34 悔しいがキミのちからが僕には必要だ

登場人物

・タカユキ・ツナミ:HMSカシハラ勅任艦長、22歳、男

・ユウイチ・マシバ:同技術長兼情報長兼応急士、21歳、男、ハッカー


・エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセン:

 ミュローン帝国皇位継承権者、18歳、女


・メイリー・ジェンキンス:

 シング=ポラス自治大学の学生、19歳、女、クリュセ自治政府首相令嬢

・〝キム〟 キンバリー・コーウェル:

 テルマセク工科大学の学生、17歳、女、ハッカーの才能有


・アーディ・アルセ:帝国宇宙軍装甲艦アスグラム艦長、大佐、39歳、男

・マッティア:アスグラム第一副長/航行管制、中佐、36歳、男

・ラウラ・セーデルバリ:アスグラム機関長、機関中佐、35歳、女

・メルヒオア・バールケ:帝国宇宙軍情報本部付特務中佐、34歳、男


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6月6日 2000時

【アスグラム /第一艦橋】


「──どうだ動きは?」


 メインスクリーンの片隅に表示された銀河標準時が〝20:00〟を告げたとき、帝国宇宙軍ミュローンアーディ・アルセ大佐は情報担当士官に確認させた。同じスクリーンに映る航宙軍の大型航宙艦4等級艦には、これまでのところ映像を見る限りで目立った動きは感じられない。


敵味方識別装置IFF、識別信号が停波されました── あ、いや、国籍コードが変わりました。これは……『ベイアトリス王国』の旧コードです」


 そのコードは『連合ミュローン』筆頭国家ベイアトリス王国の宇宙軍が帝政連合の共同軍事組織である『国軍』へと発展的解消した際に消滅したコードである。アルセ大佐は口元を引き結んだ。


 ──よくもまあ、こんな旧いコードをデータベースの中から引っ張り出してきたものだ。


『──艦長……』 運航支援室から観測士が声を上げた。『映像をご覧ください』


 メインスクリーンに小窓が生成ワイプされる。航宙軍艦──いや、現在は〝ベイアトリス軍航宙艦〟の後部マストが拡大され、そこに〝はためくモノヽヽ〟があった。


『──〝旧ベイアトリス軍艦旗〟と〝エリン第4皇女旗〟です』


 流石にこれには閉口した。航宙艦への軍艦旗の掲揚など、この数世紀、式典等を除けば忘れ去られた慣習である。外連ケレンが過ぎる、とアルセは思う。



「なるほど…… いっそ徹底してますな」


 情報本部付きの特務中佐であるメルヒオア・バールケが、彼にしては素直な感想を口にした。


「航宙軍艦──いえ、ベイアトリス軍航宙艦より呼びかけあり。レーザー通信による映像通話回線です」

「繋げ」

「回線、開きます」


 程なくメインスクリーンに艦長代理だった航宙軍士官候補生が映し出された。──確かツナミとかいったか。軍服は航宙軍のもののままだったが、いまは階級章を外している。


『〝皇女殿下の艦H.M.S.〟カシハラ 勅任艦長、タカユキ・ツナミです』 敬礼は航宙軍式だった。


「──帝国軍艦HMSアスグラム艦長アーディ・アルセ大佐」


 アルセが答礼し頷いて返すと、スクリーンの中の新任の艦長は右手を下ろし、緊張した面差しで続けた。


『退艦者の受入れを感謝します、大佐』

「この件での謝意は無用だ」 そう素っ気のない返答をアルセはした。「──そちらこそつつがの無い段取りだった」


 スクリーンの中で青年艦長は安堵したふうであった。実際、航宙軍士官候補5名が引率した10名の民間人の第一軌道宇宙港テルマセクへの移動には、大きな混乱は無かった。


「最後に訊こう。他に退艦者は?」


 退艦者の一覧リストの中にエリン皇女殿下とクリュセ首相令嬢、それにクレーク邦議員の名前は無かった。


『ありません ──士官候補生5名、民間人10名。それで全員です』

「……了解した」 内心で息を吐く。アルセには、もうこれ以上言うことはなかった。


 スクリーンの中で青年艦長が再び敬礼をした。


『本艦はこれよりエリン殿下を奉じ帝国本星ベイアトリスへ向け抜錨します』

「では、我らも果たすべきを果たすとしよう ──貴艦の航宙に加護の在らん事を」


 アルセは答礼し、通話を打ち切った。



 20分後──。帝国宇宙軍ミュローン装甲艦アスグラム第一艦橋。メインスクリーンの中を〝皇女殿下の艦H.M.S.〟カシハラが艦尾の推進器を向け加速していくのをアルセは見ている。


「いよいよ〝幕開き〟ですか」 隣の席からバールケ特務中佐が訊く。「──仕掛けませんか?」

「まだ早いだろう」


 アルセはカシハラを先行さいかせて距離をとることにした。こんな距離で追尾を開始して、もし偶発的にでも砲戦が生起しようものならエリン殿下の身体の安全を図れない。ここは時間を使うでいくと決めた。──目下のところ時間はまだ使えた。


「機関長、どう思うか?」


 機関制御室に詰める機関長を呼び出す。すぐさまアスグラムの機関を預かるラウラ・セーデルバリ機関中佐の涼やかな声が返ってきた。


『現在の加速度は1.65Gというところです。スペクトラムから導き出される燃焼効率を考えれば余力は相当にありそうですが、それでも本艦を上回るということはないと考えます』


