76 貴官は楽観的だな
七月八日──
事前に
四日後──
折よく利用可能な相対位置にあった惑星〈小コーダルト〉の近傍を
小コーダルトに向け〈カシハラ〉は、イェルタ星系で受信した、
同時に、幾つかの情報──
〝エリン皇女は
〝既に星系同盟との共闘の模索に失敗した〟
〝いや、皇女はやはり王党派との接触を望んでいる〟
等…──も〝欺瞞〟のために発信している。
それら〝玉石混交〟の情報は先ずコーダルトの
やがてこの後、〝エリン皇女殿下の座乗艦〟〝
7月14日 2100時
【H.M.S.カシハラ/ 艦橋】
艦橋の天井に吊られたメインスクリーンには
ツナミはそのプロット──
副長のユウ・ミシマ上席宙尉を中心に練り込んだ『基本行動計画』では、ヴィスビューに於いて〈カシハラ〉が目指すのは
〈アカシ〉は、十三年前の〈第五次回廊事変〉に際し、
経済力を背景とした〝オオヤシマの政治・外交〟が『国軍』による接収を
「いよいよだな……」
スクリーンを見上げるツナミに、航宙長の席からイツキ・ハヤミ宙尉が言った。「──航宙軍は、ホントに〈トラカル〉から
星系同盟航宙軍最大の航宙戦力の拠点は、自由回廊の南側──カロリナ星系トラカル泊地に在る。
星系同盟の有力勢力であるシング=ポラス星系の邦議会議員であるフレデリック・クレークの話では、星系同盟は航宙軍を『国軍』の指揮下に委ねることはせず、国防委員長直属の特務艦隊を編成し〈カシハラ〉と接触する道を選んだという──。
そして議員は〝特務艦隊はヴィスビューを目指すハズだ〟との
「
確証はない。だがツナミとしては〝そうあって欲しい〟と期待はしている。
そんな、気負いなく応じることのできるツナミを、イツキは頼もしそうに見遣って言った。
「さすが。〝
「──だから、それは〝不敬〟だぞ」
そのイツキの軽口を窘めたのは、
ミシマはそう言うとそれ以上は何を言うでもなく、チラと艦橋の別のスクリーンを見遣る。そこにはコーダルトのメディアが〝エリン皇女殿下のインタビュー動画〟を二次利用して作成したコンテンツが流れていた。
そこに映る皇女の表情はとても落ち着いており、時折浮かべて見せる笑みも、戸惑い逡巡する表情も自然体で、それに目に留めたミシマは得心し安堵するようにわずかに目を細める。
それも一瞬で、
ツナミは、そんな副長に艦橋をしばし任せ、ヴィスビューでの〈アカシ〉へのアプローチの仕方を考える。
イェルタ星系でエリン皇女殿下に付き従って
〝一つ、〈アカシ〉近方2万2千キロメートル以内に速やかに接近し機関を停止すること〟
──確たる法的根拠こそないものの〝慣例〟に照らし星系同盟は
従って〈アカシ〉〝領宙〟に入り〝投降する〟ことができれば、星系同盟が『庇護権』を発動する可能性は高かった。それは確実な話ではない……が、現状、〈カシハラ〉が
〝一つ、〈エリン第4皇女旗〉は、少なくとも『戦闘行為』の直前には降ろすこと。〟
──〈トリスタ〉に移乗したエリン・エストリスセン皇女の座乗を示す〝皇女旗〟は、少なくとも〝掲げる〟ことに法的な問題はない。
というより、戦闘行為の開始時に〝国籍を示す外部標識〟──実際には
しかしながら今回の
航宙艦艇のマストに旗がはためいていようがいまいが宇宙での戦闘に於いては確認のしようなどないが、仮に接舷攻撃支援機が
ガブリロは〈カシハラ〉離艦に先立ち『基本行動計画』を星域法の見地から
その申し出をツナミとミシマは丁重に断った──。
ガブリロの言には確かに一理あり、彼の同道は〈カシハラ〉にとって有用であると思われたが、彼のその知見は、
が、権謀術策が常のミュローンの王宮である。それらしい後ろ盾をほとんど持たぬ皇女に、体制の側にある〝賢者〟たちがどう接するかは予断を許さなかった。
その点、
夢見がちな自称『革命家』のこの男が〝悪い男〟ではないのは先刻承知している。法学者としての倫理観も能力も、そして本来の人格も信頼できた。エリンを法的に助言するのに、最も適すると安心して送り出せる──この一ヶ月の
それに……、〝
ガブリロもまたそれを承知しており、それ以上食い下がるようなことは言わずに黙って肯いた。
ガブリロ・ブラムの如何にも
そんなツナミに、
* * *
一方その頃──。
旗艦〈タカオ〉以下、──モガミ型〝標準仕様〟の〈クマノ〉〈スズヤ〉、同〝防空中枢艦仕様〟の〈イスズ〉、同〝雷撃管制艦仕様〟の〈キタカミ〉、それに高速艦隊補給艦〈マシュウ〉からなる『第一特務艦隊』は、カイ・コオロキ宙将補指揮の下、六月十七日〈トラカル泊地〉を抜錨、情報収集を行いつつ自由回廊を北上している。
『第一特務艦隊』は事実上の〝独立遊撃部隊〟である。──統合作戦本長の直接指揮下ということで艦隊本部から切り離されており、自らの作戦行動を保証される存在となっていた。
その独立部隊は現在、スプラトイ星系内を4パーセクの
7月14日 2200時
【航宙軍 第一特務艦隊旗艦 タカオ/
CICの中のコオロキ宙将補は、
画面の中の少女は十八歳という年齢にしては〝大人びて〟いる。そしてその〝語り様〟は明晰でありながら無感動なものでは決してなく、高貴さと愛敬の念を併せて伝える表情が印象的であった。
「
「──皇女殿下のお父上は自由星系自治派の宥和主義者だそうです。
「……皇女殿下は
若くして航宙軍きっての有力艦で構成された独立艦隊の首席幕僚という立場にある彼は、〝困ったものです〟と言いたげな表情を浮かべてみせた。
「──言葉に窮してしまったのでしょう。〝正しいメッセージ〟だけを読み上げればよかったのでしょうが、あの年頃の少女にはそれが難しい……」
そう言って心底同情しているように肩を竦めて見せた年若い軍人エリートを、コオロキは見返した。我が首席幕僚はインタビューで語られてた皇女言葉の内、冒頭で語られた体制批判の部分だけで、このインタビューの評価を終えているらしい。
──皇女は与えられた原稿を読んだだけだ、と。
コオロキにはとてもそうは思えなかった。
「貴官は楽観的だな」 そう言って首席幕僚を見遣る。
ナガヤ1佐は怪訝に小首を傾げた。
「…………」
そんな首席幕僚にコオロキは思う。
〝臆病な者の〈勇気の声〉を拾い集める〈器〉です……〟
そう言った彼女の瞳には〝信念を持つ者〟の持つ光が宿っている、と感じた。……それに、決して上手には嘘のつけない者の目だとも思えた。
──確かにこの皇女には、ナガヤ1佐のようなエリート層の期待に
情報幕僚の分析によれば、この〝反体制〟の動きは〝
コオロキ宙将補は半ば以上確信めいたものとして想う──。この〝皇女へのインタビュー〟とされる動画が引き起こしつつある、或いはこの後引き起こすであろう〝大きなうねり〟が、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます