第6話 抜錨

30 ──〝トロイの木馬〟……


登場人物

・タカユキ・ツナミ:宙兵78期 卒業席次2番、戦術長補、22歳、男

・ユウイチ・マシバ:同席次8番、技術科技術長補、21歳、男、ハッカー


・"キム" キンバリー・コーウェル:

 テルマセク工科大学の学生、17歳、女、ハッカーの才能有

・メイリー・ジェンキンス:

 シング=ポラス自治大学の学生、19歳、女、革命政治家の娘


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6月6日 1720時

【カシハラ /情報支援室】


 フリーランスのジャーナリストを名乗るマシュー・バートレットとの話を終えたタカユキ・ツナミは、その足でCIC別室の一つ、情報支援室へと向かった。そこにはカシハラの情報処理の責任者としてユウイチ・マシバ准尉 (技術科)が詰めているはずだった。


「マシバ! 情報が漏れてるぞ!」


 扉が開き、果たして室内の所定の席に座っているマシバを認めると、ツナミは開口一番にそう言って近付いて行く。気持ち、叱責するような口調になっていた。腕組み姿のマシバは、そんなツナミに向くでなく──艦長代理に対し失礼にあたる──冷静な声で応えた。


「──知ってます …侵入者は捕らえました……」


 その声に改めて技術長席の隣の自席に座るマシバを見直すと、彼の視線の先に民間人が二人立っていた。

 二人とも女性で、小柄なメガネを掛けた幼い顔立ち──十代の半ばだろう──の方はすっかり怯えてしまっている。


 そのかたわらに立っている黒髪の女性には見覚えがあった……。

 艦内通話インタカムのモニタ越しだったが、その凛とした顔に浮かんだ非難と悲しみの表情は、記憶から消し去ることは出来ないだろうと思う──、クリュセの首相令嬢だった。



 彼女はマシバの眼前で言葉なく立ち竦んでしまっている少女に代わり、彼女に故意がなかったことを信じて言い募っていた。


「──きっと何かの間違いです。彼女は電脳コンピュータに親しんでるから、確かに宇宙船ふねのシステムに接続しようとしたかも──」


「──接続しようとしたんじゃなく、〝侵入しちゃってる〟でしょ?」 そんな彼女の声をマシバは冷たく遮って言った。「そもそも航宙軍の標準プロトコルは、普通の操作で〝内部ヽヽ〟に入れるようにはできてないんですよ、お嬢さん」


 ツナミはその不機嫌そうなマシバの声音に改めて二人の民間人を見遣った。小柄なメガネの少女──キンバリーキム・コーウェル──は、いよいよ身を固くして俯いている。


 すると『侵入者』というのはこの十代の少女だと言うのか……。それはさすがに、というか俄かには信じがたかった──。航宙軍艦のシステムに侵入とはいい度胸だが発覚すればミュローン統治下の星域エデル・アデンでは軍法会議の対象になる。最悪死刑もあり得る。



 ツナミはマシバに視線を移した。マシバは視線が合うと面白くなさそうに頷いて返した。


「でも!」 そんな航宙軍士官候補生二人に構わず、クリュセの首相令嬢──メイリー・ジェンキンスの声が響く。「同盟市民の私達が航宙軍をスパイする理由なんてない! そうでしょ? …それはひょっとしたら好奇心で覗いてしまうことはあ──」


「──好奇心で覗かれたら、僕の立場がないんですよ‼」


 マシバの剣幕にメイリーは後の言葉を飲み込んだ。マシバの方は自分であげたその声に顔を顰め、メガネの少女──キムは蒼い顔で震えている。

 メイリーと視線が逢った。ツナミの方が視線を逸らすより早く、メイリーはツナミの正体に気付いたようにバツの悪そうな表情で何か言いかけた口を噤んだ。


 ツナミは小さく息を吐くとマシバに肯いて見せ、それから意を決してメイリー・ジェンキンスに向いた。


「ともかく、話を聞きます──」



「──〝トロイの木馬〟……」

 ツナミの言葉にはじめて少女──キム・コーウェルが反応した。少女は、掠れがちの声を絞りだすように言い募った。「──破壊工作プログラムマルウェアになるコード……見つけたと…、思います」