 アルセは各種センサーが捉えた情報からカシハラの諸元を推測させていた。航宙軍の新鋭艦の実力──とりわけ、その機関性能を推し量るのに、機関長の分析能力を期待していた。


「確かか?」

『ええ』 セーデルバリ機関中佐は笑顔で請け負った。


 男性優位のミュローン社会にあって、技術畑を実力で歩んできた彼女の言をアルセは信頼している。アルセは頷いて通話を切り、今度は航行を管制する第三艦橋のマッティア中佐を呼び出した。


「追尾を開始しはじめよう ──敵艦カシハラ加速行き足本艦アスグラムと同等と仮定する。距離1万2千を相対速度±7キロ毎秒内で、内軌道側を追えるか?」


 スクリーンに小窓出力ワイプされたマッティア中佐が傍らのコンソールを操作する。程なく答えが返ってきた。


『──可能です』

「よし」


 アルセが頷くとマッティア中佐は敬礼と共にスクリーンから消えた。とりあえずこの設定であれば、敵艦カシハラは砲戦をするには遠く、距離と相対速度の関係から有効な爆雷攻撃をするのも難しくなる。また見かけの上では接舷攻撃の構えも見せられる。


 ──さて、訓練生らに〝実戦〟を教えてやることとしようか。


 帝国宇宙軍ミュローンの軍人は、自らの指揮艦に前進を命じた。




6月6日 2100時

【カシハラ /准士官私室】


 メイリー・ジェンキンスは、結局カシハラに残った。


 この1日、いろいろなことがあった。何もできなくて、そんな自分に苛ついて、それでも何か自分に出来ることをと、そんなふうに思わなければやり切れない1日だった。

 でも、そんなふうに思いはしても、実際何が出来るという訳でなく、せめて自分に何が出来るのか、それを見極めたいと思った。


 ふねに残ったのは、ここでただ逃げ出すよりも、何かを見つけられる気がしたからだ。


 それに、彼女が居る。──エリン皇女殿下。


 彼女の近くに居れば、何が自分に出来ることなのかを見つけることができるのではないだろうか……。そんなふうに思えたのだ。


 だからメイリーはカシハラに残った。



 割り当てられた准士官用の2人部屋、その二段ベッドの下段に腰を下ろしたメイリーは、再び同居人ルームメイトとなったキンバリーキム・コーウェルが、真新しい航宙軍の准士官の制服に身を包んではしゃいでいるのを見上げていて、ふとした感じに何とはなしに言った。


「上手くいって良かったわね」

「──不正プログラムマルウェアのこと~?」


 両肩にエポレット──そこに階級章は付いていないのだが──のある白の長袖ワイシャツに青を基調としたスカートとクロスタイという出で立ちのキムが、部屋の中央で得意げにくるりと回ってみせる。


「そんなに難しくはなかったから。ただ量がバカみたいに多くてイヤんなっちゃったけど……」

「あのメガネの〝コワかた〟とは仲良くできた?」

「あー、ユウイチね? うん、ダイジョブだった ──最初はいろいろアレコレ指図してきてうるさかったけど、最後は自由にさせてくれたよ」


 シャツの袖丈の長さを気にしながら、しれっと言う。


(えーと……) それはキムが話を聞かなくなっただけなのでは? との疑念をメイリーは口にできなかった。


「……あーそう、それでね、最後にはこんなことも言われたよー、メガネ外した目で真っ直ぐボクの目を見てさ…──『悔しいがキミの能力ちからが僕には必要だ。その能力で僕を助けて欲しい』 (※マシバによれば若干の誇張あり) ──だってぇ‼ きゃ~~~! ボク、男のコからそんなこと言われたの、初めてなの! そんなこと言うなんて、彼って案外、可愛いかもしれないね? ボクに気があるのかしら?」


 黄色い声を上げて身体をよじらせるキムに、メイリーは意味ありげな表情で目をすぼめた。


「ずいぶんと進展しちゃってるのね? そうなんだ、それがキムが残る理由なのね」

「ち、ちがうよ!」 途端にキムが反応を返した。「──ボクは、メイリーが残るから、心配して残ることに…したの……」

「私……?」

「うん……」 頷くと視線を外した。「──メイリー、いろんなことに責任を感じちゃうでしょ? ──アンナマリーもいないし…… だから、さ…… 少しでも貴女のこと、わかってあげてる人、居た方がいいんじゃないかな、って……」


「…………」

 そんないじらしいキムに、メイリーはたまらなくなった。「──ありがとう ──優しいね、キムは」

 ──思わず抱きしめてしまいたくなる。


 言われると、キムは無理に笑ってみせた。そんなキムを見てあらためてメイリーは思う。


 ──皇女殿下あのひとには、こういう友人は居るのかしら……。




6月6日 2120時 【カシハラ /指令私室】


 一日を終え、エリンは充てがわれた指令用の個室に入った。

 明かりの灯っていない室内には、当然のことながら人気ひとけはない。

 エリンは設えられたベッドに腰を下ろすと、そのまま深く息を吐いてベッドに倒れ込んだ。


 長い一日だったと思う。

 瞳を閉じると、瞼の裏に女性の顔が浮かぶ。

 ──母様……。

 思わず、口許から漏れた。


 これからいったい、どうすればよいのだろう。

 本当のところはわからない。

 本当のわたしは、何もわかってなんかいない。

 ただ〝あるべき〟を演じているだけ。

 それでも── 


 エリンは記憶の中の母の背を追い、やがて眠りに落ちた。


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