名は、かつての術科教官であったカイ・コオロキ第1特務艦隊司令から〝絞られた〟らしいが、ベイアトリス王立宇宙軍の勅任艦長に対する礼儀を考えれば流石にそれは風聞の域を出ない。
──が、皇帝の名代たる首席侍従武官シホ・アマハ上席宙尉がもたらした『エリン2世』の親書により、航宙軍を離脱した〈カシハラ〉の
その首席侍従武官シホ・アマハ上席宙尉であるが、〈カシハラ〉の幹部
〈カシハラ〉は目的地と定めた〈アカシ〉の領宙において、クサカ1佐指揮する航宙軍護衛艦〈コウヅ〉の臨検を受け、その後、派遣基地護衛隊によって軌道
至る所を焼かれ破孔の生じた艦体はすでに航宙船舶としての機能を失っていたが、巡航艦としての優美さをどこか留めていた。
六月六日の〝あの日〟、いまだ皇女の身であったエリンが逃げ込んで来て、正規
ツナミら候補生を〝育てた〟
だがその強運の艦も、最後はその運と候補生らの〝意地と
それは誰にもわからないことだ──。
ただ、この艦と共に旅した7週間を、生涯、記憶に留める者は居るわけだった。
だから彼女は幸せだったのだと、この旅を艦長として共にしたタカユキ・ツナミは、そう思うのである。
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