「──?」


 ツナミに目で問い掛けられたマシバは、頷きつつツナミに説明した。


帝国宇宙軍ミュローン艦からのレーザー通信ですよ。受信した通達動画メッセージファイルの中に仕込まれてましたけど保護領域サンドボックス内で処理してますから──」

「──そのサンドボックスから、外に流出しちゃってる!」 少女はマシバの説明に割って入った。これは切羽詰まった声音だった。「…誰かファイル、取り出したでしょ?」


「──?」


 それで今度こそマシバは怪訝な目線で少女──キムを見遣る。


「…だってそれってキミだろ? キミ以外触って──」


「──ボクは触ってない‼ あなたが保持しもってるマスターログ、れば判るでしょ!」


 言い募られたマシバは、キムの真剣な色の目に押し切られたように懐から個人情報端末パーコムを引っ張り出す。管理者権限でログを検索する軽やかな操作の手が止まった。



「……シオリさんだ──」


 どういうことだ、と目で問うツナミに、マシバは苦い表情かおになって言った。


「──シオリさんのIDで保護領域サンドボックスからファイルがコピーされてます── くっそっ…こんな時に、あのひと、なにやってんだ……!」

 マシバは短く息を吐いてから真っ直ぐにツナミに向き直った。「──スイマセン。僕のミスです」


「──あぁ、いや……」 ツナミは、そんなマシバとキム・コーウェルとを交互に見て言い淀む。



 確かに重大な失態だった。電子情報を専門としていないツナミでも、艦内システムの規定から逸脱した安易な運用で艦の安全が脅かされている現状に危機感を覚える。

 本来なら譴責けんせきものの失態なのだろうが正規乗組員不在でのあの混乱の中でのことだ──。そもそも艦長代理として明確な指示はおろか注意喚起や確認すらできていなかったツナミにも、いろいろな意味で負い目が有る。


 だがそれにしても……。

 そんな事は別として、マシバの対面に座る中学生のような女の子に感心した。

 彼女は航宙軍艦のシステムに侵入し、システム内部に潜伏した帝国宇宙軍ミュローン不正プログラムマルウェアを見つけ出したという。



 ツナミはマシバに視線を戻すと、すっかり神経質になっているマシバを部屋の片隅へと引っ張っていった。


「──本当にあの娘が? まだ中学生に見えるんだが」

「それは間違いないです。現行犯で捕らえました。子供ですけど能力はあります。言い訳にならないですけど、この状況で艦内からハッキングされるなんて想像もしてませんでした……」



「……この際だ、御協力願おう」


 珍しく言い訳がましい表情のマシバを遮ってツナミはしれっと言うと、マシバは絶句してしまう。


「え……⁉」


「ミュローンが通達してきた2000時刻限まで時間がない ……艦内システムの再チェックにどれだけかかる?」


 正規手順に則ったチェックだけでも膨大な項目に及ぶのが航宙軍艦である。ましてマルウェアの侵入を確認している以上、それらの対処が必要である。現在のカシハラにはシステムを統括する技術科員はマシバ唯一人で、物理的にも要員がいない。

 マシバは唇を噛んだ。


「──使えるモノは何でも使ってくれ」


 そんなマシバにツナミは重ねて言うと、殊勝な表情でいたキムとメイリーとに向き直って言った。──割りと簡単に切り出す自分に、ツナミ当人が内心で驚いていた。


「このマルウェアの件ですが、ご協力を願えますか? ──それであなた方の罪は問わないことにします」


 言われたキムとメイリーは恐る恐るというふうに顔を見合わせている。



 その時にマシバの卓上の艦内通話器インタカムが鳴った。マシバが制御卓コンソールを操作し、おもむろにヘッドセットを外してツナミに差し出す。


「艦長代理に……、艦橋からです」


 ツナミは差し出されたヘッドセットを受け取ると耳元に充てた。


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